涙の後に残っていたもの_1
「おはようございますわ!」
元気よくクラスメイトに機械的に挨拶をし続ける。
走しているとナタリーがすぐに席に駆け寄ってくる。
「おはようございます……。レヴィアナさん……その……大丈夫ですか?」
「なにがですの?」
「何が……って、お父様の事……」
「あぁ!あの方ですか?勝手に居なくなった人の事なんて知りませんわよ。それに今朝通達があった通りセオドア先生が学園長になられるとのことですし何も問題は無いのではなくて?」
「えっ、あ……はい……」
ナタリーがおろおろと戸惑っているのはわかったが、今の私にはそんなことはどうでもいい。
教室を見ても空席が目立つ。
イグニスの席はちゃんと空席で安心したけど、それ以上でもそれ以下でもない。
あれから5日経ったが、結局イグニスの姿を見ることは一度もなかった。
「ほら、ナタリー、授業始まってしまいますわよ?」
「は、はい……」
もう、どうでもいい。きっとこのまま何となく時間が過ぎて卒業式に向かっていくんだろう。
本当にみんな自分勝手だ。言いたいことだけ言って、勝手に消えてしまう。
ナタリーは何か言いたそうだったが何も言うことはなくただ授業の準備を始める。
教室の扉が開き先生が入ってきた。
そうして昨日と変わらない、きっと明日と同じ一日が始まっていった。
***
「卒業式の準備どうしましょうか?」
放課後、ナタリーに生徒会室に誘われた。
特にこれと言ってやりたいことがあったわけでもなかったので、特に否定も肯定もせずナタリーの背中を追いかけた。
「……どうでもいいのではありませんの?きっとなるようになりますわ」
「でも……」
ナタリーが何か言おうとしたのを遮り、私は話し続ける。
ずっとイライラしていた。何に対してかはわからない。でもずっとイライラして、布団に入ってもイライラして、お風呂に入ってもイライラして……。
「ナタリー、そんな準備とかどうでもいいじゃありませんの」
「へっ……?何言ってるんですか?」
「どうせみんないなくなってしまうんですのよ?だったら準備なんてしても仕方ありませんわ」
「そんな言い方は……」
ナタリーは何か言いたそうにしていたが、私は気にせず話をつづけた。
「イグニスだって居ない。今日来ていた生徒会メンバーだってわたくしとナタリーだけ。これで何をどう準備すると言うのです?」
「でも……」
ナタリーは悲しそうな顔をしたままうつむいた。
そしてぽつりと小さくつぶやいた。
「今日のレヴィアナさん……なんだか別人みたいですね。お父様のことがあって残念なのはわかりますけど――――」
「何がわかるっていうのよ!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。ナタリーは驚いたような、怯えたような表情で私を見た。
でももう止まらなかった。
「何がわかるっていうのよ!!最後にお父様と会っていたのに!!バカみたいに笑って!!私は何もできなかったのに!ただ、見ていることしかできなかったのに!!」
「レヴィアナさん……」
「イグニスだってそう!!何もできないで、勝手に一方的に別れを告げられて!そして勝手に居なくなって!!」
ナタリーが何か言おうとしていたが、もうどうでもよかった。
ただ、この行き場のない怒りをぶつける相手が欲しかっただけだった。
「何も知らないくせに!!勝手にわかるなんて言わないでよ!!」
「ごめんなさい……私そんなつもりじゃ……」
「もうほっといてよ!!」
そう言って生徒会室から飛び出した。
私は一体、何をやってるんだろう……。そう思うと無性に自分がみじめになった。
ふと、その時窓に映った自分の姿が目に入った。
ひどい顔だった。
涙は流れていなかったが、泣いていたほうが幾分ましだったかもしれない。
鏡の中の自分と目を合わせていると、そのまま動けなくなってしまった。
「……っ」
その場にしゃがみ込み、身動きが取れなくなった。
もう、どうすればいいのかわからなかった。
何もできなかった自分への怒りと、そしてイグニスとお父様がいなくなったことによる喪失感で頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「誰か……」
不意に言葉が漏れた。
「助けてよ……もう嫌だよ……」
もう本当に何もかもがどうでもよかった。
イグニスや、みんながいてくれればそれだけで幸せだった。あこがれの世界に来て、みんなで楽しんで、それだけでよかったのに。
それなのにどうしてこんなことに……。
「私が……私が余計なことをしたから?」
イグニスと仲良くなったから?それでアリシアと踊るはずのイグニスが私と踊ろうとしたから?
お父様がセレスティアル・アカデミーに来たのも元をたどればナディア先生がいなくなったからだ。
ナディア先生がここを離れずに存命であればお父様がセレスティアル・アカデミーに来ることもなかった。
「全部……私のせいだ……」
私がいなければお父様は死ななかったかもしれない。
イグニスも今頃みんなで楽しくやっていたかもしれない。
アリシアも……そしてナディア先生も死ぬことはなかったかもしれない。
何もかもが私のせい――――?
「――――さん!レヴィアナさん!!」
「へっ……?ナタリー……?どうして?」
肩をつかまれ振り向くと目の前には心配そうに私を見つめるナタリーがいた。