二十一、疑念⑤
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「ぶりのなますに煮物、焼き物にあら汁」
「励んでいるか?」
「わ、シュエさま。もう二日酔いは大丈夫なのですか?」
翌日から、ホンファは献立作りで忙しかった。本番と同じ魚を用意して、調理していく。今回の宴席には、王族貴族が合わせて三百人ほど出席するらしい。
「そういえば、去年の宴席の魚なんですけど」
「なんだ? なにか問題でも?」
「はい。昨日注文した港が、例年は魚の仕入れ先だったらしいんですけれど。去年に限って、隣の港から仕入れたそうなんです」
「確かにそうだったな」
シュエに話を聞いていたため、ホンファもここまでは想定内だ。問題は、その隣港なのだ。
ホンファには懸念事項があった。しかし、まだ確証は持てない。
「隣港が、あの港からさらに二里なんです」
「あの港から二里か。遠いな」
「はい。昨日の港は半里ですから……二里半だと、鮮度が落ちますよね」
ただ、鮮度が落ちるのと毒を盛るのは別の話だ。
「……主上は」
「……?」
厨房にはホンファ以外に誰もいない。だというのに、シュエは声を小さくして、
「一年前の宴席での暗殺未遂――あれは、魚に毒が盛られたのではともっぱらの噂だ」
「噂、とは?」
「ああ。あの宴席に出るとある貴族に、誰からとも知れない書簡が届いていたんだ。『魚は食すな、あれは毒だ』」
「……! では、主上だけがあの宴席で魚を召し上がったと?」
「いや。ただの手紙だろうと誰も取り合わなかった。そもそも、毒見役になんの影響もなかったゆえに、主上も好物である魚を召し上がられた」
「そんなことが……」
魚が原因の毒ならば、フグの毒が有名だ。ほかにも、毒性のある海藻を食べて育った魚ならば、毒を持つ可能性は大いにある。
しかし、去年の宴席の献立を見る限り、そのような魚は使っていない。
そして、材料に毒が盛られていないことは、『ホンファが誰よりもよく知っている』。
なにしろ、ホンファの父親があの日の帝国厨房の料理長なのだ。きっと毒が盛られるとしたら、宴席に運ぶそのわずかな時間か、あるいは不敵にも、帝に出された器に直接毒を盛ったか。
「しかし、シュンリエン殿は、口をつぐんでなにも言わぬ」
「それですよね。そこが分かれば、もう少し話が見えてくるんですけど」
思い出して、ホンファはこの後、チョリエイのところに見舞いに行こうと思った。この宴会料理の味見もかねて。
「シュエさま、私はこの後、チョリエイさんのところに行きますが、シュエさまはどうなさいますか?」
「俺も行く――」
「シュエさま」
ハクシュウがシュエの言葉を遮る。フルフルと首を横に振って、
「まだ政務が残っております」
「なんだ、ソナタ。主上の事件を知ることより重要なことがあるのか?」
「シュエさまは、主上の件よりも、このホンファ殿の行動が気になるのではないのですか?」
「なにを言う。わたしはただ」
「シュエさま。私としてもついてこられると迷惑なので、おとなしく政務に戻ってください」
「な……迷惑!? ソナタは俺を、迷惑と思っているのか?」
「はい?」
きょとん、と頸を傾げられて、シュエはずうん、と肩を落とした。
まるで子供だ。
男女間に友情なんて存在しない。ましてや、シュエとホンファは主従関係だ。
「では、私はこれで」
作り終えた料理を膳に乗せて、ホンファはチョリエイのもとへと走っていた。
***
チョリエイの部屋に入り、ホンファは今しがた作った宴会用の料理の味見を頼んでいる。
「美味いな。ホンファ、やっぱりオマエは料理がうまかったんだな」
「いえ、うまいというほどでは」
「しかし、なるほど。帝国厨房を志願した理由が分かった。こんなに料理がうまいのならば、女とはいえ、厨房に入れるように俺から進言を――」
「ちょ、ま、待って、待ってください。私、実は今、別件で面倒ごとがあるといいますか」
「ああ、シュエさまの気に入りになったという噂は本当だったのか?」
「む……気に入りというよりは、こき使われているだけなんですけど」
「そうか。でもホンファ、今すごく楽しそうな顔をしているな」
チョリエイに言われて、ホンファは自分の両頬に手を当てた。
「どんな顔です」
「にやけてる」
「そ、それは……私は料理が好きなだけで、面倒ごとなんてごめんです」
「そうか。そういうことにしておいてやる」
にこやかに、チョリエイがホンファの頭を撫でた。ホンファは猫の様に目を細めて、その手にすり寄った。
「はは、故郷の妹を思い出す」
「チョリエイさんにも妹が?」
「ああ。数年前に流行病で亡くなったが」
「すみません。いらぬことを聞きました」
いいよ、とチョリエイが優しい声をさらに柔らかく発した。
ホンファはあわあわと話題を探す。暗い気持ちにさせてしまった。
「あ! そういえば」
話題を転換したのはチョリエイだった。
「あの茄子……俺が食中毒を起こした茄子だが。あれは確か、シュンメイさまにもらったものだった」
「シュンメイさま……あの、氷の毒殺未遂されたシュンリエンさまの父君ですか?」
「ああ、そうだ。面白い苗を見つけたからと……俺の田舎が農家なのを知ってか、時々ああいった苗をわけてくださるんだ」
「そう、ですか……」
だとして、シュンメイがチョリエイを陥れようとする理由はなんだろうか。
「チョリエイさん。なにか、人に恨まれるようなこと、しましたか?」
「え? なんでだ? あの茄子は事故だよ事故。シュンメイさまは、農業をしたことがないから、朝鮮朝顔に毒があるなんて知らなかったんだよ」
だったらなぜ、その娘であるシュンリエンが今、毒殺未遂になんてあっているのだろうか。
これは、シュンリエンの話も聞く必要がありそうだ。
「チョリエイさん、ありがとうございました」
「ん? お礼なんて言われることしたか?」
「こっちの話です。あ、料理は食べてしまって大丈夫なので、私はこれで!」
今日はこれから、ユーチェン妃の夕餉を作らねばならない。
食事療法の甲斐あってか、ユーチェン妃の体調は以前よりいくばくかよくなったように見えた。




