十四、華鳳の乱③
なんの変哲もない菜園だった。茄子ときゅうり、それから大葉に大根。一度目に後宮内を見て回った際も、チョリエイの菜園は目を通した。
「なんだ、普通の菜園――」
よくよく目を凝らす。原因が茄子やきゅうりにあるのなら、その苗が特別だった?
ホンファは地べたに這い、よく苗を観察する。そこでようやくホンファの目に入ってきたのは、茄子の苗の『接ぎ目』だ。
「接ぎ木されている……。この茄子も、きゅうりも」
継ぎ目を見るに、土台となった植物は――
「これだ!」
苗を一本ずつ引っこ抜き、ホンファは医局へと走っていった。
後宮内を走るホンファが目に入り、シュエは政務を一度取りやめて、ホンファのあとを走った。
「まて、ソナタ。なにかわかったのか」
「シュエさま。はい、これだったんです」
これ、と差し出されたのは、実がたわわに実る茄子ときゅうりの苗だった。
「これは、茄子ときゅうりの苗では?」
「はい。一見すると茄子ときゅうりです。しかし、接ぎ目があるのがおわかりですか?」
シュエは顔を近づけて目を凝らす。接ぎ木がしてあった。
「もしや、この接ぎ木をしたのが、朝鮮朝顔」
「当たり(ビンゴ)です! これがおそらく、食中毒の原因です」
つまり、朝鮮朝顔に接ぎ木したため、接ぎ木した茄子に朝鮮朝顔の毒が移ったということなのだ。
「そもそも、接ぎ木で朝鮮朝顔の毒が茄子やきゅうりに回るものなのか?」
シュエが問えば、
「はい。本来は強い苗に弱い苗を接ぎ木する、といった使い方をしますが。新しい品種を作るために、ことなる種の苗を接ぎ木することがあります」
そうすることで、ふたつの苗の性質を持った実や種子ができるのだそうだ。
「なるほど……これなら誰にばれることもなく、毒入りの茄子を食べさせられるな」
「はい。今から医局で朝鮮朝顔の苗を見せてもらいます! この苗が本当に朝鮮朝顔か、調べるのです」
医局では、毒の判別をする専門家がそろっている。毒草の種類の判別にも長けているのだそうだ。
「ならば、わたしが口添えしてやろう」
「助かります!」
このホンファという娘は、料理の知識に関しては大したものである。しかし、その素性が知れぬ以上、シュエは深入りすまいとも思っている。
医局で苗の分析がなされる。接ぎ木部分が朝鮮朝顔だと判明した。
これによって、チョリエイの件は、毒殺でなく食中毒であることが証明された。
「チョリエイさん。毒殺ではなかったですよ。東宮さまの幽鬼も」
「なるほど。やっぱり、出どころのわからない苗なんて育てるものじゃあないな」
から笑いを漏らすチョリエイ。しかし、シュエはなにか考え事をしているようだ。
「シュエさま?」
「……ああ、なんだったか」
「いえ。あまり浮かない顔ですね」
チョリエイを見舞ったあと、ホンファはリンリン妃のところへ、シュエは自分の執務室に戻ることになった。
「なにか気になることでも?」
「いや……氷を運び出したチョリエイの食中毒……それから、氷で毒を盛られたシュンリエン殿……このふたりの事件は、偶然だろうか」
考えすぎだ、と言い切れないのがホンファの本音だ。
「チョリエイさんに苗を渡した人物をお疑いで?」
「まあ、食中毒なんて、そう珍しいことじゃない。毒殺未遂だって、シュンメイ殿は、それなりに権力のある貴族であるし。狙われるのはわかるのだが」
シュエが黙り込む。
ああ、本当に面倒だ。
ホンファはそそくさとシュエのもとを離れようとする。しかし、
「ソナタ。この件をもう少し詳しく調べてくれぬか」
げえ、と顔をゆがませて、ホンファが振り返った。
「嫌ですよ。ただでさえリンリン妃さまのことで頭が一杯なのに」
「……ソナタが身分を偽っていることを、不問に付す、と言ってもか?」
ざあっと風が鳴いた。ホンファの顔が険しいものに変わる。
なにか、しくじっただろうか。
「なんのお話やら」
「戸籍帳には、例外なくこの国の民、全員の名前が記される。それに、ソナタの名前がない。と言ったら?」
そこまで調べているとは。いや、そもそも、戸籍帳を閲覧できるのは。
「それは、シュエさまの秘密も、私が握ることになるということをご承知ですか?」
一介の官吏が許されるはずもない。人民は例外なく帝の所有物であり、その戸籍帳を盗み見たとなれば、極刑はまぬかれないだろう。
この、シュエという人間は何者なのだろうか。
ひゅっと秋の風が二人の間に吹きすさぶ。
「わかった。では、俺のほうから先に話そう。俺は、主上を毒殺しようとした人間を探している」
一年前、華鳳の乱と呼ばれた事件の記録だった。




