第2話 勉強会①
2年3組での生活が始まって早くも一か月が経とうとしていた。
世間では明日から大型連休が始まる。
僕らのクラスでは中間試験の勉強も含め、大量の宿題が出されていた。
榎田には叶わないものの、僕も勉強は苦手ではない。
勉強は学年の中でも、僕の数少ない取柄でありたい。
そしてあれ以降、名雪さんからは挨拶される程度ではあるが声はやはりかけられる。
僕の身勝手で涙を浮かべさせてしまった以上、あの日以来極端に冷たくすることができくなっていた。
僕としては苦手なだけで、嫌いではない。
波風さえ立たなければそれでいい。
だから僕は現状維持に徹している。
――放課後
僕は出された宿題を図書室で片付けていた。
放課後の校庭からはサッカー部の掛け声が響いている。
そんな他人の煩わしい青春に蓋をするようにイヤホンを装着し、僕の好きな音楽を聞きながらテキストを広げ宿題を解いていく。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
出された宿題の範囲ももう少しで終盤に差し掛かっている。
宿題を始めたころは外の景色は明るかったのに、気が付けば夕日のオレンジ一色に染まっていた。
「…てる?」
誰かの声がイヤホンの隙間から僅かに聞こえた。
誰だろうと前を向くとそこには対面の席に座ってこちらを見ている名雪さんがいた。
夕日に照らされた彼女の瞳は美しく、僕は彼女の優しく眺めるその顔に吸い込まれそうになっていた。
「聞いてる?」
彼女の言葉にはっとし、僕はイヤホンを外した。
「ごめん、音楽聞いてて聞こえなかったです」
「すごい集中力だね!
それゴールデンウィークの課題でしょ?
もう終わったの?」
彼女は僕の広げたテキスト見ながら僕に話しかけてくる。
そもそもなんでここにいるのか。
皆の図書室だから問題があるわけではないが、少なくとも彼女は図書室で真面目に勉強するタイプではない…思っている。
偏見だが。
「まぁ…ゴールデンウィークは試験勉強とか自分の時間に使いたいなと思いまして」
「春江君勉強できそうだもんね…ふーん」
彼女は意味深な笑みを浮かべて僕を見つめている。
何を考えている。
「ねぇねぇ、次の土曜日空いてない?」
――予定?
それって僕の予定を聞いているのか?
僕の思考は一瞬止まっていた。
僕は無意識に「まぁ」とだけ彼女へ返答していた。
「じゃあさ、勉強教えてえよ!
友達も連れてくるからさ
榎田君とか誘ってみんなでしない?」
彼女の圧に圧されている。
友達?榎田も?
多人数で集まるなんて小学生以来まともにやったことない…。
「春江君はなんの教科が得意なの?」
畳みかけるように彼女は僕に問いかけてくる。
文系科目ならとだけ答え、解いているテキストに目線を戻す。
「待ち合わせ場所と時間なんだけどさ…」
変わらず彼女は話続けている。
どうしてこんなに元気なのか。
僕とは正反対すぎる。
「ねぇ…聞いてる?」
――不意打ちだった。
手に触れる柔らかい感触。
僕の筆を動かす手は彼女によって止められていた。
「え、え、ちょっ」
僕は戸惑いを隠せず声にならない声をあげていた。
我ながら情けない。
テキストから再び彼女の顔へ目線を移す。
「人の話を聞くときはちゃんとこっち…みて」
少し寂し気な顔で僕のことを見ており、気が付くと彼女の手は僕から離れていた。
「あぁ…ごめんなさい」
僕は考えるより先に口から謝罪が出ていた。
そのご、彼女と土曜日の予定を決め、彼女は満足そうな顔をしながら図書室を後にした。
「ふぅ…」
やっと去った。そもそもなんで僕なんだ。
榎田の名前が出てくるってことは、榎田と仲良くなりたいからか?
それとも名雪さんの友達が榎田と接点を持ちたい?
榎田は容姿端麗で、勉強もできるからどのパターンでも有りうる。
恐ろしきやつだ。
僕はそんな自問自答を繰り返しているうちに下校時間となってしまった。
「宿題終わらせるつもりだったのに…」
一人ぼそっと呟きながらと僕は帰路へとついた。