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二十四、黒幕②

***


 隣町の港について、さてふたりはなにより先に魚を屠った。


「うん、うん……うん?」


 シュエは首をひねり、ホンファに至っては最初の一口だけで箸が止まった。


「まずいですね、これ」

「ああ。まずいな。これと同じものを主上に出したのか?」


 うーむむ、とホンファがうなる。


「もしかして、昨年の主上への魚料理は、あんかけや煮物などの、味の濃いものではありませんでしたか?」

「ん? ああ、そうだな。確かにあの場に出た魚料理は、どれも味付けが濃かった――」

「……シュエさま、まるでその場にいたような言い方ですね?」

「あ、いや。まあ、俺もいるにはいた」

「そうですよね。シュエさまって何気に高貴なお方ですし……うん? でも、シュエさまって官吏になってからまだ一年ほどとうかがっておりましたが。一年前もかなり高い位をお持ちで?」

「んんっ、あ! あちらの魚も食べてみよう!」

「はぐらかした……」


 むすっと頬を膨らませて、ホンファはシュエに手を引かれて港を歩く。


「あれはどうだ?」

「牡蠣ですね。さすがにここの港のはちょっと」


 先ほどの魚は、臭かった。なにしろ、血抜きがちゃんとされていない。

 魚を釣ったら、まずなにより先に血抜きをする必要がある。いかに早く血抜きをするかで、魚の鮮度は決まる。

 その点、今回宴席に頼んだ港の魚は、きちんとした処理がされていた。

 サバやアジなどの中型の魚は、釣り上げたらすぐに首を折って、エラや内臓を取って塩水につけて血抜きする。

 ぶりなどの大型の魚は活締めと言って、脳を刺して魚を急死させ、えら蓋の上根後ろ側、骨のあたりに切り込みを入れて、尾の付け根にも切り込みを入れ、魚を折り曲げるようにしてよく血抜きする。そのあとは氷水などに浸けて保存する。

 しかし、この港の魚はどれも血抜きがうまくされていない。おまけに、管理もずさんだった。


「あの、ひとつ聞きたいんですけど」


 漁師のひとりを捕まえて、ホンファがなるべく相手を怖がらせないように、


「一年前の主上の宴席で提供された魚が、この港のものだと聞いたんですが」

「……! そのことなら、俺は知らねえよ! この港にいる誰もが、なにも話さないだろうな」

「なぜです?」

「なぜ? ああ怖い怖い。無知は怖いねえ。知らないのか? ここの港の魚を食って、主上は体調を崩された。最初はここの魚の鮮度が疑われたんだが、どうやら毒を盛られたということに落ち着いて、港の商人はおとがめなし。ってのは、表上の話さ」


 男が魚の籠を担ぎながら、


「去年までここで働いてたやつらは、みーんな死んじまったよ。不審死ってやつだ。だけど、お役人さまもなにも調べない。つまりは、そういうことだ」


 商人が親指で首を斬る仕草をした。つまり、秘密裏に殺された、ということだろう。


「そんなはずは……この港の人間を、主上が殺したと?」

「ほかに誰がいるんだ! ほらもう、帰った帰った!」


 漁師に推し負けて、ふたりは港を後にする。



 輿まで向かう道中で、ホンファは考え事をしている。この件は恐らく、毒殺ではない。だがそれを、一介の女官であるホンファが進言して、信じるだろうか。


「シュエさま。シュエさまは、主上に進言できるほどの権限をお持ち、なんですよね」

「そうだが」


 そもそも、なぜシュエは華鳳の乱の真実を探しているのだろうか。


「シュエさまは……何者――」


 ガン!っとシュエの頭になにかがぶつかる。振り向けば、先程の漁師が水筒を投げつけたのだった。


「オマエら、こそこそ調べて……また港の人間を殺す気か?」

「そのようなことはせん。わたしたちはただ、個人で港に来ている」


 手巾で水を拭い、しかしシュエの声音は低い。


「シュエさま……」


 ホンファがシュエに見惚れる。なにも、いまさら男前な顔に惚れたわけではない。


「シュエさま……髪の色が」


 染めていたのだろう、黒い色が落ちて、シュエの髪が一部だけ、綺麗な銀色になっていた。

 シュエはふっと顔を逸らす。そのままホンファの手を取り、輿まで走った。



 銀色の髪は不吉だとされるようになったのは、東宮の母親である亥の宮の妃が死んだことに起因する。

 ゆえに、この国で偉くなりたいのならば、銀色の髪を持つ一族は、髪を染めて官吏登用試験に挑むのだと、噂だけは聞いていた。なんでも、銀色の髪の人間は、採用されないらしい。

 とはいえ、ホンファはシュエの髪について、深く聞くつもりはない。誰だって、秘密のひとつやふたつはある。ホンファが華鳳の乱で死罪になった、料理長の娘であるように。

 帰りの輿の中、シュエは珍しく無言だった。

 ホンファは別に、無言でもよかったのだが、どうにもシュエが考え込むと、ろくなことが起きない気がしてしまう。


「シュエさま。今回の件で、少しだけわかったことがあります」

「わかったこと?」

「はい。あそこの魚はまずくて食べられない。しかし、主上はそれをお召し上がりになった。主上だけが召し上がれることを、知っていたんです、犯人は」


 帝は現在、脚気の治療中だ。さらに、シュエに聞いた話によれば、帝は薄い味が嫌いだと言っていた。

 それはおそらく。


「主上は、味覚障害もお持ちでした」

「味覚障害」

「はい。亜鉛不足だと陥る症状です」


 なるほど、とシュエがうなる。

 帝は脚気になる前から、味の濃い料理を好んでいたと聞く。おそらくは、味覚障害で味を感じにくくなっていたのだろう。


「最近は、薄く味付けした肉や魚を召し上がるようになった。美味いと」

「でしょうね。亜鉛を取れるように、貝や豆類、野菜を摂り入れましたから」

「そこまで考えていたのか」


 てっきり、脚気だけの食療法で大豆を取り入れたのかと思っていたが、このホンファという娘はどこまでも鼻が利く。

 ホンファは窓を開けて、


「主上は、昨年の宴席に出された魚を召し上がった。けれどきっと、ほかの貴族や王族がたは、あまり召し上がらなかったはずです」

「それはなぜだ」

「先ほど申し上げました。『まずいから』です」


 どんなに一流の調理人でも、食材の鮮度までは変えられない。

 あの日仕入れた魚は、ひとつ残らず血抜きが甘かった。さらに、傷みもあっただろう。

 しかし、食べられないほどではない。今から三百人分の魚を仕入れ直す当てもない。

 ホンファの父ならどうするか。答えは簡単だ。


「生姜やニンニク、醤などを使って極力臭みを消す味付けにしたんだと思います。それでも、血抜きされていない魚はまずかったと思いますよ。だから、味覚障害のある主上以外は、あの魚に箸をつけなかったはずです」


 そうとは知らずに、帝だけが美味い美味いと魚を食べていた。


「それで、おそらくなんですが」


 魚に毒があったわけではない。それは先ほど確認済みだ。

 ならば、考えられることと言えば。


「これは毒ではなく、食中毒だったのだと思います」

「食中毒? しかし、毒見役はなんともなかった」


 ホンファはふうっと息を吐き出す。間違っていない。自分はなにも。父だってなにも間違ってはいなかった。


「この食中毒は、ぶりなどの青い魚でよく起こります。流通管理に時間がかかる、かつそれが杜撰だと、魚に含まれる過剰反応アレルギー物質ヒスタミンが生成されて、過剰反応様の症状を起こすのです。これは毒のように一口食べたくらいでは中毒にはなりにくいです」


 発疹、肌の赤み、発熱。

 これらはアレルギーと同じような症状のため、時としてアレルギーと診断されるが、これもれっきとした食中毒なのだ。


「それでか……医官は主上にアレルギーはないと断言していたし、実際に俺もアレルギーのことは聞いていない。が、ソナタの言う通り、主上の肌には発疹ができていた。なるほど、過剰反応による食中毒」


 そして、それを裏で起こした人物がいるはずなのだ。

 ホンファは窓を開けて空を見上げた。憎らしいほどに晴れ渡った空は、もうすっかり冬になっていた。



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