004.巨人
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目の前に流れ着く魔物を次々と葬るクラウスの後ろ姿を陰から見ていた門番は安堵の表情を浮かべていた。彼らのような強者が我々を身を挺して守ってくれている、しかもその背中はAランクと言う責任を背負うに相応しい頼もしさがあった。
彼らならばこのアルデミラを死守してくれる。そう思っていた。奴らが姿を現すまでは。
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「鳴りはためく轟槌拳!」
空中から周囲に蠢く魔物の集団に向けて地面に拳を突き立てる。地面から波状槌が広範囲にわたってクラウスを中心に魔物の体を貫いていく。これでどうやら最後のようだ。四人は第一波を退け、一息ついた。次に向けて体と呼吸を整える。
魔法生物は現象、つまり生命活動が停止すれば魔素が分解されその形は消滅していく。その中でも体の一部に膨大な魔素量が蓄積されている残骸が残ることがある。所謂素材と言うものだ。魔物の素材は武具、防具、装飾品などの装備品から衣服、ランプ、石鹸などの日用品まで幅広く使われる。家畜からとれる素材よりも丈夫で、なにより金になる。
「ほー、大量大量。低ランクとはいえこの量の素材は圧巻だなあ。」
ギルドの依頼にはこの素材を収集する者もあり、低ランク帯の魔法生物素材はそれだけ日常的に使われているということだ。なので、お金儲けも兼ねて素材は回収しておくに限る。ただ、魔素が蓄積される部位は魔物の個体ごとに異なり、狂角魔猪であれば角と毛皮がそれに値する。
「魔石は僕が言い値で買い取ろう、今後の研究に欲しかったんだ」
「おっと、でしたらワシにも半分買い取らせてくれ。今錬成している道具に必要なんじゃよ」
そして全ての魔物に共通するのは魔石だ。魔石は魔物の体内に滞留している魔素が固まって出来るもので、魔物の心臓の代わりでもある。生物に魔素が集まり魔物化するときも同様に心臓部分に魔素が溜り、魔石化する。この魔石化自体を魔物化するという有識者も存在する。
「増援呼んできましたー!ってあれ、もう終わってる...」
その声の主はアルルだった。隣を並走するメルテテと一緒に後ろから総勢30名ほどの武装した集団がこちらに向かってくる。悠々と素材拾いに勤しんでいる4人をみて皆、肩の力が抜けたようだ。アリアに至っては速攻でアルルに膝枕を要求している。そのくせ飛び込むように抱き着いているので膝枕なぞ出来るわけもない。
メルテテはクラウスと現状を共有する。次に来る第二波にそなえて編成を組む必要があるからだ。もし中心部隊がアルデミラに向かっているなら波が増えるごとに魔物のランクも上がっていく。ここからさらに死守しなければならないということだ。
「継続防衛、ダンジョンでの救助任務も同じ様な状況でしたね」
ダンジョン。それはこの大陸に発現する迷宮である。地上とは比べ物にならない強さの魔物が出現し、そこから落ちる素材も一級品ばかりだ。例え最低ランク推奨のダンジョンであっても油断はできないのだ。
CランクパーティがCランク推奨のダンジョンで迷宮を走破するにはかなりの時間がかかり、その時間ダンジョンに潜るためのアイテムも用意しなければならない。走破できないことも多く、さらには迷宮路は幾度となく内部構造が変化するため未だ謎めいている。
だからこそ、ダンジョンに潜る推奨ランクを見直す必要があるという声も出ているが情報が確定しないこともあり、難易度の設定も明度がまだまだ不十分であった。そんななか、一つのパーティが迷宮から出られなくなり、救助を要請したことがあった。彼らは脱出ポートへのリンクもせず潜ってしまっていた。
「確か調子こいて自分たちのランクにそぐわない難易度のダンジョンに潜った奴らだったっけか。あいつら結局2ヶ月の活動停止食らっただけで済んでるの癪だけどな。本来ならギルド除籍だってあり得たってのによ」
ギルドの除籍処分はギルド規定の中で一番重い罰則にあたる。今までのギルドメンバとしての活動記録が抹消され、ギルドから期間追放されてしまう。出戻りをしたとして、始まりは最低ランクからのスタートとなり、除籍名簿に記載されたものはその行動を制限されてしまう。
これはギルド側がメンバの命を第一に考えた罰則だ。勇敢と無鉄砲は違うということを本人に認識させるための処遇である。彼らは除籍にはならなくとも、一定期間の活動停止とランクダウンを命じられた。
「まあ、その二か月間はかなり地獄の日々を過ごしていたらしいですから。命が助かっただけ大目に見ましょうよ」
「メルは優しいなあ、まああんとき一番キレてたのアリアだけど...」
「あれは、悪魔を見た気がしました...」
休日を謳歌していた時に突如舞い込んだ緊急要請は彼女の顔を歪ませた。現地に到着した彼女は見たこともない覇気を宿らせていた。彼女だけは怒らせてはいけない、この日を境にクラウスとメルテテは誓ったのだ。
その後、救出されたパーティはアリアからありがたい説教を食らい、さらにギルド長からもありがたい拳骨を食らっていた。どんな馬鹿や阿保でもギルドメンバである以上、守るべき対象であり必要な戦力であるため見捨てることは絶対にない。
「編成終わりました~、次に備えて二人も整えておいてください」
アルルがこちらに駆け寄ってくる。これで元の6人一組のパーティと増援に駆け付けてくれた者たちで合計6パーティでの迎撃態勢が整った。先程は数で押されかけたが今度はこちらが数で押し切る番だ。後衛職は前もって術式を起動する。支援が数秒遅れれば一気に穴を突かれかねない。前衛も自己強化スキルを事前に発動しておく。
「第二波、来ます!」
先んじて飛び出してきたのは先程の魔銀狼、だけではない。その獣の上には、小さきながらも醜悪さを感じさせる歪んだ顔と、半開きの口からまき散らす唾液、ぎょろりとした黄色い眼光をもつ緑色の生物。そう、あれは紛れもなく緑小醜鬼であった。
「おい、聞いてねえぞ!ありゃ調教:緑醜鬼じゃねえか!」
その後続からはどんどんと緑小醜鬼が流れ出してくる。彼ら単体であれば魔銀狼と同様に大した敵ではない。奴らの異常さはその物量と性質にある。今回の調教:緑醜鬼は上位種で、魔銀狼を従え、操るのだ。その脅威はBランクに相当する。
更にはそれが数で押し寄せてくるのだ。後続にも別の上位種が確認できる。魔石に含まれる魔素の量が多く、魔法を使えるようになった魔術:緑醜鬼、身体が強化され大きく肥大し、武具を扱えるようになった戦者:緑醜鬼。更にはその統率を行う指揮官:醜悪緑鬼までも姿を現していた。
「出ます!」
クラウスの前に飛び出したのはメルテテだ。メルテテは杖を納め、剣を抜く。近接戦闘において、魔法は発動まで時間がかかるため本来前衛は務まらない。だが彼は違う。自身の剣に強靭化と鋭利化を付与し、その上から貫通力を高める雷属性を纏わせた。
これは前衛で魔法を使えるように、さらには殲滅力を高めるためにメルテテが開発した付与術式だ。メルテテは魔法適性が高かったが、駆け出しのころはそれを知らず剣士として2年ほど活動していた。これは前衛としての戦闘経験と魔法適性を持つ彼だから成し得たことだった。
「地を這う雷光の蛇影!」
剣に纏われたプラズマはメルテテの一振りをきっかけに、複数の魔物に雷撃を打ち込む。それは蛇が獲物を確実に仕留めるように、緑小醜鬼たちに嚙みついて離さない。この剣戟には相手を拘束する効果を併せ持ち、さらには魔力の痕跡を噛みついた雷蛇を伝わせて追撃することが可能だ。
ただし、弱点もある。それは剣に纏わせているものを引き延ばしているだけなので、メルテテの動きも制限されるということだ。無詠唱でそれなりに魔法が使えるとはいえ、複数の付与魔術はその制御が難しい。術式を構築しながら剣を振ること自体凄いがそこからさらに魔法を放てるのはメルテテ以外にいるはずもないだろう。
「皆さん!今がチャンスです!」
「しゃおらぁ!クラウスの野郎だけにいい格好はさせねえよ!」
「呼ばれて何もしねえとか前衛の風上にもおけねえよな!」
要請を受けたギルドメンバや傭兵が次々と捕縛された魔物を討ち蹴散らしていく。彼の剣戟の一手で状況がどんどん優勢になっていく。クラウスやその他の単体攻撃力を持つ者はさらに軍勢の奥にいる魔術:緑醜鬼と戦者:緑醜鬼に立ち向かう。上位種とはいえ、勝てない相手ではない。こちらも負傷者はいるにしても、この波を押し返す勢いだ。
「血ぃ滾っちまうのは分かるが、あんまり前に出すぎんじゃねえ!フォローできねえだろうが!」
口の悪い支援術師がいたようで、後ろから怒号が放たれた。残りは数体の魔術:緑醜鬼と指揮官:醜悪緑鬼だけ、一度引いて体制を立て直そうとした矢先。先行していた傭兵の一人が後衛まで吹っ飛ばされていた。戦者:緑醜鬼は全て掃討した。純粋な力のみであの傭兵を吹き飛ばせる奴など対峙している魔物の中には存在しない。ならばそれは...。
振り返るとそこにはそれがいた。ごつごつとした岩肌のような巨大な身体、首を振らずともぐるりと辺りを見渡す血走る眼球、その大きな手のひらには無骨なこん棒が握られている。ただし、何かがおかしい。姿形は紛れもなく単眼巨鬼そのものだ。だが肌で感じる恐怖が、威圧感が桁外れであることはその場の全員が本能で理解してしまった。そしてその姿を知るものが一人、この中にいた。
「注意しなよ、クラウス・ウォーカー。あいつはただの単眼巨鬼じゃない」