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二十七、黒幕⑤

***


 かりそめの平穏に、シュエが眉間を揉んだ。


 執務室には、シュエとホンファ、それからハクシュウの三人だけだ。

「シュエさま。東宮さまとは、みなに疎まれるようなかただったのですか?」

「……東宮が次期帝になれば、貴族王族たちの賄賂や裏金を正しただろうな。なにより」


 ホンファはシュエの向かいに座り、机のしたで手を絡ませた。

 シュエはホンファから目を逸らして、


「東宮はことさら……平民の子だったことで反感を買っていた」

「……亥の宮の妃さまですか?」

「ああ……亥の宮の妃さまは……見た目もほかとは違っていたし」


 雪のような白い髪の毛に、蜂蜜色の瞳だったと聞く。まるで目の前にいる――


「どうした? 俺になにかついているか?」

「いえ」


 まるで、シュエの瞳のような、綺麗な色を想像して、かぶりを振った。

 しかし、嫌な予感がする。シュエは髪の毛をわざわざ黒く染めている。本来の色は白銀だ。

 だが、高官なら髪を染めたのも頷ける。亥の宮の妃が死んでから、白い髪の毛は不吉とされ、官吏を目指すものは髪の色を白以外に染めるのだという。


「身分が低い妃から生まれたゆえに……天子の血が穢れると。それゆえに、幼きころから暗殺が絶えなかったそうだ」

「暗殺」

「ああ。亥の宮の妃さまは……幼い東宮を……刺客から守って死した」


 それは帝から聞いていた。

 ホンファは目の前の人物を見る。白銀の髪を黒く染め、こがねいろの瞳。亥の宮の妃の御子――東宮が生きていたら、このような容姿だっただろうに。

 いや、断じるには軽率だ。東宮の瞳の色が蜂蜜色と決まったわけではない。


「しかしシュエさま。私は今回の件、もう少し調べます」

「まだ疑っているのか、ソナタは」


 ホンファは真実を知りたいだけだ。そして、その真実が正しく明かされなければ、ホンファの父のように無実の民が死ぬことも知っている。

 だからこそ、ホンファは今回の件がまだ納得出来ずにいるのだ。


***


 それは突然に、起こった。

 今日は帝が臣下たちを招き茶会を開いており、そこには右大臣の李爆リバオや左大臣のシュンメイ、それから武官や高官を招いた盛大な茶会だった。


「いやあ、左大臣さまのご息女がお倒れになったと聞いた時は、どうしようかと思いましたよ」

「今はもうぴんぴんしていますよ」

「さようですか。それはなにより」


 高官が、左大臣に耳打ちする。


「次期妃候補ですもんねえ」

「ふむ。目に入れてもいたくない娘です」


 はは、と笑いあって、茶菓子を口に運ぶ。


「それにしても、この揚げ菓子は美味いですな」

「さようですね。主上からの直々のお菓子ですから、特別な味がします」


 右大臣始め、左大臣が揚げ菓子を口に入れる。ハクハクハク、と三口で食べて、ぺろりと指についた砂糖までなめ上げる始末だ。

 ユイユイは元気にしているだろうか。もうなんか月も軟禁状態で、早くシュンリエンの毒殺未遂事件を解決せねば、このままではユイユイは処刑されてしまう。

 いくらシュエが位の高い官吏だからって、そうそう右大臣や左大臣の意見を押し切ることもできまい。

 帝のお茶会の席で、ホンファは考え事をしていた。

 今日のお茶会で、ホンファはシュエの付き人として参加することになった。なんでも、元気になった帝を近くで見せたいからだそうだが、そんなこと余計なお世話だと思った。

 近くで見る帝は神々しく――いや、直接目に触れぬよう御簾の先にいるのだが、それでもなお、神々しい雰囲気が帝にはあった。


「ご息女と言えば、シュンリエン嬢は、東宮さまの妃候補にも挙がっていましたねーー」


 口を滑らせた、とでもいうかのように、高官が口を一文字に結んだ。わざとに違いない。

 東宮は、昨年の帝の宴席を取り仕切っていたがゆえに、帝に毒を盛ったとして処刑された。次期帝と噂されるほど優秀な人物だったそうだが、そのかんばせをじかに見たものはひとりとしていなかった。

 冕冠べんかんをいつもかぶっていたからだ。


「主上。今年の宴席は、シュエさまが取り仕切るそうで。楽しみですな」


 右大臣が声を上げて笑う。左大臣も続いて笑い――


「うっ! ぐぅ!?」


 しかし、左大臣、シュンメイが首を抑えてその場に倒れた。


「シュンメイ殿!?」

「シュンメイさま!?」


 どたばたと女官や官吏たちがシュンメイに走り寄る。苦しそうに首をかきむしり、シュンメイの口から泡があふれる。


「ホンファ!」


 シュエの呼び声で、ホンファがシュンメイに走るよる。

 息を確認する。脈も。

 同じだ。

 シュンリエンに使われた毒と、同じ。青酸が使われていた。


「すぐさま胃洗浄を!」


 帝は兵に守られ、御簾の後ろから自室に戻る。

 シュエは歯噛みして、その場に転がる揚げ菓子を手に取った。


「ハクメイめ、やはりあのものが毒を仕込んだか」


 今日の菓子の仕入れ発注者は、ほかでもないハクメイだった。


***


 応急措置を終えて、さてホンファは考えを巡らせた。


「なぜ、今更になって帝を暗殺なんて?」


 しかし、シュンメイ以外に、毒で倒れたものはいない。だったらなぜ、シュンメイだけが倒れたのだろうか。


「シュエさま。ハクメイさんは本当に、この事件の首謀者でしょうか」

「なにを言っている。明白だろう? ここまで用意周到とは」

「シュンリエンさまのことはわかります。しかし、チョリエイさんまで脅す必要はあったのでしょうか」


 チョリエイは、帝の宴の件で生き残った料理人のひとりだ。そのチョリエイを脅す必要性はどこにあったのだろうか。


「もう一度、チョリエイさんに話を聞いてきます」

「まて、俺もいく」

「ですが、後始末が」

「よい。もうこれ以上、毒は出まい」


 シュエは疲れた様子で眉間をもんだ。年齢よりもだいぶ幼い顔が、今日だけは老けたように見えた。


 ホンファとシュエがチョリエイを訪ねると、厨房は上を下への大騒ぎだった。


「チョリエイさん。どうかしましたか?」

「ハクメイのやつが捕まったせいで、またこの厨房の料理人が処刑されるって。みんな逃げる準備してるんだよ」


 そう言うチョリエイは、落ち着いている。


「チョリエイさんは、逃げないんですか?」

「俺? 俺はいいよ。どうせ逃げ切れない」


 それは、一度逃げたことがある、というような口ぶりだった。いや、実際に逃げて、逃げ切れなかったから背中に入れ墨を彫られたのは明らかだった。


「俺はもう二回目だから、死罪はまぬかれない」

「でも、まだハクメイさんと決まったわけでは。チョリエイさん。チョリエイさんに毒を盛った理由が分かれば、もしかしたらハクメイさんも――厨房のみんなも助かるかもしれないんです」

「だから、ソナタはなにを目出度いことを。元同僚だからって、そんな希望的観測なことは」


 ホンファがシュエをゆっくり見上げた。そのまなこに、一切の曇りはない。


「私はね、許せないんです。食べ物を粗末にするひとも、それでひとを殺そうとするひとも」

「はは、ホンファらしい。そうだな、俺も思い出したことがある」


 チョリエイは、シュンリエンが毒を盛られた日に、確かに氷室に入った。そのまま、氷を帝のもとに運び、その帰り道のことだった。



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