001. 3人組
「あーくっそ!終わらねえ!」
目の前に無造作に積まれた膨大な書類を前にクラウス・ウォーカーは頭を抱えている。本来なら前衛で敵を薙ぎ倒す彼が、今は書類整理と言う雑務に追われていた。ギルド本部は人手不足が常であるため、ギルドメンバがその業務にあてがわれることも多々ある。
高々と積まれた書類を一人でこなすのにも限度ってものがある。ペンを握る手はジリジリと痛みを感じ、一定の姿勢で作業をしていれば肩や腰はガッチガチに。数日間もこの作業が続いたせいで彼の限界は今まさに突破しようとしていた。
「これ、追加の書類ね。」
積まれていた書類の上にドカッと、さらに高さが増す。もうここまでくると謎の威圧感を覚える。積まれた書類の一番上に視線をやると、こちらを紫色の瞳がその高みから見下ろしていた。
「殺す気かよ...いや死なねえけどさ。少しは手伝ってくれるとか?な?」
「あんた...今アタシもケガして帰ってきた奴らの面倒見ててそんな暇ないくらい忙しいの見て分かんない?脳筋はこれだから」
飽きれたような声色で煽り文句を放つ彼女はアリア・ベネディ、回復術師でありながら支援魔法を得意とする後衛。彼女もまた、ギルド内の医療主任であるアルバート・メリドルの下で補助医としてギルドメンバの体調管理や治療を任されている。
彼女が持ってくる書類のほとんどは医療カルテや医療道具の請求書、ギルドメンバの管理表だ。クラウスはずっと苦い顔をした。先程から片付けても片付けても量が増えている摩訶不思議な現象を味わったからだ。
「クラウスくん、本当に申し訳ないんだけどこっちもお願いできますか?僕も自分の担当が終わり次第手伝うので...」
そういってアリアの後ろからひょこんと顔を出したのはメルテテ・グリットシャーズ。後衛からの攻撃を得意とする魔法剣士で時には前衛としても活躍する遊撃者。名前の響きも容姿も可愛らしい印象を与えるがれっきとした男である。
メルテテはギルドメンバの訓練や、講習の補佐として手伝いをしている。訓練においては魔法も剣技もある一定レベルで扱えるため技術講師として、講習に関しては魔法生物の生息地や特性、薬草や鉱石などの素材、各地の地理的情報などをまとめて講義資料を作成し副講師として任されている。
「終わり次第って、今日一日講習の補助監督業務があるのにか?無理しなくていいぜ。」
「そうよ、書類関係は脳みその足りないクラウスが適任よ。」
「ことあるごとに毒を吐くんじゃねえ、てか精査が必要な書類や提出義務のある書類ばかりなんだよ。だから全く頭使わねえってこともないから疲れてんの。」
メルテテが抱えてきた書類もまた、訓練で使用する道場予約や武具補充の申請書、講習の費用見積ばかり。クラウスだけではどう考えてもキャパオーバーな質量の塊、誰でもこの光景をみれば根を上げるのは当然だろう。
「ギルド本部長から前もって任につく前に聞いてはいたけどこれほど人がいないなんて...正直びっくりしました。」
「まあこれも正式な依頼だからな、ギルド本部からの特務が来たときは何事かと思ったけど」
特務とはギルド本部の上層から直接個人、又はパーティに依頼される本部特別業務依頼のこと。通常ギルドメンバが行う掲示板の張り出し依頼や指定依頼は通常業務依頼、常務と呼ばれるものだ。特務はギルドが重大だと判断した事象に対して対処適性のあるメンバやパーティに依頼をかける。
「でも危機的状況じゃないだけマシですよね。もし大量発生や地域異常が発生したらこれ以上の負担ですから。」
「むしろ、脳筋からしたら体動かすほうが楽だったんじゃない?ね、クラウス?」
ニタニタとこちらに目を向けて嘲笑う彼女には深く否定できないこともあり、「いい眼持ってんな、お前。」と皮肉を交えて返すのが精一杯だった。事実手が回らない状況に3人の疲労は体力よりも精神面で影響を受けている。
そんな時。ノックもなしに部屋に入ってきたのはギルドで事務長を努めているリリー・シューベル。リリーは深刻そうな顔をしている。どうやらよろしくない事が起きたようで、ギルド本部長が3人に今すぐ招集するよう要請が下ったのだ。
招集内容は不明、外部に漏らすことが出来ないことは確かである。本来、招集には本部から遣いが回される。だが今回はギルド事務長、つまり上層に権限のある人間が血相を変えて報告に来たとなれば想像は難しくない。
「まさか、な」
「いやいや、ありえないでしょ。ここ最近での近隣区域調査では何も問題ないって話だったじゃない」
「でも土地の魔素観測が不安定だったのも確かですので...もしかしたら、ですかね。」
大概の予想は付く。話題がタイムリーなこともあり、口走ったことを少し後悔しつつ本部の会議室まで足を運んだ。中に入ると既に本部長の姿があった。本部長だけでなく、ここにはBランク以上のパーティが招集されている。
「クラウス、アリア、メルテテ。君たちで最後だな。特務で忙しいだろうが、力を貸してほしい」
まずは現状把握からだ。このギルド本部のある中央市街アルデミラの周辺区域で現地調査を行っていたメンバが周辺魔素の異常観測を捉えた。その後、すぐに調査メンバの連絡が途絶えてしまっている。原因は分からないが後続隊を送ったところ、魔物の大量発生を確認。
消息不明だった調査メンバ全員発見されたが、その全員の容体は重傷。ただ命に別状はなく、医療主任のアルバートが今頃文句を垂れ流して対処していることだろう。ここまでくるにも本部内のせわしなさは感じていた。
「数は推定600。ここに向かって進行を進めている。この数は中央市街の約3分の1を壊滅へと追い込む脅威だ。魔法生物の等級は不明だがその群れに大型個体を確認している。すまないが死守だ、頼むぞ。」
「600って...そんな数聞いたことないですよ!何かの間違いじゃないですか!?」
「本来の大量発生は過去の事例を見ても多くて150前後、純粋に4倍ね。はぁ頭痛い」
600という数字、死守をという難題。この状況に全員は絶句した。ただでさえ異常事態が発生しているのに、そこに悪魔的な質量が上乗せされている。
「なるほど、それでBランク以上のパーティがこれだけ召集されているのか。それに、個人の等級ならAランクの奴もチラホラいるな。見知った顔もいる。」
ランクには個人とパーティそれぞれに存在する。実力もそうだが、技術や経験に基づいてそのランクは大きく変動する。例えば、個人での戦闘力が抜群でもパーティ経験がなければ最低ランクのEランクからスタートだ。
ただ、ギルドのシステム上パーティ前提の依頼が多く、個人で活動するのは数える程度しかない。それもほとんどがパーティ経験のある猛者たちだ。なんらかの理由でパーティを脱退・解散したものが大半だが、中にはずっと個人でしか活動していない変わり者もいる。
「よお、クラウス。やっぱりお前も呼ばれていたか。」
声をかけてきたのはクラウスと同じAランクパーティのリーダー、ランサー・ラングリッサー。クラウスと同じ前衛職で守護特化、前線の攻撃を一手に引き受けて味方を鼓舞する立ち回りを得意とする。彼の家系は騎士を多く輩出しており、その中で最も影響力のあるラングリッサー本家の長男だ。
クラウスは同じ前衛でも回避特化、止まらぬ乱撃を打ち込んで大立ち回りを得意とする。回避特化の特徴として防御力は低いが、状態異常耐性と攻撃力が高い。ちなみにクラウスは庶民の出だが、ランサーにも臆せず話しかける図太い神経をしているため、二人は良い友人関係にある。
「ランサー、ってことは他のやつらも一緒か。いつも通りのハーレムパーティだな」
「意地悪はよしてくれないか、そっちだって個性が大所帯のパーティじゃないか。」
「はは、それもそうだな。それに...」
彼だけじゃない、ほかにも実力を備えた者たちがこの本部に集まっている。ここにいるメンバのほとんどがギルドの主戦力を代表している。それだけの異常事態、それだけの、災害レベル。親交を深めるのもほどほどに、空気に張り付いた緊張感も肌を通して感じる。
あまり悠長に話などしていられる状況じゃない。話が終わり次第、すぐに編成を行う。今回の参加者は36人、パーティを再編成し一組6人、計6パーティで挑むこととなった。先行部隊として3人は同様に3人組とパーティを組むことになった。
パーティの情報共有は生存率を上げるうえで大切なことだが、今は時間がないため現場に向かいながら情報共有を進める。とはいってもこちらも顔見知りの古株だった。
「君たちと組めるなんで運がいいね、僕たちも安心して任せられる」
彼は魔術師のレーン・ウェイブル。魔巧技師の資格を持つ魔術師で、ほかのメンバも調合薬師や錬成師といった技術面のエキスパートがそろうギルド内でも珍しい非戦闘パーティだ。彼らの同行目的は戦闘の補助だけでなく異常事態への原因究明・対処を行う。
言わずもがな、古株の理由はそこにある。彼らはこの3人組と連携契約を結んでいる。クラウスが使う武器はレーンが一から制作し、メンテナンスも行っている。アリアは薬学の知識を、メルテテに至っては錬成師から定期的に情報提供を受けている。
「良かったわね、クラウス。これである程度暴れても問題ないことが保証されたわ」
「おい、俺は猛獣かなにかか?流石にそこまで脳みそが空っぽなわけじゃねえぞ。でもま、書類整理よりはよっぽど俺向きだな」
「私たちも出来る限りの援護をします。だから、その、アリアさん。ちょっと抱き着くの辞めてもらえますか...?」
絶賛アリアに抱き着かれているのは支援術師のアルル・レイ。彼女はアリアの師匠的存在であるが同時に愛玩対象とされている。アルルは回復術は使えないものの、調合を得意としており回復面は道具で補っている。
「えー、いいじゃない。最近会えなくて寂しかったのよ、移動時間くらいは愛でさせて。」
「一応あなたの師匠にあたるのですが...!」
「全く、聞く耳を持たんなこの娘は。こんな形での再会だがよろしく頼むぞ、メル。」
この初老は後衛での物理攻撃を得意とするウォーグナー・サリバリン。メイン武器として担いでいる魔弾銃は彼自身が構築した錬成武器だ。彼は錬成師の界隈で黄金の錬成術師と呼ばれている。
「後衛で一緒に戦えるのはとても心強いです!こちらこそよろしくお願いします!」
「これだけ賑やかならどんな局面でも問題ないだろう。そう思わないかい、クラウスよ。」
「ああ、このメンツなら何とかなりそうだ」
そろそろ目的の場所へ到着する。先行部隊として派遣された以上、最大の目的は出来るだけ魔物を”殺す”こと。そして”生きて”帰ることである。
そして眼前に現れたのは、無残にも荒らされ、破壊しつくされた村だった。