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悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい  作者: 唯野晶
テンペトゥス・ノクテム
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溶けゆく過去、抱きしめる未来

「ナタリー!!」


モンスターの森の奥深くで一人きりで立っているナタリーに向かって叫ぶ。

私の声に反応し、ゆっくりとこちらに振り返った。


「……レヴィアナさん、それに……マリウスさん……」


月の光に照らされたナタリーの顔はまるで人形のように無表情だった。

その瞳には生気がないように見える。

ナタリーは何も話さない。沈黙が私たちを包み込む。


「どうしてこんなところに?もしかして……またテンペトゥス・ノクテムに……?」


しかし、彼女は何も答えない。ただ黙って私を見つめるだけだった。

いつもあんなにかわいらしく笑っている彼女の表情からは何も読み取れない。

一体何を考えているんだろう?

そもそもどうして彼女がこんな場所に一人でいるのか?分からないことだらけだ。


「やっぱりレヴィアナさんは凄いですね。なんで私がここに居るってわかったんですか?」


長く続いた沈黙の後にようやく口を開いた彼女の第一声はそんな言葉だった。


「もしかして他の皆さんも連れてきているのですか?」

「いえ、わたくしたちだけですわよ」

「そうですか……」


そう言ったきり再び彼女は黙り込む。


「ねぇ、ナタリー!こんなところにいないで部屋にもどろう?」


ナタリーは黙ったまま首を横に振るだけだった。

そして虚ろな瞳のまま、こちらを見つめながら言葉を紡ぐ。


「レヴィアナさんもマリウスさんもこの場所知っていますか?」


ぽつりと呟くように発せられたその言葉はとても弱々しかった。

ナタリーの視線につられ、辺りを見渡す。

激しい戦闘があったことはわかる。そして魔法でない手段で大量の木がへし折られており、おそらくモンスターがここに集結し、激しい戦闘をしていたことをうかがわせる。


そして、その中心にナタリーが立っていた。


「私、この場所でモンスターに襲われたんです。ほら、覚えていますか?前に初めてディスペアリアム・オベリスクが現れたあの時です」


本当に小さく、絞り出すような声で言うナタリー。


「ここでモンスターに囲まれたんです。本当に、本当に沢山のモンスターに囲まれたんです。当然逃げ場なんかなくって、私一人じゃ絶対に倒せない量のモンスターでした」


そこまで言って彼女は黙り込んでしまった。

しばらく沈黙の時間が流れる。その間、風が木の葉を揺らす音だけが響いていた。


「覚えているとも。レヴィアナたちがディスペアリアム・オベリスクを壊しに行って、ナタリーが襲われている生徒を助けに行ってくれた。そして、俺たちのところに逃げて合流して……」

「違います。私の魔法じゃ絶対に逃げきれてないはずなんです」


マリウスを遮ってナタリーはつづけた。その声は震えていた。涙は流れていないけど、泣いているように聞こえた。


「どういうことだ……?以前見せてくれたグレイシャルスライドで……」


ナタリーは俯いたまま首を左右に振った。


「私もそう思っていました。でも、私の魔法で逃げ切れるわけないんです。だって間違いなく四方をモンスターに囲われたんですから。グレイシャルスライドは空は飛べません」


そのまま天を見上げ、空に向かって手を伸ばし始めた。

まるで何かを掴むかのように、あるいは何かを求めるかのように。

やがてナタリーは再び口を開き始める。


「グレイシャルスライドの痕もここにはありませんでした。私はここで一人じゃなかったんです。きっとその誰かを犠牲に私は逃げたんです」


そう言うと今度は私の方を見つめて来た。

その顔はどこか寂しそうで、儚げで、いつもの元気なナタリーとは別人のようだった。


「でも……その誰かを思い出せないんです。絶対に知っているはずなのに、忘れちゃいけないはずなのに、思い出せないんです」


嗚咽を漏らすこともなく、静かに涙を流すその姿はとても美しく、同時に不気味でもあった。


(もしかして……ミーナのことを思い出してる?)


あの合流したときに半狂乱だったナタリーが浮かぶ。きっとナタリーが言う通りミーナが囮になってナタリーを逃がしたんだ。


「あ……あのね……ナタリー!」

「それだけじゃありません!私はナディア先生を犠牲にして生きているんです!私の代わりにみんなが大好きだったナディア先生が!!」

「ちがう!それにナタリーは俺のことを助けようとして……!」

「ちがうんです!私は……私は……!!」


頭を抱えて蹲る彼女を見て胸が締め付けられるような思いだった。

これ以上はもう見ていられない……!

そう思い一歩ナタリーに向かって歩き出した瞬間だった。


「―――――っ!?」


ナタリーから放たれたアイシクルランスが私のスカートを打ち抜き、氷の槍はそのまま背後の木を貫いた。

旧魔法訓練場とは違う、間違いなく私を攻撃するための魔法。とっさに避けなかったら直撃していた。


「これ以上近寄らないでください。私と仲良くなった人はみんないなくなっちゃうんです。2人をそんな目に会わせたくありません」


虚ろな瞳でこちらを見据えながらそう言うナタリー。その表情にはもう一切の感情が感じられない。まるで機械の様に冷たい声色だった。


「ナタリーらしくもない。いったいどうしたって言うんだ」

「私らしくない……?なんですか?それ。どういう意味ですか?」


マリウスの言葉にナタリーが食ってかかる。


「わからない……もう何もわからないんです!!誰かを犠牲にして生きてその誰かを忘れて、その上ナディア先生を犠牲にして生きながらえて、楽しく明るく笑ってるのが私なんですか!?」


ナタリーは涙を流しながら叫ぶように言った。その叫び声は夜の森に響き渡る。


「ねぇ、答えて……マリウスさん。私らしさを知ってるなら教えてください……。どうしてこんなに苦しいんですか?」


その問いに対する答えを私は持っていた。

ナタリーはその賢さから本当は誰も気づくことができないはずのミーナのことに気づいてしまったんだろう。


きつく握りしめたミーナのリボンにはナタリーの血がにじんでいる。


「いるはずのない人をそんな風に感じるなんておかしいですよね。全部私の妄想です。だから今日終わらせようと思ったんです。みんなで仲良くシルフィード広場に行って、笑った私を覚えてほしいなって」


ナタリーは淡々と言葉を紡いでいく。その瞳からは絶えず涙が流れ続けていた。


「でも、みんなとずっと遊んでたのにマリウスさんにも来てもらったのに、みんなで笑ってたのに、楽しかったはずなのに、何か足りないっておもっちゃうんです。楽しいんですよ?楽しかったんですよ?でも…なにか足りないんです……。私……おかしくなっちゃったんです」


そこまで言ってナタリーは膝をつき、俯いて黙り込んでしまった。


「でも、最後にマリウスさんがちゃんと氷魔法を使えるようになってよかったです。これで私がいる価値もなくなりました」


そう言って彼女は笑う。全てを諦めたように、自分の運命を受け入れているかのように。


「ナタリー……ごめんなさい。私、もっと早く、ちゃんとナタリーには伝えておけばよかった!あのね!」

「やめて!もう何も聞きたくない!!もう……もう……!!!」


ナタリーは耳を塞ぎ、こちらに背を向けて首を振る。その姿はとても小さく見えた。


「私は……私は……私はぁ……」


まるで駄々をこねる子供のように「私は」という言葉を繰り返すナタリー。その背中はひどく小さく見えた。

どうして私はこの子に声をかけることができなかったんだろう?どうしてもっと早く気づいてあげなかったんだろう?どこかおかしいことには気づいていたのに、そんな後悔ばかりが頭の中を埋め尽くす。


「――――レヴィアナ、ここは譲ってくれ」


マリウスが一歩前に歩み出る。


「話をしよう、ナタリー。あの時ちゃんと言えなかったことを伝えたい」

「……もう、何も聞きたくないって言ってるじゃないですか!」


ナタリーは反射的にアイシクルランスをマリウスに向けて放った。


――――ガキィっ!


しかし、その攻撃は彼の目の前に現れた盾によって防がれる。


「それはフロストシールド……?」

「ハイドロバリアじゃ貫通されてしまうからな。ナタリー、君が教えてくれたからだよ」


次々にナタリーから放たれるアイシクルランスをマリウスは全て受け切っている。


「どうして……?」

「俺は……君を守ると決めたんだ。あの日、俺を救ってくれた君の力になりたいと。だからこの程度じゃやられはしない」

「マリウスさん……」

「なぁ、ナタリー。そんなに一人で苦しまなくてもいいんじゃないか?ここには俺たちがいる。だから一人で抱え込まないでくれ」

「ち……ちが……ちがうの……ちがうちがうの……私は……私は……!そんな資格なんてない!」


ナタリーの両手に集まる無数の氷の粒。それは徐々に大きくなっていく。


「――――凍てつく氷の輝き、我が手に集結せよ!結晶の煌めき、アイスプリズム!!!!」


ナタリーから放たれた巨大な氷柱がマリウスに迫る。しかしそんな魔法に優しく微笑みマリウスは右手を前に突き出す。


「水の輝きを纏いし結晶、我が手に集結せよ!滴る煌めき、アクアプリズム!!!」


マリウスの手の前に現れた水球が氷の魔法を相殺し、そのまま霧散した。


「魔法は精神力に左右される……セオドア先生の口癖だ。君のアイシクルランスだって、本来なら俺の付け焼刃のフロストシールドで防げるはずはないんだ」


マリウスはナタリーの傍まで近づき、そのまましゃがみ込む。


「話をしよう、ナタリー。君は全部一人で抱えすぎだ。前に君の過去を聞いたときはぐらかされてしまったが、その話もちゃんとしよう」


マリウスはナタリーに手を差し伸べようとするが、ナタリーはそれを拒絶する。


「だめ……ダメなんです!……だって……だって私は……マリウスさんにこんな風に大切にされる資格なんてないんです!」


マリウスは何も言わずそんな彼女を慰めるように優しく抱きしめる。


「資格?そんなものいるものか。俺はナタリーが氷魔法が使えるから仲良くしているわけでも、同情しているわけでもない。俺は君自身を大切に思っている」

「どうして……私を……?」


ナタリーは涙を流しながら小さく呟いた。その目は見開かれ、驚きの色を見せている。


「はじめは確かに氷魔法の珍しさと魔法の制御の上手さに感心していた。でも今は違う」


マリウスはナタリーを抱きしめたまま言葉を続ける。


「イグニスを倒したからでもない。きっと俺の伝え方が悪かったんだな。君の強さ、そして弱さに心惹かれたんだ。俺よりも弱いはずなのに必死に努力して、誰よりも遅くまで練習をし、決して諦めない。俺にはできなかったことだ」

「それは……」


ナタリーは何かを言いかけるも言葉が出てこないようだった。


「俺は君の強さに、そして弱さに惚れた。君が弱いなら俺がその弱さを支えてやりたいと思ったんだ。それに……君は俺よりも強いよ」

「そんなことない!私はマリウスさんより弱い!」

「いいや、俺の方が弱いさ。俺には魔力しかない。それに、もし資格が必要だと思っているなら、だから……そんな弱い俺の傍にいてくれ。君の支えが必要なんだ」

「……っ!」

「今までナタリーのやさしさに甘えてしまってちゃんと伝えていなくて本当に済まない。君が辛いなら、俺も一緒に背負いたい。だから……」


マリウスはナタリーの目をまっすぐ見つめると再度口を開く。


「俺が君の弱さを支えるから……もう一人で苦しまないでくれ」

「ううっ……あぁああ……!」


彼女は声を上げて泣いた。まるで子供のように泣きじゃくった。


「私っ!ずっと怖かったんです……!いつかみんながいなくなっちゃうんじゃないかって!役立たずになったらみんなに見捨てられちゃうんじゃないかって!でも、みんな優しくて、楽しくて……だからそんな日がくるのがもっと怖くて!でもみんなに心配かけたくなくて!」

「ああ……」


マリウスは優しくナタリーの頭を撫でながら話を聞く。


「私……いてもいいんですか?みんなと一緒に笑っていいんでしょうか?」

「もちろんだ。俺がナタリーとそうしたい」


マリウスがそう答えると、ナタリーは堰を切ったように更に声を上げて泣き出した。


「それに資格がないなんてさみしいこと言うな。俺が尊敬しているナタリーという人間をそんなに悪く言わないでくれ」


マリウスのその言葉に呼応するかのようにナタリーの右腕が光りはじめ、きつく縛られていた紫色のリボンが解けて風に舞った。

そして、そのまま月明かりに照らされて消えていった。

ナタリーは今までの悲しみを吐き出すかのようにマリウスの胸の中で子供のように泣き続けた。


(完全にお邪魔よねー)


完全に二人だけの世界に入っているナタリーとマリウスをよそに、私は空に消えていったリボンを目で追いながら、ゆっくりと真実をナタリーに告げるための心の準備を整えはじめた。




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