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十一、曼陀羅華(ちょうせんあさがお)④

***


 ある晩、厨房で騒ぎがあった。ホンファがリンリン妃のもとに通いだしてから、数週間ほどが経っていた。


「なんだなんだ、どうした!?」

「チョリエイが倒れた!」

「チョリエイが!? アイツ確か、今日帰ったばかりだよな!?」


 ホンファは現状、寝床は帝国厨房のそばの女官官舎だ。今はユイユイがいないから、四人でも広々と眠ることができる。

 しかし、その夜は騒がしく、ホンファは男たちの声で飛び起きた。


「なに、ホンファ。男たちは酒盛りしてるんでしょ」

「倒れたって聞こえました。私、行ってきます」


 チョリエイと言えば、ホンファに優しくしてくれた料理人である。料理人の中では一番の古株なのに、出世に興味がなく、よくホンファに料理を教えてくれた。とはいえ、ホンファのほうが教えることのほうが多かったのだが。

 そもそもホンファは、個人的にチョリエイに用がある。氷の件だ。

 ホンファが男たちの官舎にたどり着くと、チョリエイが手足を震わせて倒れていた。


「チョリエイさん!」


 駆け寄り、ホンファはまず、周辺を見渡した。

 傍にあるのは、酒と酒のつまみだけだ。

 焼き茄子と酒、それからきゅうりの塩漬け。


「チョリエイさん! 聞こえますか?」


 傍に吐しゃ物が見える。食中毒によくある症状だ。

 閉じた目を開く。瞳孔が拡大している。心拍もはかる。かなり速い。まるで『麻酔』をかけたような症状もある。


「ほんふぁ……?」

「意識はあり……制吐剤は!?」


 ホンファが指示を出す。毒殺ではないため、胃洗浄は必要ないだろう。

 ホンファがチョリエイに制吐剤を飲ませる。げほ、とチョリエイが胃のなかのものを吐き出した。しかし、チョリエイが吐き出したのは茄子ときゅうりだけだ。食中毒を起こすものは見当たらない。

 それでも、チョリエイの症状はこれを強く食中毒だと裏付けている。


「この食中毒は……曼荼羅華ちょうせんあさがお


 だとして、なぜそのような症状がチョリエイに起きたのだろうか。酒に盛られた?


「飲む……わけにもいかないし」

「おい、ホンファ。チョリエイ吐き終わったぞ」

「はい。あとは、炭を混ぜたぬるま湯を飲ませて安静にしてください」

「そうか。……主上に出した料理に毒があったのか?」


「いえ……これは毒ではなく、食中毒の症状です。しかし、念のため、主上のお耳にも入れておいた方がいいでしょう。明日の調理も、茄子ときゅうりは取りやめで」

 夜も遅く、チョリエイの病状もさほど重くなかったため、ホンファはこの日は自室に戻って眠ることにした。しかし、どうにも眠れない。なにが原因なのだろうか。チョリエイは腐っても料理人だ。朝鮮朝顔をオクラやゴマと間違ってたべるはずがない。第一、チョリエイの傍にあったつまみには、そういったものは見当たらなかった。


「でも、間違いなく朝鮮朝顔なんだよな」

「ちょっとホンファ、うるさいわよ」

「ごめんなさい。姐姐ジェジェ


 目を瞑って、眠れない夜を過ごした。



 チョリエイは、帝国厨房でも一番の古株だった。なんでも、昨年の『例の件』からこの厨房に勤めているのだとか。例の件で生き残った料理人は、ほとんどが帝国厨房を辞めたというのに。

 ホンファはこの厨房に来て最初の半年、特に友人らしい友人がいなかった。

 その半年のあいだ、ホンファを気にかけてくれたのがチョリエイだった。


「ホンファ。いい食材が入ったよ」

「チョリエイさん。私に構うとまた怒られますよ」

「でも、ホンファは本当は、料理が好きだろ?」


 そんなこと、一言も言ったことがない。ホンファは料理が嫌いだ。料理人だって。

 身分が低い自分が嫌いだ。料理人なんて、よくて平民程度の扱いで、だからホンファは、料理人なんてなりたくなかった。


「ホンファの手。包丁を握るタコが出来ているし、親指の爪を長めにしているのは、魚介の殻を剥くためだ。右手に赤切れが多いのも、料理人の特徴だ」

「……参りましたね」


 うまく隠せていると思っていた。


 ホンファは料理ができる。父譲りの料理の腕だ。しかし、その父も、料理が原因で命を落とした。


「上海蟹だ」

「いいんですか? 料理長に食べさせなくて」

「いいんだよ。俺はさ、あるひとに命をもらった身だから。だからせめて、後身のために生きようって決めてるんだ」


 誰かを思い描いているのだろう、チョリエイが涙目で天井を仰いだ。

 酒に酔うと泣き上戸になるのかも知れない。


「たまにでいいからさ、俺の晩酌の相手になってよ」


 酒が好きなひとだった。酒のアテは、もちろんチョリエイ自身が手作りする。実際、チョリエイの料理の腕はなかなかなものだとホンファは思ったほどた。


***


 翌朝は卯の刻(五時から七時)、ホンファは井戸で水を汲んで、リンリン妃の宮に向かった。

 今日からは、少し熱量カロリーの高いものを出してみよう。

 なおかつ栄養を考えて、少し変わった料理を出すことにした。


「励んでるか」

「げ、シュエさま。こんなに朝早く」

「なんだ、げ、とは」

「いえ、なんでもないですよっと」


 お湯を沸かし、酢を入れる。


「湯に、卵?」

「はい。落とし卵を作ります」


 お湯をくるくると混ぜて渦を作り、そこに卵を落とす。白身を中心に寄せるように箸で優しく混ぜ、卵が半熟の状態で水に取る。


「美しい形だな」

「はい。料理は見た目も大事です」


 それから、西洋のソウスを作る。卵黄に塩、酢を混ぜたら少しずつ油を混ぜて乳化させる。もったりとしたマオンのソース(マヨネーズ)の完成だ。


「ものすごい量の油を入れていたが?」


「はい。これ、ものすごく酸っぱいタレなんですけど、酸っぱさが後を引くんですよ。食べてみます?」


 レンゲにすくって、ホンファがマヨネーズをシュエに渡す。なんの迷いもなく口に入れて、シュエは口をすぼめた。


「酸い!」

「はい。単体ではちょっとおいしくないですけど」


 それを先に言え、とシュエがホンファにジト目を向けた。

 そんなシュエなどそ知らぬ顔で、ホンファは昨日から仕込んでおいた生地を取り出す。


「なんだそれは?」

「小麦を練って、天然酵母を混ぜたものです」

「天然酵母?」


「はい。スモモを皮ごと切り、水に浸けて発酵させたものです。これを小麦と混ぜて焼くことで」

 鉄鍋を熱し、その上に鉄鍋を重ねる。重ねた鉄鍋の上に先ほどの生地を丸く形作って並べたら、鉄鍋にふたをして中火で焼く。


「これで、西洋のぶれっどができます」

「ぶれっど」

「はい。面包ミエンバオです」

「ミエンバオ。なるほど、薄餅バオビンのようなものか」

「そうですね。肉や野菜をはさんで食べます」


 野菜は蒸す。寄生虫などがいるためだ。

 そうこうするうちにミエンバオが焼ける。


「香ばしいにおいだな」

「一個味見しますか?」

「いいのか?」

「はい。熱いのでお気をつけて」


 出来上がったバオミエンを、シュエがハフハフとかじりつく。


「これは……外はパリッと、中はふわふわだな」

「はい。粥や餅ばかりでは飽きてしまうので。最近は肉も魚も抵抗なく召し上がれるようになったので、少し挑戦してみようかと」

「それで、このバオミエンと落とし卵とそのタレか」


 渋い顔をするシュエを見て、ホンファのいたずら心が刺激される。


「出来上がったものを召し上がってみてください。このタレしかないと思わされますよ」

「だが、このような食べ物」


 薄餅は、アヒルの皮などを巻いて食べるが、このバオミエンは二つに割って、その間に肉や魚をはさむというのだ。その上に、マヨネーズ。

 シュエは半信半疑でそれを受け取り、大きな口でかぶりついた。


「……。……うま、い……?」

「そうでしょう。焼いたアヒルの肉と落とし卵、酸っぱいタレが絶妙に絡み合うでしょう?」

「……んん、悔しいが」


 このホンファという少女はどこでこのような料理を知ったのだろうか。これは西洋の料理そのものだ。

 シュエが口元にマヨネーズをつけている。ホンファは笑って、


「もう、タレがついてますよ、シュエさま」

「……! 悪いな」


 親指で拭って、それを口に入れる。ホンファはまるで当たり前のように一連の動作をし、赤面するのはシュエのほうだった。


「ソナタ。聞いたところわたしと同い年だそうだな」

「そうなのですか? では、シュエさまも東宮さまの恩赦の年にお生まれで?」

「ホンファ殿、そろそろお食事を運ぶお時間では」


 ハクシュウが口をはさむのは珍しく、ホンファは「そんな時間でしたか」と穏やかに返す。傍らのシュエの表情を隠すように、ハクシュウはシュエとホンファの間に立った。


「ハクシュウさま?」

「いえ、いえ。なんでもございません」


 ハクシュウがなにを隠したかったのか、ホンファにはわからない。



 リンリン妃のもとに朝食を運ぶ。最近ようやく、シュエはホンファを信じられるようになったらしく、ホンファの料理場に顔を出す回数が減っていた。あの宦官はどれだけ暇人なのだろう。


姐姐ジェジェ!」


 最近ことさら、リンリン妃はホンファになついており、ジェジェと呼ぶことが増えた。

 ホンファは膳を床に置き、拱手礼をして膳をはさんでリンリン妃の向かいに座る。


「わあ、今日の朝餉は珍しいものですね」

「はい。西洋風にしてみました。食べられそうですか?」


 ホンファがにこやかに接する。ホンファの意外な一面だ。ホンファは年下のものには優しくする。兄弟でもいたのだろうか、手慣れているようにも見える。


「ジェジェ。私、ジェジェのご飯ならなんでも好きです」

「それは料理人みょうりに尽きます」


 ミエンバオに落とし卵とアヒルの肉を挟んで、その上から西洋のタレ。

 なんら疑うことなく、リンリン妃がバオミエンにかじりつく。小さな口がモクモクと動き、驚き、喜び、幸せな顔へと変化した。


「どうですか?」


 ホンファが問うと、


「ほひひいでふ!」


 口の端にマヨネーズをつけてリンリン妃が笑う。

 ホンファは懐から手巾を取り出して、リンリン妃の口を拭ってやる。


「ジェジェ、ジェジェ」

「なんです?」

「お昼はヒノモトのあつものが食べたいです」

「わかりました。ほかには?」

「ほかには、えっと……ヒノモトのものならなんでも!」


 リンリン妃はヒノモトの料理が気に入ったらしく、こうして頼むことが増えた。食べられる料理も増えていき、今では肉も魚も食べられる。とはいえ、まだ量としては小食であるため、そこは工夫が必要だ。

 リンリン妃が全部食べられるような料理の量を作るようにして、『全部食べられた』という達成感を得られるようにしている。そして、全部食べ終わると、


「リンリン妃さま、えらいです」

「へへ、ジェジェ。もっと」

「はいはい。リンリン妃さまはお可愛いですね」

「ん」


 リンリン妃をぎゅうと抱きしめて、ホンファが頭を撫でている。

 本来ならこのようなこと、許されるはずがない。シュエですら、リンリン妃に触れることは避けているのだから。

 ホンファは、食事時は人払いをして、リンリン妃とホンファのふたりきりになるようにお願いしている。こんなところ見つかったら、ほかの女官たちにどやされる。

 ぎゅうと抱きしめ、絹のような髪の毛を撫でつける。


「リンリン妃さまの御髪は、きれいな黒色ですね。真珠みたいです」

「そうですか? 髪の毛だけは自慢です」

「『だけ』ではありませんよ? お顔だって、きれいな瞳にかわいらしいお鼻。しゃべるお口もかわいらしく、声は鈴の音のようです」


 へへ、とリンリン妃がホンファに体を摺り寄せる。

 はたで見ているシュエなどいないかのような扱いだった。



 ひととおり朝餉を終わらせて、ホンファは急いで膳を下げる。


「なにを慌てて」

「シュエさまにはわからないのです」

「わからぬもなにも。言わねばわからないだろう?」


 膳を持ち走るものだから、転ばないかと冷や冷やしながら、シュエはホンファから膳を取り上げた。


「なにをするのです」

「転ばぬか心配なんだ。それで、膳を片付けてどこへ行く?」

「……昨夜、帝国厨房の料理人が、食中毒で倒れました」


 歩きながら、シュエは卯の宮の料理場につき、洗い場に膳を運んだ。女官がそれを受け取り、シュエは女官に笑みを向けた。

 外面のいい。


「で、その騒ぎは、毒殺未遂と聞いていたが」

「いいえ。あれは毒ではなく、食中毒の症状――いや、毒ではあるのですが」


 毒殺、と言われて、そうなれば、確かに朝鮮朝顔は毒だ。そしてあれは、薬にも使われる。

 ならばチョリエイは、朝鮮朝顔を服用していた?


「シュエさま。チョリエイさんはなぜ急に休暇を与えられたのでしょうか」


 基本的に、後宮で働くものが後宮外に出るためには、上のものに許可を取る必要がある。特に、チョリエイは住み込みで働いていたため、許可は絶対だ。

 中には通いで勤めるものもいるが、それらは料理人の中でも位の高い、責任者たちの特権だ。


「ああ、チョリエイはここ一年、休みなく働いていたゆえ……休暇を一気に与えられた」

「なるほど。では、まず薬吏に行ってもよろしいでしょうか」


 ホンファはチョリエイのことをよく知っている。服毒自殺するような人間ではない。そもそもあの毒は、毒としてよりは食中毒としての症状が強く出ていた。朝鮮朝顔の毒を直に飲んだのならば、あの程度では済まない。それでも、ひとつずつ可能性を潰さねばならない。


「なるほど。毒を盛ったのなら、薬吏から持ち出さねば可能性はないわけだな。あるいは休暇で出かけた先で――」

「毒を飲むような――持ち込むようなひとではありません」

「そうか。ならばなおさら、薬吏で確かめねばな」


 シュエの許可を得て、ふたりは薬吏へと足を向けるのだった。



 薬吏について、ホンファは薬師に問いただすように聞いていた。


「ここ何日かで、朝鮮朝顔を持ち出した人間はいますか?」

「なんだオマエ……女のくせに」

「女であることと朝鮮朝顔は関係ないでしょう」

「誰が下女なんかに――」


 いい顔をしない薬師に、ホンファの後ろにいる人物が凄みをきかせた笑みを向けた。シュエだ。ハクシュウも傍についている。


「シュエさま、そんなににらんでは、薬師さまも話せるものも話せませんよ」


 ハクシュウだって、シュエ顔負けにすごんでいたが。


「そうだな。なに、わたしはただ、女だの男だの、身分だので態度を変える人間が好かぬのでな」

「め、滅相もございません。そ、そうですね。朝鮮朝顔、朝鮮朝顔……」


 薬師は、管理している手帳をぺらぺらと捲る。


「ああ、いませんね。朝鮮朝顔は、この二か月以上、薬師以外誰も使っておりません」

「なるほど。ありがとうございます」


 ホンファは気持ちばかりの拱手礼をして、薬吏を出ていく。



 道々、ホンファは考える。朝鮮朝顔をどこで手に入れたのだろうか。あれは毒物だから、後宮でも育てていないはず。手に入れるとしたら、外部の人間が持ち込む必要がある。チョリエイがこの休暇で持ち込んだ、あるいは、後宮に自生している? それはない。チョリエイが毒を持ち込む理由など見当たらなかった。ならば、後宮のどこかに朝鮮朝顔が存在して、それを食べた、という線が濃厚だ。

 ホンファはまず、後宮の厨房周辺から、朝鮮朝顔を探すことにする。


「陽が暮れるぞ」

「お構いなく」

「後宮のすべてを見て回る気か?」

「そうでもしなければ、見つからないでしょうね」


 いまだ、チョリエイは目を覚まさないらしい。


 ホンファは意地になっていた。なんとしても犯人を見つけてやる。


「本当に、ソナタは人間臭い人間だな」

「シュエさま、見ているだけなら帰ってください」

「わかったわかった。俺も手伝おう。で、朝鮮朝顔の特徴は?」

「普通の朝顔に似ていますが、花が白や黄色をしている場合が多いです」

「普通の朝顔は色が違うのか?」


 そこから教えねばならないのか。


「普通の朝顔は、青や赤ですね」

「わかった」


 ホンファとシュエは、後宮の厨房からはじめて、チョリエイの部屋までを、くまなく調査するのだった。



 泥まみれになってしまい、昼餉を作る前に湯あみを許された。


「わ、シュエさまの部屋には風呂があるのですね。お湯だ」

「そうだ。わたしは偉い官吏なのでな」

「偉い割には、私の調査に付き合うほどお暇に見えますが」

「それは!」


 シュエだって、暇なわけではない。今夜は徹夜で仕事をしなければならない。が、それを言ってはホンファを困惑させるだけなので言わないことにするが。

 ホンファは服を脱ぐと、風呂場に入っていく。

 外では、シュエの侍女が、風呂の湯を運んでいる。


「はぁ、気持ちいい……」


 この時代、風呂は高級品のため、妃か貴族か、王族くらいしか入ることができなかった。多くの平民は、湯を桶にためて、体や髪を洗うだけで、湯船に浸かれるところは少ない。


「はあ、何年ぶりだろう」

「何年ぶり? その口ぶりだと、昔は風呂に入れていたような言い方だな」


 外からシュエの声が聞こえる。一気に現実に引き戻されて、ホンファはぶう垂れる。


「私にもいろいろあるんですよ」

「いろいろ、ね」


 風呂場の外で、シュエがホンファのために、体の水を拭き上げる手巾を用意している。その時に、ホンファの独り言が聞こえたのだ。


「ソナタはいったい何者なんだ」

「なにか言いましたか?」

「いや。なんでも」


 ホンファなんて、どこにも存在しない。戸籍帳を調べたのだ。

 ホンファには面と向かっては言えないが、この娘がなにか訳ありなのは最初からわかっていた。

 これだけの料理の腕があるのなら、もっとうまく立ち回れたはずだ。

 それに。


「ふう、お風呂いただきました」

「ああ。と、ソナタ、髪がまだ濡れているではないか」


 世話の焼ける。

 風呂上がりのホンファの髪を、シュエが手巾でぽんぽんと挟んでやる。きれいな桃色の髪だ。陽に透かすと少しだけ白銀に光る。


「ソナタ、出身はどこだ?」


 訛りがないから、都であることは明白だった。


「田舎ですよ。仁のほうです」

「……仁」


 シュエはその日、再び戸籍帳を調べ上げる。しかし、仁という地方に、ホンファなどという名前の人間は、存在しなかった。


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