1-1話 疑心暗鬼なお客様〜こちら思い出の「ミートボール」です〜
冬の一日は短い。
それが貴重な休みだと、余計にそう感じてしまう。
つばきがデパートの窓を見ると、いつの間にか日は落ちていた。
給料が入ったのをいい事に、一日中服やらコスメやらを買い込んでコーヒーを飲んでいた。
土日、この時間に窓際のカウンター席が空いていてついていた。
スマホを取り出そうとバッグに手を入れるとコツっと布の感触が手に当たった。
あえて入れておいたリングケースが当たったのだ。
ケースが入ってる事を確認するとつばきはそそくさとスマホの記事を読んで気を紛らわす。
「待たせてごめん」
周吾はそう言って、このケースを目の前で開けて
「俺とずっと一緒にいてください」とプロポーズした。
最高にロマンチックで、素直に嬉しいと思ったが次につばきに湧いた感情は恐怖だった。
「びっくりした。綺麗!」と精一杯笑顔を作ると彼は指輪をはめてくれた。
「よかった、よかった・・・ 」とプロポーズが成功したからか周吾は安堵した表情を浮かべた。
そんな彼を見て思った事は「羨ましい」だった。
そんなに安心しきっちゃって羨ましい。
(私は不安でいっぱいいっぱいなのに)
そんな表情を察したのか彼は自分に「大丈夫?」と問いかける。
「ごめん。ちょっと気分悪くなっちゃった」
そう謝り、彼と別れた。
帰りの電車の窓に指輪をつけた自分がガラスに映り込んでドキドキした。
それからニ週間、一回もこの手に指輪を付けていない。
大切な指輪だ。
彼の事は大好きだ。
だが結婚は好きだけで成り立つものなのだろうか?
結婚で変わる事が増えるのは断然女性側だ。
苗字から始まり、生活も変わる。
そりゃあ男性にも別の苦労があるのだろうが。
世の中の夫婦は、果たしていくらが思い描いている結婚生活を送れてるのだろうか?
今年で三十一。
同僚や友人達はみな、結婚したり産休中の子もいて焦りはあったものの、プロポーズされ他人事が当事者事になった途端怖くなってしまった。
素直にプロポーズを受け入れていたら、今頃は手入れをしているネイルを施した人差し指に、指輪をしっかりと付けているだろう。
職場でつばきは既婚の社員やお客様の旦那の愚痴を耳にする。
「上野さんは、結婚とかされてるんですか?」
とお客様に聞かれて、まだと答えると
「意外です〜」と言われてしまい複雑な気持ちになった事はある。
どうやら、ネイリストよりもファッションやメイクが落ち着いているらしい。
確かに。
つばきの服装は室内の仕事では、他のスタッフよりもカッチリめな格好をしている。
女性らしく、少しカッチリしたファッションは好きだし、お客様にも褒めてもらったりするとそれもまんざらでもなかった。
しかし、そう言われるとなんとも言えない気分になる。
友達に愚痴ると「二十代の子と比べられたなら仕方なくない?つばきだって実際好きな服の系統がそれなんでしょ?」
似合ってるからいいじゃんと返された。
最も、今日みたいに外に買い物にいく時はもっとコートや小物はカジュアルなのだが。
踏み込んだ話が出来るのは、ネイリストだからだろうか。
はたまた女性が多いからか、家庭の愚痴を聞く事が少なくない。
やれ「結婚した途端、相手に女がいた。」
までは聞かないが「子供が出来たら家事育児全部私なんだ」といった知り合いの愚痴を聞いてると、とてもじゃないが周吾にはそうはあってほしくない。
ましてや義家族問題や子どもの話に取り合ってもらえないなど、そういう話を耳にする度にそういう失敗はしたくないと思いっていた。
周吾は一人暮らしで家族とも別居希望。
家事はどうだったかな?
付き合いはじめてしばらくしてお互いの家でデートした時は彼も一緒にしてくれてはいた。
だから彼が敵になるはずがない。
そう。ひどい。卑しいけど「そんな素敵な彼」に愛されたいという自分がどこかにいた。
(そうだ。私は彼が好きだ。もう三十一だ)
そう言い聞かせつばきはコーヒーを飲みほした。
周吾との出会いは、いわゆる職場の垣根を越えた飲み会だった。
つばき達の職場はモールに入っている。
確かその日は、遅くまで残っていた友人が誰かれ誘い始め、急遽飲みに行こうとなった。
誘ってくれた友人が行き場所に悩んでいると、おすすめを教えてくれたのが、一階の旅行代理店に勤めていた後の彼、春日 周吾だ。
その流れで強引に友達が「じゃあ春日さんも一緒に行きましょう」と引っ張って連れてきた。
てっきり、飲みは友人と二人で行くつもりだったから気が乗らないが、その時頃の春日さん(当時はそう呼んでいた)は色々気を遣ってくれた。
彼とこんなに話したのは、この時が初めてだった。
以外にも話しやすく、しかし物腰柔らかでスマートに見えたがこの人にも悩みはあるらしい。
仕事の愚痴も言い合い、ネイルについても「どうやってこれ描いてるの?俺絵下手なんだけど」と言う彼に、友達が持っていたネイルを彼に強引に塗ってこう描くのと揶揄われ、大丈夫だろうかと彼を見ていると、最初は驚いていた彼も友達がネイルを仕上げていく内に、動揺が感心に変わった表情をしていた。
さすがに帰り際、除光液でつばきが落とす羽目になったのだが。
いつもの知り合いと行くご飯もいいが、たまには知らない人と一緒にご飯を食べるのもありだなと思えた日だった。
それからまた三人で集まったり、もっと大勢での飲み会を繰り返して、たまに二人でも飲みに行くようになり、冷やかされながら悪くないかもと思っていたら彼から告白をされた。
付き合って三年。
今は1十一月。もうすぐクリスマスだ。
その日を機に返事をすれば、彼は喜んでくれるに違いない。
毎年店が一番混み合う繁忙期だが。
このイベントが楽しくてついこの間までは足が弾んだのに、今日は違う。
何かが待ったをかけるような気分だ。
場所を変えなければ。
つばきは一旦、早足でデパートを後にした。