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二十八、黒幕⑥

  帝の住む皇宮には、王族か位の高い官吏くらいしか足を踏み入れることは不可能だ。


「しかし、うまくいくのでしょうか」


 チョリエイは、帝に氷を運んだ帰り、道に迷い困り果てていた。ようやくひとを見つけたかと思えば、そのふたりはなにか『わけあり』だ。

 皇宮から離れた建物の影に隠れて、高官たちは耳打ちする。

 ひとりは、龍のころもをまとっている。王族だろうか。

 チョリエイは、面倒事に関わるまいと、その場を去ろうとする。


「氷の作り方を教わりましたので、万事うまくいくかと」


 氷がなんだというのだろうか。帝に献上でもするのか――

 パキ。

 チョリエイが小枝を踏み、ふたりの人物がこちらを振り向く――より先に、チョリエイは走り出していた。

 面倒事はごめんだ。自分はなにも聞いていない。なにも。



「ということがあったんだ。後ろ姿で誰が話していたかはわからなかったんだけれど。『氷の作り方を教わった』って。確かそんな会話だった」

「……! 氷の作り方……! ありがとうございます、チョリエイさん!」


 盲点だった。氷を自ら作るなんて。氷は例外なく氷吏にしかないと思っていたが、それが間違いだった。

 ホンファは走る。書庫へ走る。

 シュエもホンファに並んで走る。


「ソナタ、なにか当てがあるのか?」

「はい。確か私は、幼いころに父にかき氷を作ってもらった記憶があるのです。今思えば、父が氷室に入れるとは思えません。ならば、その氷はきっと」


 父が作ったに違いない。


***


 書庫に入って、書物を探す。氷の作り方だ。献立集に乗っているに違いない。

 ホンファが本を捲り、シュエが本を探し出す。

 無我夢中だった。事の真相を暴けなければ、無実の民が『また死ぬ』。

 それだけは避けねば。自分の父のような人間を、もう二度と作ってはなるものか。


「あっ、た……?」

「なに? どれ?」


 ふたりで一つの書物を覗き込む

 

沸騰した水を容器に入れて密封し、井戸に沈めて三日置くと氷になる。


「これだ!」


 ホンファが思わずシュエに抱き着いた。シュエも喜び、ホンファを抱きしめる。しかし、冷静になってシュエはホンファと距離を取り、こほん、咳払いした。


「して、氷の作り方がなんだというのだ」

「はい。この氷を作った人物こそが、この事件の黒幕です」

「では、ハクメイは氷に毒を入れていないと?」

「はい。そして、今からシュンメイさまの屋敷に行きます」


 ホンファはにこりと笑んで、シュエを引き連れてシュンメイの屋敷に向かった。



「ごめんください」


 門扉を叩くと、下男が門を開いた。


「旦那さまは、毒を盛られてお眠りです」

「でも、もうお目覚めでは? あの毒は、そう強くないもののはずです」


 そもそも、なぜシュンメイにだけ毒が盛られたのか、問題はそこからなのだ。

 ホンファは有無を言わさずにシュンメイの屋敷に上がり込む。


「困ります」

「わたしが許可した」

「アナタさまは?」

「皇宮取締補佐・シュエだ」

「あ、アナタさまが、あのシュエさま……!」


 ご主人さまからうかがっております。下男が拱手礼をして、正式にホンファとシュエを屋敷に通す。

 寝室に、シュンメイの姿をとらえると、ホンファは傍に駆け寄って、しゃがみ込む。


「この化けタヌキめ。よくもユイユイを」

「おい、ソナタ。わたしよりもひどいぞ」

「おっと、失礼しました」


 ホンファは襟を正して、今一度座り直す。


「シュンメイさま。チョリエイさんに朝鮮朝顔を渡したのはシュンメイさまだと伺いました」

「あ、ああ。それはそうだが……今は毒におかされて体調が悪いゆえ、その話はあとに」

「それでは、シュンリエンさまに、事の真相をおうかがいしても?」


 さあっとシュンメイの顔から血の気が引いていく。


「シュンリエンは……まだ寝たきりで――っ」


 そして、なにを血迷ったのか、布団のそばにある刀に手をかけ、それを鞘から抜き振りかぶり――

 しかし、シュエの動きのほうが速かった。

 シュンメイの刀を手から奪うようにとり、その勢いをいなし、シュンメイを組み敷いていた。


「……!? シュエさまって武芸の心得がおありで?」

「まあ、そこそこはな」


 シュンメイを縄で縛り上げる間に、騒ぎを聞きつけたシュンリエンが寝室に駆け込んでくる。


「お父さま!?」

「シュンリエン嬢。シュンメイ殿の話では、毒の副作用で寝たきりと聞いたが?」

「ああ、ああ。お父さま。天は悪事を見ているのです」


 泣きながら、シュンリエンはことの顛末を話し始めた。


***


 シュンリエンの父、シュンメイは、昨年の帝の毒殺未遂事件の際、厨房の発注係を自分の息のかかったものに挿げ替えた。黒幕から指示されたのだ。シュンメイに魚の過剰反応の食中毒の知識はない。

 そのうえで、発注係に隣の港から魚を仕入れるように脅したのだ。

 脅された発注係のハクメイは、言われた通りに隣港から魚を仕入れた。魚は血抜きが甘くまずくて食べられない。さらには流通の管理もよくなく、過剰反応を起こす物質が生成されていた。

 それを調理したことでホンファの父親をはじめとした料理人たちの約半数が、処罰された。流通管理がずさんだったことを知っていれば、魚料理は出さなかっただろう。

 しかし、シュンリエンがシュンメイのしたことに気づいてしまう。黒幕の正体も。

 シュンリエンはそれをシュンメイに訴えたが、聞く耳を持たない。

 シュンリエンはシュンメイに黙って黒幕のもとに詰問に行った。しかし、黒幕はシラを切り、シュンリエンは途方に暮れる。

 役所に言えば、父であるシュンメイの官職を解く、それどころか、命を取るとまで脅されて、シュンリエンはなすすべがない。

 そんな折、息抜きにと開かれた茶会で、黒幕がシュンリエンを殺すために氷に毒を仕込んで果実水に入れる。

 所有していた井戸で氷を作り、キリで穴を開けて毒を入れ、氷で蓋をして再び井戸に入れ凍らせたのだ。その氷を、ハクメイが持ってきた氷と入れ替えた。

 しかし、誤算があった。その場にホンファが駆け付けたことだ。

 ホンファの活躍により、シュンリエンは毒では死ななかった。

 そして、華鳳の乱で生き残った調理人のひとりのチョリエイは、帝に氷を届けた帰り、皇宮でとある人物の会話を聞いてしまう。それが、『氷の作り方』に関するものだった。黒幕がシュンリエンに毒を盛った日のことだ。

 シュンリエンに毒を盛ったことを知られまいとした黒幕が、チョリエイを脅す目的で朝鮮朝顔に接ぎ木した苗を、シュンメイ経由で渡させた。さらに、長期休暇に出たチョリエイを脅すように、東宮を装って襲わせた。殺さなかったのは、殺せば大事になり、捜査の手が自分に及ぶからだ。

 休暇から帰ったチョリエイはまんまと朝鮮朝顔に接ぎ木した茄子で食中毒を起こし、氷の件から意識を逸らすことに成功する。

 シュンメイは、いずれ帝の件が暴露されることを恐れ、なにか手立てはないかと黒幕に相談する。


「そして、シュンメイさん。シュンメイさん自身の毒殺未遂事件は、自作自演、ですよね?」


 自身が毒殺されそうになったとなれば、帝の件も言い逃れもしやすくなる。


「お父さま? そんな」

「シュンリエン。あっちに行っていなさい。シュエさま。娘だけは、娘だけはどうかお見逃しください」

「それは無理だろうな。裁くのはわたしではなく、法だ。それに」


 黒幕が誰なのか、それ次第では、罪が軽くなるかもしれないが。


「して、ホンファ。その黒幕とやらを捕まえるすべはあるのか?」

「はい、シュエさま。今度の主上の宴席で、面白いものをお見せしましょう」


 自信たっぷりに、ホンファが笑った。


***


 投獄したシュンメイが、とぎれとぎれに自白する。


「わたしはただ、知らなかった。最初はある方……名前を口にすれば、娘が死ぬ。ゆえに名前は伏せさせてもらうが」


 シュンメイは最後まで黒幕の名前を言わなかった。しかし、ホンファにはすでに目星がついているため特に問題はない。


「ある方が、わたしに調理場の発注者を変えるように言ったんだ。ゆえにわたしは、ハクメイを推挙した。ハクメイとは昔なじみだったからな」


 シュンメイはもともとは、貴族でも王族でもない、名もない官吏だった。そのころから、ハクメイやある方とは交流があったそうだ。


「わたしは、主上にお出しする魚を、よりおいしいものにすると聞いて、ハクメイに隣港からの仕入れにするように言ったんだ」

「ご自身で確認もせず?」


 シュエが切り込む。シュンメイはうなだれて、首肯した。


「わたしも、昨年の宴席の件である方に問い詰めたよ。しかし、あるお方はやはりというか、知っていてわたしを巻き込んだ」

「だが、その時点でソナタが申し出ていれば、ほかの犠牲者は防げただろうに」

「シュンリエンを人質に……あの子の未来だけは守りたかった」


 身勝手な。シュエが顔をゆがめた。ならば、東宮やほかの料理人たちの命などどうでもいいというのだろうか。


「わたしだって、ある方に、自首するように促した。しかし、『我々は共犯だ』と。それでわたしは怖くなって、なにも言えなくなった」


 それなのに、娘のシュンリエンにすべてが露見して、シュンリエンは毒殺されかけた。それでもなお、シュンメイはある方の名前を明かすどころか、真実を告げようとはしない。

 権力――よりは、娘可愛さに、すべてを隠ぺいするつもりだったのだろう。


「シュンリエンがすべてに気づいて、どうしたらいいのかわからなかった。しかし、獄なら安心だ。シュンリエンも、シュエさまに保護されたと聞いている」

「まあ……ソナタの気持ちは、わたしにはわからぬが。これ以上、シュンリエン殿を危険にさらす必要もあるまい」


 しかし、処罰はまぬかれぬだろう。死罪は避けられても、シュンリエンの身分は平民か、それ以下に降格させられるだろう。


「ああ、ああ。シュエさま。どうか娘だけは助けてください」

「ソナタはそうやって……そのせいで、どれだけの人間が死んだと?」

「それでも。シュエさま、親というのは、子には弱いのです。シュエさまにはわからないでしょうが」


 いいや、よくわかる。シュエにはこのシュンメイという父親が、こうまでして娘を守る理由が、よくわかる。わかるからこそ、なにもできない。


「シュンメイ殿。ソナタの裁きは後日するゆえ。今は獄で静かに暮らすといい」


 きっとシュンメイは、最初からこうなることを望んでいたのだ。ある方に騙されいいように使われて、そのうえ娘のシュンリエンを殺されかけてなお、シュンメイはある方の肩を持つ。

 それだけの権力者なのだろう。


「自白は取れましたし。あとは私の出番ですね」


 本当は、ホンファは自分の推測など当たってほしくない。当たってほしくないのだが、実際ようやく黒幕にたどり着けたのだから、父の無念を晴らしたいと思うのも事実だ。

 シュエはホンファを見やる。

 複雑な心境が表情に現れ、シュエはホンファになんと声をかけたらいいのかわからなかった。

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