生徒会室でのお茶会2
「でも、さっき私がした説明は私が考えた理論ではなく、私の師匠が考えたものなので……!」
「師匠ってアイザリウム・グレイシャルセージ様ですよね?」
ミーナが体を乗り出しながら言う。
「へー。その人ってすごい人なのか?」
「何言ってるですか!?すごいなんてものじゃないですよ!?ねぇ?ナタリーさん?」
「は、はい、師匠は本当にすごい人です!」
ミーナがノーランのとぼけた発言に心底驚いたように大声を上げる。
「アイザリウム・グレイシャルセージ様と言ったら伝説の三賢者の一人です!」
鼻息荒く自分の事の様にアイザリウム様を自慢するミーナ。
「三賢者?」
「ですです!この世界の基礎を作り上げたと言われている3人です!ほんとに知らないですか?ノーランさん」
「おう。俺って結構田舎育ちでさ。そういった常識的な事あんまりよく知らないんだよ」
ノーランは頭を掻きながらいながら返す。
「全くミーナたちは生徒会メンバーなんですからね!しっかりしてください?あ、ナタリーからアイザリウム様の事紹介するです?」
「そのままお願いします。師匠の事ペラペラ話すのちょっと恥ずかしいので……」
ナタリーはそんなミーナの提案に少し顔を赤らめながら返した。
「アイザリウム様は魔法の基礎を作り上げた方です。私たちが今当たり前に使っている魔法の術式のほとんどを作り上げたです」
ミーナはそのまま自分の鞄のほうへと向かい1冊の本を取り出した。
「授業で使っているこの『魔導の書』を作ったというとわかりやすいかもですね。あってますです?」
その問いかけにナタリーはこくりと頷く。
「え……?これ全部?うそぉ!?え?ナタリーのお師匠様って全部の属性魔法使えるってこと!?俺もいろいろ試したけど火属性以外の魔法なんて全くできなかったぞ?」
「当たり前なのです。1つの属性を魔法を使えるだけで立派な【魔法使い】です。使いこなすだけで【称号持ち】なんていわれたりするです」
「あー、確かイグニスが【炎の支配者】…だっけ?ほかの3人も称号持ちだよな?かっこいいよなぁ。俺も欲しいなぁ」
「でもなりたくてなれるものでも無いですからねー」
ノーランのぼやきにアリシアが苦笑いで返す。
「ん?そうなの?」
「称号は圧倒的な魔力を持っていて、魔法の才能があって、さらに努力もして、少なくとも一つの属性は使いこなして……みたいな人を周りが讃えて呼ぶものですから」
アリシアは指を折りながら順を追って説明をする。
「え?じゃあ俺以外のやつらって天才中の天才ってこと?」
「ですです。そんな男性陣に交じって生徒会に立候補したあの男はどこの誰だ?って噂になってるですよ?」
ミーナも『魔導の書』を仕舞い席に戻ってくる。
「まじかぁ……。だからなんか周りのみんなから少し距離を感じたのか……」
ノーランは、はぁー……とうなだれてそのまま机に突っ伏した。
「ま、いっか。でも三賢者ってことはあと二人いるってことだよな。どんな人?俺の知ってる人?」
「ふふ、ノーランさんって本当に何も知らないんですね。ナディア先生も三賢者の一人ですよ」
頬っぺたいっぱいに焼き菓子を頬張りながらナタリーが答える。
「え!?あのすっげー美人の校長先生!?」
「治癒魔法を開発したのがナディア先生ですね。このセレスティアル・アカデミーを作る前、この辺りは魔力で荒廃していたらしいです。この土地に先生のマナの力で肥沃な土地に変えて、それで人が住めるようになって学校を作った……と言ったことを師匠からきいてます」
ナタリーの焼き菓子を食べる手が一瞬止まり、それからすぐに焼き菓子を口いっぱいに放り込む。あのナタリーが夢中でぽろぽろと制服にこぼしながら食べているのはなんだかかわいかった。
「すっげーなー……。魔法ってそんなこともできるのかよ。あ、でもここが荒廃してたってなんでなんだ?」
「うーん……それはあんまり情報のこってないんです、化け物がこの辺りを荒らしまわっていてその化け物を退治する戦闘でそうなった……とか聞いたことがあるです。正確なところはミーナも知らないですね」
「基礎作ったり新しい魔法を作ったりって本当にすげーんだな……。ふーん……なんかおもしれー!」
ノーランはぶつぶつと独り言を言いながら一人でうんうんと頷いている。アリシアはナタリーがおいしそうに食べるものだからと、余った生地をアレンジして追加を作ってくると調理室へ向かっていった。
私はというと途中から腕を組んで話に聞き入っていた。
この三賢者と言った設定は初めて知った。少なくとも私が今いる『セレスティアル・ラブ・クロニクル』の初期作品の世界には出てきていないし、続編の『星空の約束』や『秘密の花園』、『永遠の絆』でも出てきていない設定だ。
一人は魔法理論を構築した人。もう一人は回復魔法という新しいジャンルを作り上げて、さらには学校まで作って知識を広めている人。残りの一人はどんなことをやった人なんだろう……?
「あと一人、三賢者のあと一人はだれですの?」
そんな私の発言を受けて呆れ?驚き?そんな難しい表情を浮かべてミーナがこちらを見た。少し視線をずらすとナタリーも同じような表情をしている。2人とも初めて見せる類の表情だった。
「って……レヴィアナさん、それ本気で言ってますですか……?」
「残りの一人はアルドリック・ヴォルトハイム様。あなたのお父様じゃないですか」
「……へ?お父様?」
まさかこんなところであの父の名が出てくるとは思わなかった。
「なんだよ、自分で前振りかよー」
ノーランはにやにやと笑いながらこちらに視線を向けていた。
「ち、ちがいますわよ!ノーラン!そんなことありませんわ!」
「あはは、冗談だよ。そんなむきになることないって」
私の反応をみてノーランは大笑いしている。
「でも、そっか。レヴィアナのお父さんって何した人なんだ?」
「大陸を荒らしまわっていたドラゴンや魔王を倒して回ったときいてますですよー。レヴィアナさんは何かきいてないですか?」
「魔王……かどうかはわからないですが、お父様の書斎にそんな手記が残されていたような……」
どこかのおとぎ話の話だろうと読み飛ばした中にそんな記載があったような気がする。ミーナのこの話を聞くにあれは本当の話だったのだろうか。
「というか、レヴィアナもすごい家の出なんだな」
「あー……まぁそうですわね。あ、でもすごいのはあくまでお父様ですから」
ノーランがまたからかってきそうな気配を感じたので、話題の矛先を変えるべく別の方向で話を逸らす。
「でもミーナは物知りなんですわね。ほかには何かそういった逸話みたいなものないんですか?」
「レヴィアナさん、ほめても何もでないですよー?そうですねー……。あ、そうです。学園に立っている像ってわかりますですか?」
「えっとー……?はい!あの正門を入って正面にあるやつですよね?」
「あれにも名前があるの知ってるです?」
像自体はゲームの中でも見覚えはあるし、あそこの前で待ち合わせて……というイベントもあったが、名前は出てこなかったはずだ。素直に首を横に振ると、ミーナが続けて説明をしてくれた。
「あの像には【何事にも挫けず全ての悪しき運命を切り開く守り神】を祀って建てられているです。神様の名前はヴォルタリア・フェイトリフター」
「ヴォルタリア・フェイトリフター?すげー洒落た神様の名前だなぁ」
ノーランは感心しているかのようにその名前を復唱する。
「守り神……ヴォルタリア……フェイトリフター……」
私はその言葉が妙に気になって考え込んでしまう。どこかで聞いたような名前だ。ここ最近の記憶は無いし、昔何かで見聞きした覚えがあるのだろうか? 私が腕組みしてうーんと唸っているとノーランが声を掛けてきた。
「にしてもよ、この生徒会ってすげーんだなぁ」
ノーランは机に突っ伏していた体を起こすと改めて感心したようにあたりを見渡した。
「あの4人の男性陣は全員称号持ち。レヴィアナはお父さんが、ナタリーは師匠が三賢者だろ?アリシアもしれっとさっき無詠唱魔法使ってたし学科試験も5位。ミーナは物知り博士だもんなぁ」
「ちょ!?なんだかミーナだけしょぼくないですか!?」
ノーランの発言を受けてミーナが顔を赤くして反論する。
「やーでーすー!ミーナにも何かカッコいい肩書が欲しいです!」
「例えばどんな肩書ですか?」
ナタリーが温かいお茶を淹れなおしながらミーナに問いかける。
「んー……そうですねー物知り博士じゃなくてー……。あ!例えば【全てを識る者】とか【世界を導くもの】とか……!」
「かっこつけすぎじゃねーか?」
間髪を容れずにノーランが突っ込みを入れる。
「いいですいいです!いつか本当にしてやるですー」
ふくれっ面のミーナが焼き菓子を一つ口に放り込んでお茶を流し込む。
そんな平和なひと時に、誰かがドアをノックする音が響いた。アリシアが焼き菓子を大皿に盛り付けてやってきたのでこの話はここで中断となったのだった。
「ほら、ナタリーさん、追加のお菓子も焼いてきましたよ!」
「わぁあぁああああ」
アリシアの持ってきた大皿に目を輝かせながら、ナタリーはふらふらと吸い寄せられるように取りに向かう。
「ちゃんと人数分ありますから、慌てずに」
アリシアは焼き立ての香ばしい匂いをあたりに漂わせながら焼き菓子の大皿を机の上に置くと自分も席に座った。
「ほら、ナタリーさん、温かいうちにどうぞ」
「はい!いただきます!」
ナタリーは嬉しそうに焼き菓子を一つ頬張ると、そのまま硬直してしまった。ふるふると小刻みに感動のあまり震えている。
今度の焼き菓子は先ほどまでのモノに加え甘しょっぱさも加えて焼き上げられていた。
「おいしー。なぁアリシア、学校卒業したら俺と結婚してくれー」
「はいはい。そんなこと言ってももう追加のお菓子はでてきませんからね」
「ちぇー」
アリシアがノーランの言葉を軽くあしらうと、ノーランも特に気にする様子もなく、また一つ焼き菓子を口に放り込んだ。
その後も私たちはお茶とお菓子を楽しみながら談笑を続け、今も補習講師を行っているイグニスたちのもとへ向かっていった。