もう一つの密会
アルドリックはレヴィアナたちとの作戦会議を終え、部屋で1人椅子に深く腰掛け再びカップを傾け紅茶で唇を濡らす。
「―――ふぅ……」
何とも落ち着かない気分だった。
今回は色々変わったこともあったが、それでもうまくいっていたはずだった。
やや色あせて茶色っぽく変色した本を手に取る。
何度も、何度も、何度も読み、既に中身は暗記してしまった。だが、こうしてまた開き、中身を確認して、頭に刻み込んでいる文字列をなぞり、閉じるという事を繰り返している。
中には汚れや読めなくなっているページもある。強度はあるものの、脆さも感じさせる紙質は扱いを間違えると崩れてしまいそうにも思える。
この本には感動させられ、失望させられ、希望を魅せられ、そして今感じているのは絶望なのか諦観なのかもわからない。
「それにしても……やっぱり……だな」
アルドリックは一人部屋で呟く。そのつぶやきは本のページに吸い込まれて行き、誰にも届くことは無い。
この場所にナディアが居たらどうしていただろうか。
きっと強い彼女は、少しでも先に進もうと単身反乱軍のリーダーに歩いて行き説得を試みたはずだ。
アイザリウムが居たらフローラが攻撃された時点で怒って飛び出しただろうか。もしかしたら飄々としながらこの場所からこの闇夜に紛れて逃げていたかもしれない。
昔の、【魔王】と呼ばれていたころのアルドリックであれば、エレクトロフィールドなど展開せずに、フローラが攻撃を受けた時点で殲滅するための行動をとっていたはずだ。
「ふっ……」
自嘲気味に笑う。アルドリックとナディア、アイザリウムが三賢者などと言う、実に皮肉に満ちた称号で呼ばれてからどれだけ経っただろう。
いつしか戦うことも、話し合う事も、逃げる事さえ止め、ただ流されるようにここまで過ごしてきてしまった。
だが、それもここまでだ。
本来巻き込まれない彼女も巻き込んでしまった。
巻き込むまいと思っていた彼女を巻き込んでしまった。
アルドリックは立ち上がり部屋を後にした。
レヴィアナとガレンが屋敷の中で話し合いをしていることも、魔力探知をするまでもなく識っている。アルドリックは2人の元ではなく、フローラの部屋へと歩みを進めた。
「起きてるかい?」
フローラの寝室の扉をノックし返事を待った。
もしここで寝ていれば、そのまま部屋を後にするつもりだった。それならそれでもいいかとも思っていた。
少しの間静かな時間が流れていたが、しばらくすると中から返事が返ってきた。
これもきっと予定調和と言えばそうなのだろう。
フローラはベッドに腰かけたまま、月の光だけが頼りの薄暗い部屋で本を読んでいたようだ。
腕に巻き付けた白い包帯が光を受けてやけにまぶしく見えた。
対応しようと思えばいくらでも対応できただろう。でも、フローラは傷を負う事を選択したようだった。ちがう、選択させてしまった。
「巻き込んでしまって本当にすまなかった」
アルドリックは部屋に入ると、すぐさま膝を折って、頭を垂れた。
「そんな事やめてください。私は旦那様に身に余る幸福を与えていただきました。お三方に拾っていただき、フェアリス・アルカディアを旅した日々は私の宝物です」
アルドリックはその言葉にもう一度深く頭を伏せる。
「それにレヴィアナお嬢様も大好きですから。もうお顔を上げてください」
フローラはそっと本を閉じ、アルドリックの肩に手を置き頭を上げるよう促した。
アルドリックは起き上がると、苦しげな表情でフローラと視線を合わせた。
「傷は痛むかい?」
「旦那様のお気持ち程ではないでしょう」
「ふふ……君らしいね」
「旦那様ほどではないですが、私も旦那様との付き合いは長いつもりですので」
フローラとアルドリックは見つめ合う。
「でも……本当にいいのかい?これが最後の確認だ。今ならまだ間に合うよ」
「……私にも選択肢はあった様に思います。彼の魔法が発動する前に押さえつけることも出来ました。先ほど返事をしないことも出来ました。でも……」
フローラはいったん言葉を区切ると、優しく微笑んだ。
それはいつもと同じ笑顔のようで、少しだけ陰が差し込んだような笑顔でもあった。
「旦那様と同じ様に、私はお嬢様を愛していますから」
フローラはそう言いながら左手を差し出してきた。
その言葉にアルドリックは、ありがとう。とだけ答え、彼女の手を優しく握った。




