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三十一、毒の正体③

***


 冬真っ盛りだというのに、帝の催しは後宮の外、広い庭園で催された。

 踊り子たちが舞い、高官たちが帝へ土産を献上する。

 そうして宴席の宴は、最高潮に盛り上がる。

 今日の来賓ひとりひとりと握手を交わす帝は、冕冠をかぶっているからか顔が見えない。

 そういえば、東宮のかんばせも、帝に似て美しいのだと聞いたことがあった。どんな顔だろうか。


「おお、右大臣。よく来たな」

「主上。ご健勝でなによりです」


 右大臣、リバオが、帝と左手で握手を交わす。

 そうして来賓をもてなした後、いよいよ主役の料理が運ばれてくる。


「おお、今日の料理はことのほかうまそうだな」


 宴席にはシュエもいる。

 シュエはそわそわとあたりをせわしなく見まわしていて、そんなことでは黒幕はあぶりだせないとホンファは気を引き締めた。

 今日の料理の中に、とあるものを注文してきた人物がいる。


「海老は朕の好物ゆえ、右大臣。ソナタは気が利くな」


 殻ごと海老を揚げて、そこに塩をつけて食べる、実に素朴シンプルな料理だ。


「お待ちください!」


 帝が海老の殻をむきはじめた時だった。響いたのは、ホンファの声である。

 ホンファは女官たちをかき分けて、その場に割り入り、右大臣・リバオの前に立ちはだかる。


「毒見をお願いしてもよろしいでしょうか。右大臣さま」


 挑発的な笑みに、しかし右大臣もそうそうぼろは出さない。


「わかりました。これで毒が出たら、ソナタ――見たところ今日の料理を作った料理人は、シュエさまの付き人と伺っておりましたが――毒が出て困るのはソナタのほうですぞ?」


 右大臣は、右手で器用に海老の殻をむき、なんら迷うことなく口に入れ、そしゃくして嚥下する。

 べっと口の中を見せて、誇らしげに笑っている。周りの高官や王族が、ホンファをあざ笑い中傷する。


「なんだ、シュエさまのお気に入りもたいしたことないな」

「騒がせやがって。毒なんてあるわけがない」

「ああ、本当に馬鹿な奴だ。あの女、首が飛ぶぞ」


 しかし、ホンファは顔色一つ変えない。


「それでは、右大臣さま。左手も使って殻をむき、もう一度お召し上がりください?」

「……! な、なにを……! 今ので毒はないと証明されたでは」

「いいえ、証明されていません。今、右大臣さまの左手には、べっとりと青酸がついていますよね? そして右大臣さま。右大臣さまは昨年の華鳳の乱で、主上を毒殺しようと――いえ、あれは魚による食中毒で毒殺に見せかけ、宴を取り仕切った当時の東宮さまを排除するための企てだった。そうですよね?」

「な、なにを馬鹿なことを……なにをしている! この娘をつまみ出せ!」


 右大臣が吼え、ホンファは兵に囲まれる。帝の弟の私兵だった。囲まれてなお、


「昨年の件が違うとおっしゃるのなら、主上を毒殺する気がないとおっしゃるのなら、左手も使ってお召し上がりください」


 にこやかに、しかし凄みを乗せて言う。

 次第に右大臣が追い込まれていく。周りの人間も意見が変わる。


「左手に毒が?」

「食べられないってことは、あの娘の言う通りなのか?」

「そういえば、右大臣さまは主上と左手で握手されていた。ほかのみなは、右手だった」


 ハッとして、右大臣が左手で海老をつかむ。左右の手を使い殻をむき口を開ける――しかし、口に入れることができない。

 見かねたホンファが、


「では、わたくしがいただきます」


 右大臣の左手をつかみ、その手にある海老を口に入れる――その瞬間、右大臣がバッとホンファから左手を振り払った。ぼとり、海老が地面に落ちる。

 がやがやと外野が騒ぎ出す。


「本当だったんだ」

「右大臣さまが主上を暗殺?」

「では、昨年の件も本当に」


 憶測が飛び交う中、凛とした声が響いた。


「それまでだ!」


 シュエである。

 シュエが立ち上がり、帝の前に歩いていくと、その目の前に拝礼して、


緑陽帝りょくようてい。これが華鳳の乱の真実です」

「まさか、まことだったとは」


 事前に帝に話はいっていたらしく、帝もまた、ホンファやシュエとともに黒幕をあぶりだすために一芝居打ったのだった。


「おい、今。シュエさま」

「ああ。主上のお名前をお呼びになった」


 基本的に、帝や東宮の本名をじかに呼ぶことは、王族以外に許されていない。

 平民は帝を『主上』と呼ぶし、東宮――本名を『月雨露ユエ イールゥー』という――をイールゥーさまとは呼ばない。イールゥーは、東宮、あるいはおうじさまと呼ぶのが通例だ。

 それを、今、シュエは『緑陽帝』と呼んだ。

 帝が立ち上がり、シュエの肩を抱く。


「今、この時をもって、東宮『ユエ イールゥー』の罪状を白紙とし、今一度東宮の座に就くことを許可する」


 ざわ、と会場がざわめいた。あのホンファでさえ、言葉を失って口をあんぐりと開けている。

 誰が東宮だって?


「わたしが東宮、ユエ・イールゥーである。帝の密命を受け、帝暗殺事件の真相を解き明かす任についていた」


 会場の誰もが東宮にひれ伏した。


「処刑されたと聞いていたが」

「ああ、主上は東宮はまを大切にしてらっしゃったから、変だとは思っていたんだよ」


 ホンファもまた、皆に倣って拝礼する。

 なるほど、東宮だと言われれば、シュエにはその風格が漂っていると思った。


「まあ、辻褄があうには、それしかないとは思ったけど」


 シュエは、チョリエイが東宮の幽鬼に襲われた話を聞いた時、東宮の瞳は夜は光ると言い切った。

 夜行性の動物では珍しいことではない。そしてそれらの動物は、黄色の瞳を有することが多い。

 東宮については、その御髪が白銀だということはみなが知るところではあるが、瞳の色は聞いたことがない。しかし亥の宮の妃譲りだとしたら、東宮の瞳は綺麗な蜂蜜色であることはすぐに察しがつく。夜に瞳が光ることも加味すれば、高い確率で東宮の瞳はこがねいろだ。

 しかしシュエは、東宮の御髪は白銀ではないとも呟いた。

 容姿のこと、帝との信頼関係、後宮での地位、東宮のこと。これらを考えれば、シュエが死んだ東宮の『関係者』だと気づくのはしごく当たり前な話だった。

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