自由な風
(よし、これであと3か所)
地面を踏みしめながら、魔法陣を定着させていく。
(それにしても……)
セシルのおかげで動きやすくなった……どころではない。そのセシルが半端じゃなかった。
マルドゥク・リヴェラムの攻撃をすべて捌いたうえ、さらに反撃を続けている。
「なぁ、見えるか?」
「ガレンはどう?」
「セシルが攻撃してるのはわかるけど、正直何してるかぜんっぜんわかんねぇ」
「私も」
ガレンも私も、セシルの動作が速すぎて何をしているのか全く追えない。あれだけ速かったマルドゥク・リヴェラムも、セシルに比べれば止まっているように見える。
「猛威を振るう風の暴力、破壊の渦を巻き起こせ!無慈悲なる暴風、ガストストーム!」
空気が振動し、周囲の木々が風によって激しく揺れる。詠唱中も足を止めず、セシルは魔法の使用を続け攻撃をし続ける。
しかし、そんな中でもマルドゥク・リヴェラムは弱っている様子が全く見えなかった。
「いやー、すげぇすげぇ」
のんきな様子でノーランが声を上げる。
「相手がこいつじゃなかったらとっくに勝ってるのにな」
「そうだね。なかなか固いみたいだ」
「固いんじゃねーんだって。そもそもお前たちの攻撃なんて効かねーの」
会話を続けながらも、マルドゥク・リヴェラムとセシルの攻防は続く。セシルはひたすら魔法を使い続けてマルドゥク・リヴェラムを攻めたてる。
しかし、それでも決定的なダメージを与えるには至っていないように見えた。
こう傍観者として観察しているとはっきりとわかる。セシルが攻撃する際、時々空間が一瞬歪むことがある。
私たちの攻撃と同様、マルドゥク・リヴェラムの防壁がその攻撃を無効化しているようだ。
「お前たちのようなキャラクターの攻撃は理外のこいつには効かないんだって。いい加減あきらめろよ」
「さぁ?それはどうかな?」
「ん?」
「僕には何とかなりそうに見えるんだけど?」
マルドゥク・リヴェラムの一撃をかわしながら、セシルは不敵に微笑んだ。
すかさず距離を取り、両手を広げて魔法の詠唱を始めた。
「華麗なる風の舞踏、我らを包み込み、奏でよう!優雅なる旋律、シルフィードダンス!」
空気が震え、セシルの魔法の力と共鳴し、きらきらとした粒子に包まれている。ゼフィルレヴィテートで強化された体を、高速機動の魔法で更に強化したようだ。
「例えばさ。その自慢の障壁も、正面は鉄壁みたいだけど、背後は少し弱いんじゃないかな?」
セシルの手にエアースラッシュの刃が生成される。
『――――がっ!?』
マルドゥク・リヴェラムがその刃を背中に受け、初めて悲鳴のような声を上げた。
「やっぱりね」
にやりと笑うセシル。
「へ……?」
思わず気の抜けた声を漏らしてしまう。
そこにいたはずのセシルが、いつの間にかマルドゥク・リヴェラムの背後に位置していた。
うっすら見えていた先ほどまでとは違い、今度は本当に見えなかった。
マルドゥク・リヴェラムが反撃しようと振り返りながらセシルに向けて魔弾を放ったが、セシルはもうそこにはいなかった。
『――――ぎっ!?』
またマルドゥク・リヴェラムが声を上げる。
私たちが気づいた時にはセシルはマルドゥク・リヴェラムの背後に居て、次の瞬間にはまたマルドゥク・リヴェラムの後ろに現れて攻撃を仕掛ける。その繰り返しだった。
マルドゥク・リヴェラムを中心にし、砂埃が巻き上がり、そしてそれは竜巻に姿を変え――――
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!』
マルドゥク・リヴェラムの断末魔のような叫び声が森の中に響くまで、そう時間はかからなかった。
……どさっ
マルドゥク・リヴェラムの片腕が宙に舞い、地面に落ちた。
突然の静寂が戦場を包み込む。切断された腕が地面に落ちる音だけが、異様に大きく響いた。
「あれ、意外と簡単に切れたね」
セシルはどこか拍子抜けした様子で、マルドゥク・リヴェラムの腕を眺めた。
『……っ!……っ!』
マルドゥク・リヴェラムの声にならない声が辺りに響く。
私にも、きっと『レヴィアナ』にも真似できないような攻略法だった。
「あーあ、こりゃ完全に切断されてんなぁ」
ノーランが興味なさそうにつぶやいた。その言葉には全く感情がこもっていなかった。
「本当はアリシアしかオリジナル魔法を使えないはずなんだけどな」
「え、そうなの?初めてちゃんと訓練したからかな?」
「なんでお前みたいなやつに理外の力が宿るんだか……」
ノーランが頭を抱えた。
「ふふっ、ゲームマスターさん?なかなかうまくいかないみたいね?」
これまでの意趣返しに、私はノーランにそう呼びかける。
「……はっ、そうみたいだな」
ノーランは空を見上げ、そしてマルドゥク・リヴェラムから飛び降り、私たちの前に立つ。
「本当に楽しいゲームだよ。全然思い通りにならねぇ」
「当たり前でしょ。私たちは生きてるんだから」
「……この世界の異物は三賢者、そしてお前ら生徒会のメンバーだった」
ノーランが両手を広げ、静かに語りだした。