六、食べたくても食べられない病②
そうして数日聞き込みをしたものの、これと言った決定打が見つからない。
ホンファ曰く、この病は心の問題なのだという。食べたくても食べられない病気。心の病。
「心などというと軽く見られがちなのですが、心因性の病ほど、治療が難しいものはありません」
「ソナタは医学にも通じているのか?」
「いえ。この病は食に関するものだから知っていただけです」
「そうか。それにしては、胃洗浄など、ソナタの知識には驚かされる」
まるで、世界中を旅してきた料理人のようだ。シュエの言葉に、ホンファは黙り込んでしまう。
「ところで、今後宮には、何人の妃がいらっしゃるのですか?」
「そのようなことも知らぬのか……」
「知りませんよ。自分の持ち場以外、興味ないですし」
そもそも、後宮の妃に取り入って出世しようという気がないのだから、調理場以外の情勢なんてどうでもよかった。しかし、リンリン妃を助けるためには、どうにも後宮の人間関係を知っておく必要がありそうなのだ。
「後宮に十二の宮があるのは知っているな?」
「はい、それくらいは」
子から始まって亥で終わる、十二支をあてがった宮だ。子が一番位が高く、亥が一番位が低い。
「リンリン妃が、卯の宮、ほかに、丑の宮に宇春妃、巳の宮に鈴玉妃、酉の宮に美友妃。ほかの宮は空席だ」
「なるほど。リンリン妃の下に、ふたりいらっしゃるんですね」
だとしたら、怪しいのはユーチェン妃とリンユー妃だ。女の妬みは恐ろしい。リンリン妃がいなくなって得をするのは、リンリン妃より下の宮のこの二人だ。
「当たらないといいんですけど」
「普通、推理は当たってほしいと思うものではないのか?」
「そんなもの。憶測であってくれたほうが、何百倍もいいですよ」
例えば、ホンファの父親が本当は疫病で死んでいないとか、弟が死ぬ必要はなかったのだとか。
癪ではあったが、ホンファはシュエに口添えしてもらい、リンリン妃の主催でお茶会を開くこととなった。
卯の宮にそれぞれユーチェン妃、リンユー妃、メイヨウ妃を呼んで、料理をふるまうのだ。
この提案を、最後までホンファは迷った。なぜなら、食べられないリンリン妃がお茶会を開けば、少なからず周りから笑いものにされる可能性があったからだ。そもそも、下女への聞き込み時ですら、食べられないリンリン妃への嘲笑が見られたくらいで、正直ホンファは、無知は罪だと思った。
「あんなにやせ細って……あんな体では御子も授かれないでしょうに」
「昔はふっくらしてかわいらしかったのに……ああ、本当になにかの呪いかしら」
人の外見に対してとやかく言うのはあまり好かない。特にリンリン妃は十四で後宮入りして、不安も大きかっただろう。周りから太れだの痩せろだの痩せすぎだの言われて、幼いリンリン妃にはなにが正しいのかも判断がつかない。
加えて、リンリン妃はまじめな性格だった。例えば妃同士のお茶会では、毎回年上の妃たちへの手土産に自分で刺しゅうした手巾を持参したり、実家から送られてきた干し柿などは、下女にも分け与えていたのだという。
妃とは、下のものに対しても寛大にあるべきだ。ほかの妃はみな年上なのだから敬うべきだ。そう、両親に教えられたのだと下女も知るところなのだ。
「お茶会のお菓子は、揚げ菓子と乾菓子、それと菊花茶でよろしいでしょうか?」
「はい。……ホンファは料理も詳しいと聞いたけれど。次のお茶会では作ってくださるのですか?」
「リンリン妃さま。わたくしなどに敬語はおやめください。それと、わたくしは今はリンリン妃さまの下女なので、厨房に立つことはございません」
リンリン妃が少しだけ顔をこわばらせた。リンリン妃の下女のなかでは、ホンファが一番年齢が近い。にもかかわらず、リンリン妃はホンファにも心を開く様子はない。いつも下女に対してこの調子で敬語を使うのだそうだ。
年上は敬いなさい。その父母の教えを、今でも守っているらしい。けなげではあるが、妃としては心が繊細過ぎる。だからこそ、この病にかかってしまったのだろうとホンファは嘆息した。