初めて入る懐かしい部屋
「おかえりなさいませ、お嬢様」
屋敷に着き、3人で馬車を降りると、フローラがいつもの優しい笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま、フローラ」
「あらあら、ガレンさんとナタリーさんまで。ようこそおいでくださいました」
「お久しぶりです。フローラさん。最近挨拶できずに申し訳ありませんでした」
「いえいえ、ガレンさんもお忙しいでしょうから。それにナタリーさんも夏休みぶりですね」
「お久しぶりです!私の名前、憶えててくださったんですね」
「ええ、ナタリーさんのようなかわいらしい方、一度見たらわすれませんよ」
フローラがナタリーに笑顔を見せる。
「ふふふっ、ありがとうございます。ここまでお疲れでしょう。どうぞおあがりください」
「……あの、フローラ……」
お父様の事、ちゃんと話さないと。そう思って一歩踏み出した時だった。
「まずは、ゆっくり紅茶を楽しんでから、それからでも遅くはないでしょう?」
フローラがいつもの笑顔でこちらを向いた。でも、そのいつもの笑顔がなんだか無理しているようで……。
(知ってるんだ……)
そうよね、フローラはずっとお父様と一緒に過ごしてきたんだもの。きっとお父様もフローラに伝えて……それで。
「……そうね。ごめんなさいフローラ。みんなも行きましょう?」
「そうそう、みなさんお腹はすいていないかしら?ナタリーさんの好きなあのお菓子、すぐに焼けるわよ?」
「へっ!?あのお菓子ですか!?食べたいです!」
「ふふっ、じゃあとびっきりのを用意しますからね」
2人を連れて屋敷に入る。屋敷はあの襲撃からまだ日が浅いにも関わらず、綺麗に修復されていた。
いつもと変わらない家なのに、なんだか少しだけ広く感じる。
大広間の席に着くと、いつかお父様も一緒に楽しんだ、芳醇な紅茶と、焼き菓子の甘い香りで部屋が包まれた。
「お待たせしました」
フローラが紅茶とお菓子をナタリーの前に置いた。
「わぁー!やっぱり美味しいですね!!このお菓子!!」
ナタリーは嬉しそうに頬張ると、さらにもう一口を口に運んだ。
「それで、お嬢様、旦那様は格好良かったですか?」
フローラが世間話のようにそんなことを言うものだから、私も何のことを言っているのか、はじめ理解ができなかった。
「お父様は……そうですわね……」
少しだけ目をつむり考える。そんなに長い間話したわけではない。言葉を交わしたのも本当にわずかだ。
でもどのお父様の表情を思い返しても、いつもにこやかに笑っていて、優しくて、ちょっと子供っぽくて、でも頼りがいがあって……、あぁ、ダメだ、こんなにも私の中にしっかり根付いてしまっている。
「……うん、とっても、とっても素敵なお父様でした」
「ふふっ、そうですか。それは何よりです」
フローラは満足したように一度表情を崩すと、食器を片手にそそくさと厨房に向かって行った。
「あの、レヴィアナさん……?」
ナタリーが不安そうに私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫、ありがとう」
そう言って私は紅茶を口に運ぶ。その紅茶は少しだけしょっぱかった。
***
「失礼しまーす」
何となく気恥ずかしい気持ちになりながらも、ナタリーとガレンを連れてお父様の部屋に入る。
初めて入るお父様の部屋は、私の部屋よりも書籍にあふれ、そしてなんとなくだけどお父様らしい部屋だった。
正面の厳かな椅子に腰かけたお父様が「おかえり」と笑いかけてきそうだった。
「なんだか少し師匠の部屋に似てる気もします」
「アイザリウム様の部屋もこんな本だらけなのか?」
「そうですね。師匠の部屋はもっと魔導書が多い印象ですけど、あ、この本、師匠の部屋にもありました」
ナタリーが本を一冊懐かしげに手に取った。表紙には『基本3属性魔法概論』と書かれている。
2人が書籍で盛り上がっている間、私は部屋をぐるっと見渡す。
魔導書に研究資料、インクの匂いとお父様のコロンの香りが入り混じったこの部屋は、初めて入ったのになんだかとても落ち着いた。
本棚の一角に肖像画が掛かっている。そこに写っているのはお父様とお母様だ。その横には……。
(これ……私……、レヴィアナ……よね?)
男の子4人と一緒に映っているのは間違いなく私だ。そして、この4人の男の子は。
「おー、懐かしいなぁ」
ガレンがひょっこりと私の横から顔を出す。
「この時イグニスが『俺様が中央じゃないと!』とか言い出して、そしたらマリウスも張り合ったりしてなー……」
「え?なんですか?私にも見せて下さい!」
ナタリーも私の横から顔を出し、ガレンの持っている肖像画を覗き込んだ。
「これは……レヴィアナさん?わぁ!ちっちゃいころからきれいだったんですね!マリウスさんもみんな面影ありますねー」
きっとイグニスとマリウスは喧嘩してそっぽを向きながら中央を陣取っているのだろう。それでも5人そろって絵をかいてもらう間ずっとじっとひとところに居たことになる。
本当に仲睦まじい幼馴染の一コマだ。それ以外にもお父様とほかの4人のみんなや、小さな頃のレヴィアナときっとガレンのお父様と思われる男性との絵画など、家族ぐるみの付き合いがうかがい知れる。
イグニスもちゃんと肖像画の中では生きていた。お父様も、イグニスも今にも「元気か?」なんて声をかけてきそうだった。
このまま感傷に浸りたい気持ちもあったが、まずはこちらからだ。
ずっと気になっていた部屋の隅にあった小箱へと歩みを進める。この部屋に入ってからずっと異質の、そしてあの学園長室の扉で感じた魔力反応がする小箱。
「さっきからなんだっての」
「この箱。開けられる?」
私はガレンに問いかける。ガレンは小箱を受け取ると、継ぎ目と思われる場所に手をかけ、力いっぱい引っ張っているが、箱が開く気配はない。
「なんだこれ。全然開く気がしないな。ナタリーもやってみるか?」
「はい、やってみます!」
ナタリーは丁寧に箱を観察しながら、ガレンと同じように開けようと試みる。
「これ……封印魔法がかけられてるみたいですね」
「封印魔法?」
「はい。それにこの箱にかかっている封印、封印した本人でないと解除することができない類のものだと思います。おそらくですがアルドリック様の魔力じゃないでしょうか?私には解除できません」
「さすが三賢者の弟子、詳しいな。じゃあ俺たちじゃ開けられないだろ?」
ガレンがナタリーから箱を受け取り私に問いかける。私はその小箱をそっと手に取ると、お父様から受け取った鍵をそっと近づけた。
――――パキン
小さな音と共に封印魔法が砕け散る。
「お、おいマジかよ。なにしたんだお前?」
そっと小箱を机に置き開いた。
小箱の中には見慣れた文字で書かれた手紙と、分厚い一冊の本が入っていた。
「ここにあったのか」
ガレンがその本を見てぽそっとつぶやいた。