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第6話 かえせないハンカチ

――あの日


彼女が保健室を去った後すぐ、先生は保健室に戻ってきた。

案の定、体温は38度近くあり、僕は早退する事に。



後で来ると言った彼女にハンカチを返すことは叶わなず、僕は自宅のベッドで寝て早2日が経過していた。



熱はすっかり落ち着き、明日からは登校するつもりでいる。


彼女から借りたハンカチはちゃんと洗濯し、アイロンがけして保管してある。

しかし、病み上がり開口一番なんと言いながら返せばいいのだろうか。



「ほらよ」



とか普通に言える人間ならどれだけ楽だったことだろうか。


しかし、友達にただ返すだけ。

こんなこと榎田に言えば童貞をこじらせていると馬鹿にさせるに違いない。


それほどに僕の人見知りは重症なのだ。


しかも僕はあの時、彼女に触れられた…。

それが余計話しかけにくい空気を作る…。



「はぁ……」



家で一人大きなため息をつく。



――ピンポーン



インターホンが家中に鳴り響く。

僕の親は仕事で夜までいない。



僕は病人だし、無理に出る必要もないだろう。



――ピンポーン



再びインターホンが鳴り響く。



無視無視。

布団が僕のことを放してくれないから…ごめん。



――ブブブブッ



今度は僕のスマホがベッドの中で震えている。

ラインだ。



『家にいるんだろ?

 体調大丈夫か?』



僕を童貞をからかってくる予定の榎田からだ。

どうやらインターホンを押していたのは榎田だった。





「春江~元気だったか?」



玄関の扉を開けると、そこには爽やかスマイルを浮かべる榎田の姿があった。



「あぁ…明日からは登校できるよ」



「それはよかった

 一応先生に頼まれたプリント持ってきたぞ」



榎田が鞄からプリントを取り出すと、僕に渡してくれた。


そうだ。

今、このタイミングで榎田にハンカチを渡して、名雪さんに返してもらおう。



「あのさ榎田 

 頼みがあるんだけど」



「珍しいな、春江からの頼みなんて

 どうした?」



僕は榎田に少し待っててと言い、自室に保管してあった彼女のハンカチを玄関まで持ってきた。



「はぁはぁ…これ、渡してほしい…」



自宅の階段を駆け上がっただけでこの息切れ。

僕は本当に男子高校生なのかと自問自答する。



「これ、誰の?」



あぁ…榎田に渡しただけのに僕は緊張して、誰のハンカチかを言う事すら忘れていた。




「これは…なゆ…」



「私のだよ」



――え?



僕の声と被せ気味で、女性の声が玄関先の榎田の後ろから聞こえてきた。


その声の主は名雪さんであるという事を認識するのに少し時間がかかった。


何故ここに名雪さんが。

そもそもどうして僕の家を知っているのか。



「な、名雪さん…」



「あれれ、名雪さんのハンカチを春江が?」



榎田は確実ににやついている。

バツが悪くて前を向けない僕だけど、それだけは確実に言える。

後で根ほり葉ほり聞かれるに違いない。



「私、春江君の事が心配で

 中学の時、たまたま下校が一緒だった時の記憶を頼りに来てみたら

 榎田君がいたから」



中学の時、下校が一緒だった…?

僕には一切記憶にない話である。

いつ一緒だったのか。

あの頃から僕は人に興味を抱いていなかったのだろうか。



「あぁ~なるほどねぇ

 まぁ本人が来たなら俺はいらないかな

 バイトあるからまたね」


榎田は僕らに背を向け、手をひらひらと振りながら僕の家を後にした。

あれ?そもそも榎田ってバイトしていたか?




何かを察したな…。


榎田に手を振り返した名雪さんは僕の方へ振り返る。

申し訳ない気持ちと情けない気持ちが溢れ、僕は彼女の顔を見ることができない。



「なんで、榎田君に返してもらおうと思ったの?

 別に気にしないのに」



名雪さんはそう言いながら榎田に渡そうとしていたハンカチを彼女は手に取った。


こんな遠回しな事をしようとした僕に対し、彼女はなんと思っているのか。



失礼なことをされたと憤っているのか。

それとも私とは話したくないのかと思わせ、悲しませてしまったか。


いずれにせよ彼女にマイナスなイメージを与えてしまったに違いない。



僕は言葉に詰まる。



「ご、ごめん」



やっと絞り出せた「ごめん」。

なんでこんなに罪悪感で一杯なんだろう。


僕の臆病さに?このタイミングの悪さに?


ただハンカチを返すだけだぞ。



「なんで謝るの?」



僕はやっと彼女の方を見ることができた。

夕日に照らされている彼女は、前回同様どこか寂し気な顔をしていた。



「ぼ、僕…えと…ありがとう…」



相も変わらず言葉に詰まる。

彼女の問いへの答えを見つけることができずに、感謝の言葉だけを述べる。


本当に情けない。


僕は彼女へハンカチを手渡す。


それを彼女は黙って受け取る。


怖くて顔を見ることがまたできない。



「洗ってアイロンまでしてくれたんだ

 春江君、ありがとう」



彼女を再び見るといつもの眩しい笑顔が戻っていた。

その笑顔は黄昏の哀愁さすら忘れさせるほど眩しい。

しかし、その中にある陰りに僕は気付くことができなかった。

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