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異変

「どうしたの!?」


慌ててアリシアに駆け寄り、ハンカチでぬれた体をふき取る。


「あ……レヴィアナさん……」

「何があったの?」

「あの、私……なんでもないんです。ちょっと飲み物をこぼしてしまって」


アリシアが指さした先を見ると、砕け散ったグラスとこぼれた飲み物で床が水浸しになっていた。


「でも、これ……ちょっとどころの量じゃないわよ?」

「ほ、本当ですから!私大丈夫ですから」


アリシアが焦ったように何度も首を振る。


「ナタリー、何があったの?」

「あー……あの……その……」

「私は本当のことが知りたいの」


自分でグラスを落としたくらいでこんなにびしょぬれになんてなるわけない。

アリシアの濡れたドレスを見つめながら、ナタリーにもう一度尋ねる。

ナタリーは私とアリシアを交互に見ながら、困ったように視線をさまよわせ、ゆっくりと口を開いた。


「私も信じられないんですけど、アリシアさんに飲み物をかけたの、ノーランさんなんです」

「へ?ノーラン?」


ナタリーの言葉に思わず固まってしまう。一番想定していなかった可能性だった。


「ダンスが始まって、アリシアさんがマリウスさんとダンスをして、終わるタイミングを見計らってたみたいで、それで歩いて近づいて行って、そのままコップの飲み物を……」


(ノーランが……?なんで?なんでアリシアを?)


絶対におかしい。ダンスを断られてカッっとなって?いやそんなのノーランらしくないし……


「あれ……そのノーランは?」


直接本人に理由を確認しようと辺りを見回すと、どこにもノーランの姿はなかった。


「ノーランさん……そのままボール・ルームを飛び出して行ってしまって、そのノーランさんを追ってマリウスさんが追いかけて行ったんです」


確かにボール・ルームの人だかりの中にマリウスとセシルの姿も見えなかった。


「それをイグニスさんが追いかけて、いつの間にかガレンさんもセシルさんも居ませんし、私どうしたら……」


ボール・ルームでのダンスパーティはヒロインアリシアが誰を選ぶかの本当に大切なイベントだ。

その重要場面にヒロインの攻略対象である4人が誰もおらず、アリシアはこんな状況、周りを見てもこの状況で舞踏会は完全に中断してしまっている。


「私……みんなを呼び戻してくる……」


今から立て直せるのかもわからないけど、ここでじっとしているよりは何か行動を起こしたほうがいいはずだ。


「私も行きます!」

「ナタリーは生徒会メンバーとしてこの場を整理してちょうだい。それにアリシアはドレスを着替えてきて。風邪をひいてしまうわ」


2人に背中を向け、ボール・ルームを後にする。


「みんな連れて帰ってきたら、またみんなで楽しく踊りましょう?」


***


(――――俺はなぜこんなに怒っている?)


マリウスはボール・ルームを飛び出して、ノーランが走り去っていったであろう方向に向かって駆けていた。


ノーランが飲み物をアリシアにかけた瞬間は見ていた。もしかしたら蹴躓いたのかもしれない。

しかし、『どんな理由であろうと』アリシアに危害を加えた、それだけで『危害を加えたものは排除しないといけない』。


(――――でも、ノーランがアリシアに危害など加えるだろうか?)


いい意味でも、時に調子に乗った時悪い意味でも、ノーランは生徒会メンバーのムードメーカーだ。

それに努力家でもある。あのイグニスの訓練に絶対的な魔力量で劣るノーランがあれだけついていけたのは、それだけで賞賛に値すると言って過言ではない。

マリウス自身も、ノーランのことは友人として好きだった。


それでも、そんな事よりも、アリシアに危害を加えたノーランが許せなかった。


だから追いかけた。


(追いかけて、何を言うのか、俺はいったいノーランに何をするのだろう?)


自分の感情が整理できないまま、マリウスはただノーランの向かって言った方向へと、枝がほほをかすめ、切り傷ができるのも気にせずに走って行った。


***


(どういうことだ……?)


イグニスは混乱していた。

このところ一番ノーランと一緒に訓練していたのはイグニスだ。

訓練中、ずっと凝視していることもあり、ノーランの身のこなしもある程度把握している。

しかし先ほどアリシアに近づいて行った時のノーランの動きは、今まで見せた動きとは全く違う人物の動きだった。


(またあのテンペトゥス・ノクテムみたいなのがいるってのか?)


それにマリウスの様子もおかしかった。あいつはあんなに声を荒げるような男ではないし、先ほどのマリウスの表情は今にもノーランを殴りかかりそうな、いやそれ以上の勢いだった。


(いや、マリウスが意外と本当にアリシアのことを好きでただ怒ってるだけって線もあるか?)


追いかけたはいいが、正直2人に追いついてどうしようといったことは考えていなかった。ただ、何となく「嫌な予感がする」という胸騒ぎに押されるように、2人の後を追いかけた。

そしてイグニスの「嫌な予感」はよく当たる。


「……おい、やりすぎじゃねーのか?」


モンスターの森のだいぶ奥でようやく2人に追いついた。しかし、ノーランはもうすでに両の足で立ってはいない。ボロボロになって地面に倒れ伏していた。


「っと……おい!いきなり何すんだ!」


マリウスがイグニスにアクアショットを放つ。イグニスはとっさにヒートスパイクを放ち相殺するとマリウスに怒鳴りつけた。


「何って……アリシアを傷つけようとしたんだ。当然の報いだろ?」


マリウスはそう言うと再びノーランに向けてアクアショットを放った。


「やめろ!」


イグニスが叫ぶがマリウスは止まらない。そのまま2発、3発と打ち込もうとする。イグニスはノーランとマリウスの間に入り、同じように魔法で相殺する。

ノーランに視線を移すとかろうじて呼吸はしているようだったが、せき込む音が何かおかしい。


「……お前も邪魔をするなら、俺の敵だ」

「やってみろ。何があったか知らねーけど、とりあえずノーランの手当が先だろ?」


マリウスはイグニスの言葉に答えることなく再びアクアショットを放とうとする。


(これじゃ埒が明かねーな……)


2人の間に入り込み、ヒートスパイクを放ちながら2人を牽制する。


「まぁ、俺様も本気のお前と勝負したいと思っていたんだ」


いずれにせよ、2人をこのままにしておくわけにはいかない。

イグニスはヒートスパイクを放ちながら言葉を続けた。


「どっちが強いか決めようぜ」


***


(マリウスとイグニス、どっちに行ったんだろう?)


セシルはモンスターの森の中を一人シルフィードダンスで駆けていた。

ノーランを追いかけていったマリウス。

そしてそれを追いかけていったイグニス。

ノーランもアリシアに謝らないでボール・ルームを出ていくなんて、一体何があったんだろう?


決して真面目とは言えないけど、あのノーランが理由もなく人に危害を加えるとは思えない。でも何か理由があるなら、追いかけてちゃんと話したほうがいい。

それに今日はせっかくの舞踏会だし、みんな楽しく笑っていて欲しい。


(とにかく早く見つけないと)


『ズガン……!』


右手から魔法が炸裂した音が聞こえてくる。


「きっとあれだね?」


モンスター同士の衝突であんなに大きな音はでない。それに片方は間違いなく水魔法だった。その音のした方向に向かってスピードを上げ、森の中を駆け抜ける。

『ズガンッ!』という音の後もう一度魔法が炸裂する音が聞こえた。そしてその直後木々の間からマリウスの姿が見えた。

誰かもう一人と激しい攻防を繰り広げているが、どちらが優勢かはわからない状況だった。


(今はそんなことどうでもいいか)


マリウスが戦っているってことは、アレは敵だ。敵は排除しないと!


「僕も混ぜてよ!」


そうして森の中にセシルの魔力も舞い散った。




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