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002.無人

遅かった、のだろう。家々は崩壊し、人の気配が一切感じられない。暫く棒立ちしていたが立ち止まっていてもしょうがないので村へ入り調査を始めることにした。


「ひでえなこりゃ...」


事態は最悪、村とは言えどアルデミラからは一番近く村で規模もそこそこ大きい。遠くの街から商人や旅人が休憩するための中継地点の役割も担っていたため、迂回路の開拓が必要になってくる。一度魔物が発生すればそこは安全地帯ではなくなる。今まで交易路になっていたこともあり、アルデミラの経済や物流は少なからず影響を受けるだろう。


それだけではない、人がいないのだ。再建するにしても時間がかかりすぎる。人がいない、だけならまだよかった。再建するにあたって人を派遣すればいいだけ、実際今から派遣要請をすればすぐにでも着手可能だろう。ただ、この異様な光景はそれだけでは片付けられない事だった。


「人がいないどころか、死体がないってのが不気味だね。村の人たちが全員逃げおうせた、なんてこともないだろうし。メルテテ君、この村の人口と割合はどのくらいだったかな?」


「あ、はい!村の総人口は345人、そのうち196名は永住者、87名は技術スタッフや宿を経営している者、のこり62名が派遣兵やこの村で活動をメインとする冒険者やギルドメンバです。」


この規模の村で戦えるものが人口全体の2割程度。これは他の町村よりも人数が多い。それもそのはず、人通りや入れ替えが頻繁にあるため周辺警護の強化は当たり前のことだ。今回の件がなければ、問題はない人数だった。規模と発生源さえ違えばこんな悲惨な状況にはならなかっただろう。


ウォーグナーは鞄から一つの道具を取り出す。これは魔物が流しだす微量の魔素の痕跡を計測する魔素計量器だ。彼の錬成術により計測量と計測範囲規模は大幅に改良されているもので、魔素の流れさえもある程度推測可能だ。


「どうだいウォーグナー。何かわかったかい?」


「ふむ、どうやらここに侵攻した群れが今回の大量発生(スタンピード)を引き起こした原因であることは確かだな。残留している魔素がえげつない量だ、単眼巨鬼(サイクロプス)が数体以上なのは間違いないだろう。死体が全くないことに説明は付かんがな。」


単眼巨鬼(サイクロプス)、魔法生物の等級はBランク。戦闘規模は4人組2パーティの小規模戦闘を想定するレベル。もし本当にこんなのが数体もいたら村の壊滅は逃れられないし、クラウスたちでさえ掃討は難しいだろう。


そもそもこんな大森林から離れた場所に出現するのもおかしな話だ。この辺は一角森兎(ホーンラビッツ)草原魔狼(グラスウルフ)などの等級Ⅾランク以下の魔物ばかり。村の狩人が自分たちの食い扶持を賄うために狩りの対象になる程度のはっきり言って弱い魔物なのだ。これに関しては頭を抱えるほかないだろう。


「はあ、もっと頭痛くなってきた...この件が片付いたら師匠を一週間貸し出してもらわないと割に合わないわよ、レーン?」


「はは、こっちは構わないよ。ちゃんと解決できれば、だけどね。」


アルルはふるふると小さな背中を震わせて何かを訴えるような目でレーンを見つめていたがその願いはかくも悲しき、叶うことはなかった。一週間の連れまわしデートと着せ替え人形が決定した瞬間だった。


ウォーグナーが周囲の魔素観測をしている間に人がいないかクラウスたちは探索することにした。血痕があちこちにあれど、不思議なことに人っ子一人見当たらない。魔物に喰われた可能性もあるが、荒らされた村の状況を見てきれいさっぱり人の気配がなくなるのはやはり、おかしなことだろう。


「ん?なんだこれ...!!」


クラウスが見つけたのは広場の噴水場を中心に円陣が描かれていた。何やら魔法陣のようにも捉えられる。だが重要なのはそこじゃない。魔法陣の外側を囲むように、死体が並べられていた。そしてその死体は例外なく女性の死体だった。


その瞬間だった。その魔方陣は青白く発光し、次第に赤黒く変色していく。魔術が使えないクラウスでも理解できるくらい、おぞましい量の魔素が周囲を包んでいく。そしてその魔素の行き先は死体に吸収され、死体であったはずの人間の体からサナギの殻を破るかのように魔物が出てきたのだ。


なぜこんな危険なものが村に張り巡らされているのか分からないが現状を打開しない限りはまともに調査を進めることもできないだろう。視認できる数は20ほど。等級はⅭランクの下位霊体(ゴースト)、物理攻撃が効きにくいため、クラウスとは相性が悪い。


「くっそ、まじかよ」


レーンから渡されていた救助要請のための光球砲(ポインター)を打ち上げる。自分だけで対処できない以上助けを呼ぶほかない。打ち上げた光球砲(ポインター)はポンと音を立てて、煌々と光を周囲に届けている。ただし、すぐに駆け付けられる距離でもない。攻撃も通らないとあれば出来ることは一つだけ、回避に専念し、ここから外に出さない事。


幸い、同じ村の中にいるので時間稼ぎは何とかなるだろう。ほかの5人も光球が放たれたことは視認できているため、各々最短距離でクラウスの元へ急ぎ向かった。この中でこの事態に対処できるのはレーンかメルテテだがレーンは非戦闘系のため、火力はメルテテを頼るしかない。


「頼むから引っかかってくれよ!威圧する遠吠(ハウンドスタンス)!」


クラウスを中心に狭範囲で魔物の地震へのヘイトを底上げする挑発系スキル威圧する遠吠(ハウンドスタンス)はあたかも攻撃を受けたような錯覚を与えるスキルだ。範囲は狭いが強力で、強制力は他の挑発系スキルの中でも頭一つ抜けている。


どうやら、効き目はあったようだ。周囲全ての下位霊体(ゴースト)はクラウスに攻撃を仕掛けてくる。彼の周囲を囲むように向かってくるため、動ける範囲は狭い、無傷では済まないだろう。ただし、回避特化の前衛には全方位からの集中砲火を生き残るポテンシャルはある。


「身体強化で何とか持ってくれよ!回避系スキルは温存したいしな!」


守護特化とはあくまで前方の魔物に対して優秀さを発揮するが、クロスエンカウントには対応しにくい。その点回避特化はヘイトを底上げして逃げ回りながら攻撃を行うヒットアンドアウェイな立ち回りがメインの戦い方だ。相手に物理攻撃が効けば、ずっと対処は楽だっただろう。


身を穿つ火焔槍(バーゼリオル・ラムス)!」


「メル!」


クラウスの後方から切っ先鋭い火焔の槍が下位霊体(ゴースト)の体を打ち抜く。それも一度に半数を仕留めてしまうほどだ。身を穿つ火焔槍(バーゼリオル・ラムス)は炎属性魔法、ただしその威力は使用者の技量によって大きく変わる。さらにメルテテは複製詠唱(マルチプル)を得意とし、一度の詠唱で複数の同一属性、同一系統の魔法を連続で放つことが可能だ。


メルテテの魔法は次々と下位霊体(ゴースト)の体を打ち抜いてゆく。視認していた数の半分は削れただろう、流石Aランク魔法剣士と言ったところだ。一緒に駆け付けたアリアはクラウスに継続回復効果のある回復魔法を付与する。


後追いでレーンたちが合流したので、あとは消化試合だ。クラウスが前線に立ち、二重で挑発系スキルを付与しているため下位霊体(ゴースト)達はクラウスに釘付け、その間メルテテとレーンの二人は次々と掃討していく。


「なるほど...どうやらこの魔方陣は我々のような生者が近づくと発動する特定条件魔法陣ですね。そしてその効果は死者の魂を縛り付け、悪霊と変化を促す怨霊の行進(ネクロパレード)という死霊術師(ネクロマンシア)の操作系スキルに類似するものだと思われます。」


「アルルの言うことが確かであれば、ここで分かることは2つ。一つ目はこの村の者すべてを生かすつもりなど毛頭ないということ、もう一つは我々がこの場所へ赴くと踏んでいたこと、ですな。なんともまあ手が込んでいることをするものだのぅ」


「明らかに裏で糸を引いているってことよね。ただの大量発生ではないということは分かっていたけど何者かが意図的に起こすなんて出来るのかしら...?」


魔法生物はあくまでそこに生まれる現象のようなものでしかない。生物と魔法生物では生まれの根源が違う。命を紡いで生まれる生物に対して、魔法生物は空気中の魔素を媒介として誕生、もしくは生物に魔素が取り込まれ魔物化することで生まれる所謂自然現象なのだ。


魔物に知性が有れど、このような高度な術式を操れるものはそれこそ等級Aランク以上であることは間違いない。それを意図的に引き起こしているというのであれば、それは魔物ではない何かということだ。死霊術を操り人間に明確な危害を加えようとする条件発動術式を組み込んだ魔法陣となると。


「魔族の介入、だろうね」


「レーン、その言葉に嘘はないんだろうな?冗談でも済まされねえぞ」


魔族とは魔物の上位の存在であり、自我と理性を備える魔物が進化を果たした姿だ。魔族は人の姿を模倣した者が多く、人に対する憎悪や憤怒が一定量を超えると進化を果たすため形が人に似るという。人になり、欺き、引き裂き、殺す。奴らの行動の全ては人を殺すため、そのために知恵と、理性を、そして技術を会得している。


過去にも大きな魔族との衝突があった。クラウスたちもその戦争に参加し、現段階において魔族は全て滅ぼされた、はずだった。


「冗談で言っているように見えるかい?このドス黒い歪んだ魔術の痕跡、高等死霊術をここまで扱う者は僕は知らない。明らかに人が扱える黒魔術の枠を超えている」


規格外の大量発生、裏で糸引く存在、そして魔族。この件がただの魔物の行進であればそう難しくないことだったろう。数が多いだけならまだしも、明らかに人に害をなす動きが見えている。早急な対処が必要であると考えたクラウスたちは調査を後続部隊に任せ、一度アルデミラに戻ることにした。













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