表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/35

二十六、黒幕④

***


 昨年の一件以来、厨房の料理人たちの半分は罰せられた。しかし、チョリエイのように生き残り、調理場に残ったものもいる。

 今日、ホンファたちが会いに行く白眉ハクメイもそのうちのひとりだった。ようやく休暇があけ、厨房に戻ってきたと聞き、なにより先にふたりは聞き込みに向かったのだ。


「……チョリエイさんとハクメイさん。どちらも同じ日に氷を持ち出した……」


 ホンファが紙に名前を書いてうなっている。

 シュンリエンの毒殺未遂事件の際、氷を持ち出した人物はふたりいた。

 ひとり目は、料理人の張来チョリエイ、ふたり目は帝国厨房の発注担当者白眉ハクメイ

 氷売りの商人がいなかったのは幸いだ。捜査が複雑になる。


「私は、ハクメイさんが怪しいと踏んでいます」

「まさか。ハクメイは左大臣のシュンメイ殿とも屋敷を行き来する仲だぞ?」


 信じられないと言いたげに、シュエは眉根を寄せた。ならば、消去法でチョリエイが怪しいと言いたいのだろうか。


「チョリエイさんは違いますよ。朝鮮朝顔の件もありますし」

「違うもなにも。そうなれば、氷を自分で作った、とか?」


 シュエは時々的外れなことを言う。氷は自然の産物だ。冬に凍った川を切り出して氷室に保存するほかに、作る方法はないだろう。

 ……いや、ないのか?


「どうした?」

「いえ、なんでも」


 なにかを見落としているような気がする。なにかを。

 しかし頭をどうひねってもなにも浮かばず、ふたりは帝国厨房に足を踏み入れる。



 帝国厨房の発注責任者である、ハクメイをつかまえて、ホンファとシュエは詰問している。


「氷を外に持ち出した件について、うかがいたい」

「……! ああ、ああ。またか。俺を疑っておられるのですね」


 またか、ということは、以前にも誰かに疑いをかけられたということだろうか。ますます怪しい。

 ホンファは一歩詰め寄って、


「その氷は、なにに使ったのです?」

「それは、あの日シュンリエン嬢とひめさまたちの茶会に出す、果実水に入れたと聞きましたよ。でも、俺はただ、氷室の氷を使っただけで、毒なんて盛っていない」


 それを証明する人間がいないのも事実だが。

 シュエがいぶかし気にハクメイを見る。ハクメイは縮こまって、恐縮するばかりだ。


「誰に頼まれて氷を?」

「……シュンメイさまです」


 シュエが眉間に皺を寄せた。シュンメイの命令で氷を持ち出し、シュンメイの娘を殺すなど、肝の据わった。


「本当に、嫌になる。俺だって昨年の華鳳の乱で、肉刑に処されているんだ、そんな悪事働くわけがない」

「……だろうな」


 ハクメイという人間には、左手がない。義手をつけてごまかしているが、ほとんど左手は機能していない。

 ホンファは帝国厨房の女官ではあったが、ハクメイが義手であることを今日初めて知った。


「俺はただ、シュンメイさまに頼まれて、魚の仕入れ先を隣町の港にしただけなのに」


 ぽろりとこぼしたのは、昨年の華鳳の乱のことだった。


「なん、だと。なんだと貴様!」


 シュエが吼えた。あまりの声量に、ホンファは目を見開いてシュエを見た。いつになく取り乱し、ハアハアと肩で息をしている。


「シュエさま、そのように胸倉をつかんでは、話すにも話せませんよ」


 ハクシュウがいさめる。


「……すまない」


 頭を押さえ、シュエがよろめく。傍付きのハクシュウが、シュエを支えた。


「詳しくお聞かせ願えますか?」


 シュエに代わって、ホンファがなんの感情もなく言葉を吐き出す。シュエははらわたが煮えくり返りそうだった。


「あれは、主上の宴席の一月前です。俺はシュンメイさまに推挙してもらい、この厨房の発注責任者になりました。それで、その見返りとして、主上の宴の魚を、隣町から仕入れるようにと」

「シュエさま」

「ああ」


 これはもう、犯人はシュンメイだと言っているようなものだった。

 シュンメイは、帝を亡き者にするために、帝の宴席で過剰反応アレルギー様食中毒を起こす物質が多く含まれた魚を仕入れ先に選んだ。

 それをホンファの父が料理した。アレルギー物質は見た目ではわからないからだ。そのうえ、おそらく漁師は、流通の間の管理は徹底したと嘘をついたに違いない。でなければ、ホンファの父がそのような魚を帝に出すとは思えなかった。

 そして、その魚はアレルギー物質だけでなく、血抜きも甘かった。ゆえに生臭く、食べられた代物ではない。

 だが、帝はそのころ、味覚障害を患われていた。ゆえに、臣下たちが箸をつけない魚料理を、なんの疑いもなく大量に食べた。

 毒見係がなんともなかったのは、毒見が『一口』だからだ。これは、毒見を裏手に取った食中毒事件だ。

 おそらく目的は、帝を毒殺するためではない。


「目的は、東宮さまの廃位。もしくは」

「処刑。か」


 すべてがつながる。

 しかし、なにか見落としているようにも思えた。


「シュエさま。なにか、引っかかりませんか」

「なにがだ」

「いえ……」


 ハクメイは、帝の件で肉刑に処され、左手を失った。その腹いせに、シュンメイの娘であるシュンリエンを毒殺するために、氷の中に毒を仕込んでシュンリエンに出したのだ。シュンリエンが氷をかみ砕いて食べる癖があることを知っていて。


「ほかにあるか? 立派な動機だろう」

「俺はやってない! 心を入れ替えたんだ!」

「ハクメイさんもこう言ってますし」

「ならぬ。このものをとらえる。ハクシュウ。兵を呼べ!」


 かくして、帝の暗殺未遂事件――改め、東宮を追い込むための目論見が、暴かれたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ