涙の後に残っていたもの_3
「……」
「……」
「いや、別に盗み聞きするつもりはなかったんだけどよ!?」
現れたのはガレンだった。
「いつから見てたんですか?」
「ん?あー、えーっと……全部?」
「最低……」
「いやいや、仕方ねぇだろ!?」
ガレンはバツが悪そうに頭をかきながら続けた。
「生徒会室に行こうとしたらなんか2人の声聞こえてくるし、かといってさっきまで飛び出す雰囲気でもなかったろ?」
「それは……そうですけど」
ナタリーがガレンを無言で珍しい目のままにらんでいる。
「だったら一度離れてもよかったのではなくて?」
「いや、そりゃ2人があんな雰囲気で背中を向けるようなことできねーだろ……」
「はぁー……」
ナタリーのこんなため息はきっと二度と聞くことはないと思う。
「……私はもう大丈夫ですわ。取り乱して悪かったですわね」
そう言って私はナタリーから離れる。
涙と人の体温は人間を冷静にさせる効果もあるようだった。
ここ何日かずっと感じていたイライラは少しだけ潜めてくれたようだった。
「で、何か用ですの?」
「用……っつーか、なんていうか。アルドリックさんだけじゃなくて、さっきの感じだとイグニスも死んだのか」
「えぇ……」
「そっか。イグニスかぁ」
ガレンは何とも言えない表情をしていた。
ガレンとイグニスは当然幼馴染だ。きっと私とはちがった内容で思うことがあるのかもしれない。
「イグニスの最後、ちゃんと見たのか?」
「えぇ、目の前で」
世界で一番一番近いところで見た。
「そうか」
そう言ってガレンは黙り込む。
「じゃ、まぁ、あいつもいい最後だったんだろうな」
「そう、だといいですわね」
「最後、どんな顔してた?」
「どんな顔……って」
ガレンのまなざしは真剣そのものだった。
「……笑顔だったわ」
そう、笑顔だったんだ。笑顔で私に「笑っててくれ」って言ったんだ。
あんなに血を流して、きっと痛かっただろうに。
でも、最期の時、いつものあの快活に笑うイグニスだったんだ。
「そうか……」
そう言ってガレンは天井を見上げる。そしてそのまま続けた。
「あいつ、馬鹿だよなぁ」
それは独り言のようだった。
「……そうですわね」
私もなんとなくつられて答える。なんでガレンがそんなこと言ったかはわからないけど、きっとイグニスを表現している気がした。
「それにしてもアルドリックさんもか」
その言葉は少しだけ気温を下げるようなニュアンスだった。
「もしかしてだけどよ、アルドリックさんから手紙か何かうけとってねーか?」
「ん?どういうことかしら?」
「まぁ、手紙じゃなくてもいいんだけど、もしかして【本】について聞いたとか、ねーか……?」
茶化している様子は一切なく、半ば確信している様だった。
「【本】についてはお父様の手紙に……、でも……」
なんでガレンがそんなことを知って……?
「【本】って何のことですか?」
ナタリーが首をかしげながらガレンに聞いた。
「……っ、あー、これってあんまり言わないほうがよかったんだっけか……」
「【本】、……もしかして、アルドリック様が持ってる【解体新書】の事ですか?」
「ナタリー……なんでそれを知って?」
ガレンが目を見開いてナタリーのことを見る。きっと私も同じような顔をしていたと思う。なんでナタリーがお父様からの手紙に書かれていたことを知ってるの?
「師匠、アイザリウム師匠が昔話してくれたんです。アルドリック様に預けてる【解体新書】という魔導書を卒業したら見せてやるって」
「そっか……ナタリーの師匠も【三賢者】か。なるほどな」
ガレンは頭をポリポリとかきながら、「うーん、そうだな……」とつぶやいた。
この違和感は何だろう。【解体新書】って?それにそこかで聞き覚えがあるような……。
「ねぇ、2人とも」
少しだけやりたいことができた。お父様もイグニスも笑ってくれと言っていた。でも、こんなんじゃ笑えない。たぶん、私はちゃんとあのお父様からの手紙をまだ理解できていない。
「少しだけ付き合ってくださらないかしら?」
たぶん、これは私が知らないといけないことだ。それにこんな状態でじっとしてなんていられなかった。
「ええ、もちろんです」
「ありがとう。ガレンは?」
「当たり前だろ?というか、もともと俺のほうから声かけに来たんだから」
ガレンがニヤッとしながら答えた。
「じゃあ、行きますわよ」
「ふふっ」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんだかレヴィアナさんらしいなぁって」
ナタリーが本当に嬉しそうに笑っていた。
「……そうね、もう少ししたらちゃんと、全部話すから」
だから、今は少しだけ許してね。
「大丈夫ですよ。話したくなったら話してくださいね」
「……ありがとう。ナタリー」
本当に、いい友人に巡り合えたと思う。そうして私は2人を連れて、お父様の屋敷に向かうためシルフィード広場に向かった。