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十、曼陀羅華(ちょうせんあさがお)③

 リンリン妃の料理担当になって、ホンファはまず、熱量カロリーの低いものを出すようにした。例えば、茹で鶏だ。


「ささみ肉に砂糖、塩の順に味をつけて、沸騰した湯に入れたら火を止める」

「なぜ火を止めるのだ?」


 リンリン妃の料理を任されたものの、シュエもまだ完全のホンファを信じていなかったらしく、いつもホンファが料理する傍で目を光らせていた。

 ホンファはこのリンリン妃の料理係に任命されるに当たって、食材を帝国厨房以外からも使えることを条件としていた。シュエは渋々それを了承したのだが、その交換条件として、シュエが納得するまで料理の場にシュエが同席することとなったのだ。


「沸騰させたまま茹でると、固くなります。余熱で火を通すと柔らかく仕上がります。鶏の胸肉なんかでも作れますが、今日はより熱量の低いささみで」


 それに、ささみ肉は蛋白源としてとても優秀な食材だ。

 野菜は蒸したものを出した。茹でてもよかったのだが、茹でると栄養素が水に流れ出す。野菜の栄養素は水溶性のものが多いからだ。

 緑黄色野菜は炒めて出した。健康的に、ごま油を使って味付けはジャンや塩で素材の味を生かした。緑黄色野菜とは、野菜の中でも緑や赤の濃いものを指す。これらの栄養素は油に溶ける性質を持つため、油で調理すると栄養素の吸収率が上がるのだ。


「リンリン妃さま、お食事の時間です」

「ホンファ……」


 リンリン妃は毎日寝て過ごしているらしい。たまの来客時はない気力を振り絞って対応するらしいが、リンリン妃の衰弱は見ていて痛々しいものだった。


「召し上がれそうな料理はありますか?」


 食事を強要する言葉は避ける。食べられるものを一口でも食べられたら最初はそれで十分だ。


「ホンファの料理だもの、食べます。このお肉は?」

「はい、ささみです。鶏の中心部にある、脂肪の少ない部位ですね」

「脂肪が少ないのですか?」

「はい。太りにくく、しかし栄養の豊富な部位です」


 む、となにかを考えたあと、リンリン妃は箸を持ち、野菜より先にささみに箸をつけた。

 隣にいたシュエが感心している。ホンファの料理ならば、リンリン妃も食べてくれるのだ。


「おいしい……ささみはぱさぱさして好きではありませんでしたが、これは柔らかく食べやすいですね」

「はい。そのように調理しましたので」

「調理次第でこんなに変わるんだ……」


 きらきらとした目をホンファに向けて、リンリン妃は次に、人参を甘く煮たものを口に入れた。


「甘い……?」

「はい。これは茹でた後に牛酪バターと砂糖と塩を加えています」

「これ好きです。おいしい」


 それから、卵を焼いたものをみて、リンリン妃は首を傾げた。


「卵……ですよね、これは」


「はい。出汁巻き卵と言って、ヒノモトの料理です。出汁がきいていておいしいですよ」


 見たこともない、四角い形だった。ホンファがヒノモトで仕入れた四角い銅鍋で焼いたからだ。

 それをひと切れ、箸でつまみ、リンリン妃ははく、と口に入れた。

 モクモクと咀嚼する。じゅわっと出汁があふれてきて、リンリン妃がほわっと頬に手を当てた。


「甘くてしょっぱくて、あと、このじゅわっとあふれる味は?」

「リンリン妃さまは、だしの味を感じられるのですね。味覚が本来鋭いお方なのですね」


 出汁というのは、鰹を干して焙煎して乾かしたものを薄く削いだ『鰹節』と、昆布で取る、彩の国で言う『白湯』のようなものだ。


「昆布を水に四半刻つけて火にかけて、沸騰寸前に昆布は取り出します。沸騰したら鰹節を入れて少々煮だし、濾したら完成です」

「……そうなんだ……これ、あつもの……味噌のあつものにも使っていたりします?」

「やはり味覚が鋭いですね。ヒノモトの味噌汁には、この出汁を使っています」


 ほめられて、リンリン妃は頬が緩んでいる。もう一口、出汁巻き卵を口に入れて、どうやらリンリン妃には、ヒノモトの食事が口に合うらしい。


「ホンファは、お姉ちゃんのようですね」

「滅相もない。私なぞが」

姐姐ジェジェ

「お、おやめください!」


 ホンファがこうべを垂れて恐縮している。傍ら、リンリン妃は何度もホンファをジェジェ、ジェジェ、と呼んでいる。

 これには同席したシュエも意外だったらしく、リンリン妃は本来このようなかわいらしさを持つ妃だということを嫌でも思い知らされた。

 シュエは何度かリンリン妃を見舞ったが、いつも暗い顔をして義務的に対応されるばかりだった。

 それが今は、ニコニコと可憐な花から花を渡る蝶のように無邪気だ。


「シュエさま、いかがしましたか」


 下膳して、洗い物をするホンファをシュエはにらむように見ていた。さしものホンファもその視線に気づき、ため息交じりにシュエをなじった。


「いや。ソナタ。ソナタは最初、リンリン妃のことは冷たく切り捨てた。だというのに、人の心をつかむのがうまい」

「あれはそういうのじゃないって言ったでしょう」

「ああ、そうか。あれが『幼児退行』なのか」

「そうですね」


 ホンファはすでに、次の食事の献立を考えている。

 シュエは、少なからず、幼児退行だけがリンリン妃がホンファを頼る理由ではないのではないかと思うのだった。



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