エピローグ①
右大臣や左大臣らの高官から責め立てられて、帝は困惑していた。
こたびの暗殺未遂事件の首謀は、東宮だと言って聞かない。確かに、東宮にはこの宴席を取り仕切らせた。ならば、毒を盛ることができたのも、東宮だけだ。自分が東宮を『隠す』から、あのふたりは自分を殺そうとしたのだろうか。
「いや、なにを考えて」
大事に育てた唯一の『双子』の息子だ。上三人は姉だから、東宮にはなれない。帝には弟がいるが、東宮がいる以上跡継ぎは東宮だ。
「父上。わたしを死罪にしてください。さすれば、官僚たちの不信感も拭えるでしょう」
兄東宮の言葉が耳から離れない。なぜなんの迷いもなく、そんなことを言えるのだろうか。自分の息子とは思えないほどに優秀だった。
「東宮らを呼べ!」
疑心暗鬼が晴れなかった。帝は東宮を呼び出して、今一度聞くことにしたのだった。
「わたしは毒など盛っておりません」
弟東宮が強く言葉にした。
「しかし、不審な書簡の件もある」
魚は毒だ、と書かれた書簡のことだ。あれは弟東宮から帝に進言したが、実際毒味役がなんともなかったため、帝は魚を口にした。なにより帝は、料理人たちが丹精込めて作った料理を無下にしたくなかった。その心に付け込まれた。
この書簡は、はったりだ。本当は今回の件は食中毒が原因であるが、この書簡を見せることで、『毒殺』だと思い込ませたのだ。
今でも宴席での魚料理の味が思い出されて、食事が喉を通らない。かろうじて粥は食べているが、肉や魚に拒絶反応が出てしまうのは、東宮も聞き及んでいた。
「わたしが調べますゆえ」
兄東宮は穏やかで、その気質は母親譲りだ。しかし、かんばせは帝譲りで、黒黒した髪にこがねいろの瞳は夜には光る。瞳の色は唯一母親に似て神秘的な出で立ちだった。
対して弟東宮は、銀髪にこがねいろの瞳を持つが、かんばせは父にも母にも似ていない。
「もみ消すために? そもそもソナタは、先日自分を死罪にしてくれと申し出たな?」
「帝……?」
ハッとして、帝がかぶりを振った。なんてことを。
「……帝、お疲れのようですし、この件はわたしが」
兄東宮が帝を心配する。
「いや。ああ。いや……!」
部屋は人払いをしてある。帝は東宮の顔を誰にも見せたくない。いや、東宮が『ふたりいる』ことを知られたくない。
この時代、双子は凶兆とされてきた。だから帝は、東宮にはいつも冕冠を被らせて、どちらがどちらなのかわからないようにした。ふたりの東宮には交互に祭祀などに出向かせて、どちらが跡を継いでも問題ないように育ててきた。
それが不満で、このふたりは自分を殺そうとしたのだろうか。
「帝……」
「呼ぶなっ!」
そばにあった刀の鞘を抜き、東宮に振りかぶる。
「ソナタがやったのだ。でなければ朕は」
はぁはぁと肩で息をしている。高官たちが毎日のように囁く。「東宮の処刑を」
ならばもう、東宮をこの手で殺めれば、すべては解決するのではないか。責められるのはもうごめんだ。
帝が刀を振りおろし――
「兄上!?」
刀より先に、兄東宮が自刃した。
弟東宮が兄の傷口に手を当て止血する。切られた頸から血が流れる。助からない。
「兄上、なぜ」
「ああ、シュエ。ソナタはわたしの大事な弟……弟を守るのが兄の……役目」
顔が青白くなっていく。帝は取り乱し、
「息子よ、すまない、朕が弱いばかりに」
しかし、いずれにせよ東宮を処刑するほかに今回の件を収める方法はなかっただろう。それがわかるだけに、帝はなにも言えなかった。
「父上……わたしは……この騒ぎを収めるためには……帝のご尊顔に似たわたしの死体が一番よいのです……」
弟東宮の見た目は、帝にも亥の宮の妃にも似ていない。似ているのは白銀の髪と蜂蜜色の瞳だけだ。
兄東宮が弟を見る。
「シュエ」
兄東宮と弟東宮はふたりでひとつの名前を使っていた。だからこの『シュエ』という呼び名は、兄がつけた愛称だ。
「大好きだ、シュ……エ……」
それが、兄東宮の最期の言葉だった。
弟東宮は兄が自刃した小刀を手に取り、
「ソナタ、なにを……!」
「……っ。今日この時に、東宮はふたりとも死にました」
ハラハラと、弟東宮の髪の毛が地面に落ちた。髷は崩れ、髪がザンバラに肩につく。まるで雪が舞うようだった。弟東宮の銀色の髪は、母親譲りで美しい。
「この白髪の髪を兄上の髪に編み込み髷にして、亥の宮の妃の子であることを強調しましょう」
「……っ。こういうことがあるかもしれぬと、ソナタらの顔を誰にも見せてこなかった」
帝が涙を流し、兄東宮の遺体を抱き上げた。
「シュエ(雪)」
「……?」
「ソナタの名を、シュエとするがよい。そして」
帝国厨房に派遣するゆえ、こたびの事件の真相をあかせ。
その日東宮は死に、後日帝国厨房にシュエという官吏が赴任する。時を同じくして、ホンファもまた、帝国厨房の女官として後宮に入る。
運命の歯車が、回っていく。
帝はその日以来、弱っていく。もともと味覚障害があったのもあるし、毒殺されかけた恐怖もあって、食事が喉を通らなくなっていく。
やがて衰弱した帝は、右大臣に摂政を任せ、この国は実質、右大臣の天下となった。




