第1話 日陰の春
――星稜高校
桜咲く木の下で、二年生の生徒たちはクラス分けの表示板を見ながらざわついている。
誰が誰と一緒とかあまり興味わかない。
僕はその学生の群れから一定の距離を置き、目立つぬように背伸びをしながらこっそり確認をする。
2年3組か。
日陰ものである僕にとって、数少ない友人である榎田がいるのが唯一の救いである。
今年も一年何事もなく終わることを願うばかりである。
「春江~。今年は一緒のクラスだな」
クラス分け表示板を見ていた僕に声をかけてきたのは、僕の数少ないゲーム繋がりの友人である榎田。
陰キャの僕とは裏腹に学年でも五本の指にはいるイケメンである。
悔しいが彼はモテる。
勉強でき、スポーツも人並み以上にでき、ゲームやアニメへの造詣も深い完璧超人である。
「僕の数少ない友達が一緒なのは助かるわ」
「春江だって思い切ってクラスの輪みたいのに入ってみれば?
学年が変わったのを機にさ」
青春とか僕には縁のない話だ。
別にいじめられているとか仲間外れにされているというわけではない。
ただ群れをなし、意味のないくだらない話で盛り上がれる連中とは到底なかよくできる気がしないのだ。
「春江だってちゃんと髪型をセットすればモテるだろうに~」
榎田はまだ僕に対してアドバイスを続けていた。
数少ない友人の意見はとても有難いが、友人はおろか彼女なんて無理な話である。
「あ、職員室に提出しなきゃいけないプリントあったんだった
また教室でな春江」
榎田は手をひらひらと振りながら職員室のある棟へ姿をけした。
まぁ、僕も榎田と一緒のクラスとわかればそれ以上の情報は必要ないし、僕も教室に向かうか。
僕はクラス分けを背にし、教室棟へと歩みを進める。
「春江君、一緒のクラスだね!」
え?誰だ。
僕は声の方向を振り向くと、くりっと目に長い黒髪をなびかせる女子生徒が立っていた。
名雪さんだ。
彼女は中学から一緒で昔から知り合いであった。
高校に入ってからもしばしば話しかけられたりもしたが、同じクラスではない上に彼女は学年で一位二位を争う美少女。
僕なんかと話していると彼女の悪い評判も立つだろうし、僕も彼女を狙っている人たちから何を言われるかわからない。
僕は彼女の明るく天真爛漫な性格が少し苦手である。
陰キャの僕をからっかているのだろう。
「あぁ。そうですね」
僕はいつも通りそっけなく返した。
冷たい態度をとれば彼女はいつしか僕にちょっかいをかけてこなくなるだろう。
「私、春江君と一緒のクラスになれてうれしかったの!」
僕の冷たい態度に物怖じせずに話続けてくる彼女。
一体どんな環境で育てば、こんな鋼のメンタルを手に入れることができるのだろうか。
「そうですか。よろしくです」
僕は再びそっけない態度をとり彼女に背を向けた。
先程の理由に加え、僕は女性と話すことが苦手だ。
彼女だって人生で一度もできたことないし、きっとこの先もできることはないだろう。
僕は少ない友人と楽しく学生生活を送ることができればそれでいいのだ。
こんな美人に話しかけられることもこの先もうないだろう。
日陰のもの僕は影からそっと、他の青春を眺めているだけで十分なのだ。
「まって」
――ふいに腕を捕まれた。
僕の脳では何が起こったのか処理できない。
困惑した脳を回転させ、振り返ると彼女は涙ぐみながらこちらをじっと見つめていた。
「私…春江君になにかした?」
――答えられなかった。
彼女は何も悪くない。
僕のエゴで。僕の身勝手な理由で人を避けているから。
僕は無言のまま首を横に振った。
「名雪…さんは…悪くない…」
絞り出すようにそう呟くと僕は彼女を手を振り払った。
「そっか。なら少しずつでいいからさ
私と仲良くなって」
彼女はワイシャツで涙を拭うと、とても眩しい笑顔で僕に語り掛けてきた。
――こんなに冷たくしているのになんで。
「はぁ、嫌われているのかと思った~
じゃあまた教室でね」
彼女は手を振り、僕ににかっと笑いかけ教室棟へと走っていった。
眩しい。
陰りに住む僕にとってはあまりにも眩しすぎる笑顔であった。