1-5話 悲報 指輪無くしました。最低です。
「あの、じゃあ少し飲んでいっていいですか?」
そう申し出るとウエイターはカウンターに入って来て「何にする?」と聞いてきた。
「敬語」と店長に注意され「何にしますか」とウエイターが言い直したので少し笑ってしまった。「おすすめで」と彼に全て任せる事にした。
「ねぇ〜〜〜、どう思う〜〜〜?」
どれくらい飲んだだろう。
ウエイターが作る酒は店長の話していた通りどれも飲みやすくてついでと出てきたおつまみも美味しくて完全に出来上がった面倒な客が誕生してしまった。
「おい、おまえそれくらいにさせろよ」
店長はウエイターに水を渡すようにしてるのを止めさせる。
「大丈夫ですよぅ〜〜。・・・ ヒック・・・ 、わたしつよいんで〜」
とその手には乗るまいとまたウエイターに酒を注文するが「悪い。材料足りなくなったから今日はここまでだ」と奴がやれやれとため息をつきながら片付けを始めるので、どうせコイツも店長とグルなんだと思うと勝手にまたイライラしてきた。
自分が酒を飲んで定員に迷惑をかけているのは分かってる。
でも客は自分しかいないし、入ってくる気配もない。
だったら少しくらい話を聞いてもらっても
いいではないか。
つばきはいじけてしまった。
いじけていると店長は「まあ、マリッジブルーってやつじゃない?」と声をかけてくれる。
そうなのだろうか?
憎いって思うのは異常ではないだろうか。
ブルーな気分が不安なら今の頭を占めるものを色に例えるなら黒か血みたいな茶褐色な液体が広がっては蠢く。
そんな感じだ。
「まあ、してみて嫌んなったら別れれば」
とウエイターが溜息混じりに投げやりに
答える。
(それは私が飲んでるからって適当すぎじゃない?)
つばきがイラッとした顔をすると店長がまたウエイターを叱るが彼は引かない。
「まあ、別れたところで次は無いかもだけどな」と言い切られてギクッとする。
そうだ。そんな事もありうるのだ。
何か言い返したいけど反論もしがたい。
「まあ、相手が可哀想だな」
またウエイターが言うと店長がさっきより強めに彼を叱る。
「もう、本当ごめんねー!」と店長がウエイターの頭を手で押さえつけながら、ぺこぺこ頭を下げるものだから、何をどうしたいのか分からなくなって一人なりたくなった。
「ちょっとトイレ」と言うとウエイターはあっちとトイレの方向を指差しそれに従って目指し個室に入る。
顔と目が赤くなって我ながらヤバい。
どうしてこんな事彼らに打ち明けたんだろう。
確かに悪酔いしたのは申し訳ない。
こういった事は同性に相談するべきだっただろうか。
いや、無理だ。
彼らだったら何かこの胸に刺さって抜けない棘を取り去ってくれる予感がしたのに。
他力本願で自分が情けなくなる。
鏡に向かうと涙が出そうになったからか、はたまた酔ったからか赤くなった顔に化粧がところどころ剥げていて、冬用のお気に入りの縦型籠バッグから化粧道具を取り出そうとするとあれっ?と異変に気づいた。
(指輪がない!!!)
正確には指輪を入れたケースごとだけど!
(ヤバい、ヤバい!!)
勢いよく席に戻ってきたつばきを店長とウエイターが驚いた顔で戻ってきて何事かと見ていた。
つばきが床の籠に入れて置いた紙袋を漁ると店長が「大丈夫ー?」探しものー?と聞いて来た。
「はい。ちょっと」
見つかるはず、見つかるはず!と何度も中を確認するが見当たらない。
ヤバい。本当に無い。
「本当に大丈夫?バッグに入ってんじゃない?」と探し物と気づいた店長に言われそうかな?と不安げにまたバッグをきちんと確認するも指輪は見つからない。
「指輪無くした•••。」
「え、どんなやつ?」俺らも探すよと店長が申し出たので「婚約指輪です」と告げると「え?」と店長の顔が青くなっていた。
「ショップ袋の中もう一回見てみて!」
一大事とばかり店長はさっきも見たショップ袋を指差す。
「え?はい••」でもそこはさっきも見たから無意味じゃと思いながら袋の中身を出し買った衣類やアクセを出していくがやっぱり箱は出てこない。
ちゃんと付けておくんだった。いや、でもー。
「もう一回こっちのバッグ探して!」
今度は店長が私のポーチを指差したので従う。
「何度も見たんですけど••」こちらも中身を出し底まで確認する。ない。
嘘だ•••。
まさかここに来る前にデパートに置き忘れた?
一回電話してみようか。
店長は心配そうに「他に思いあたるところない?ここまで歩いて来たんだよね?」と私の動向について聞いて来てくれる。
しかし「もう一人」はというと、店長とは真逆で腕を組んでこちらの様子を見ているだけでそんな姿を見て焦りがイライラに変わってくる。