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ほんのわずかな救いの欠片

「……あれ……?私……」


目が覚めると、厚手のローブをかけられ、木に寄りかかっていた。

目の前にはぱちぱちと火が燃えている。一瞬、その火の温もりがイグニスに思えて、反射的に体が動くがすぐにそれが違うものだと気が付いた。


「……あ……そっか」


あたりを見回すと、そこは森の中で、私は木にもたれかかるように眠っていた。

当然イグニスの姿はどこにもない。ただ、漆黒の森が広がっているだけだった。


「私……あのまま……」


イグニスのことがショックすぎて、そのまま意識を失ってしまったんだろう。

でもなんでこんなところに……?それに誰が私を?


「ん。目が覚めたかい?」

「……おとう……様……?」


声のする方を見ると、お父様が薪を抱えて立っていた。

私は慌てて立ち上がると、その拍子にローブの裾を踏んで転びそうになってしまう。

それを優しく抱き留めて支えてくれると、そのままそっと頭を撫でてくれた。


「そんなかわいらしいドレスでこんなところで寝ていたら体が冷えてしまうよ?」

「お父様っ……!おとうさまぁ……っ!」


そしてそのままお父様の胸に顔をうずめ、思いっきり泣いた。もう涙なんて出ないと思っていたのに、まだこんなにも出るんだと感心した。


「イグニスが……!イグニスが!!」

「……つらい思いをしたね」

「……っ!お父様!イグニスの事覚えて……!?」

「当たり前じゃないか。彼のことを忘れるわけがないだろう。大丈夫、きっとみんなも覚えているよ」


お父様は私をそっと抱きしめてくれた。そのまま優しく背中をぽんぽんと叩いてくれる。

イグニスの体はこの世界から消えても、みんなの中には残ってるんだ。そう思うとほんの少しだけ悲しみが和らいだ。


しばらくして私が落ち着くと、2人で寄り添いながらパチパチという音を聞きながらぼんやりとあたりを眺める。


「そういえば、お父様、どうしてここに……?」

「もう忘れちゃったのかい?私の得意魔法」

「あっ……」

「そりゃあ私の大切なレヴィが舞踏会のこんな夜に一人でこんなところに居たら心配もするさ」


こうしてお父様と一緒にいると不思議と心が落ち着いた。


(私にも本当の父親というものがいたら、こんな感じなのかな?)


わからない、けどこうしている沈黙の時間すらもなんだか優しかった。


「イグニス君は、本当に残念だった……。いつの時も2人は仲が良かったからね」

「はい……。ただただ悲しいです」

「でも、レヴィが無事でよかったよ。こうしてちゃんと話せてよかった」


お父様はそういうと、私の頭をゆっくりとなでてくれた。まるで子供をあやすように、その手つきは優しくて、また泣いてしまいそうになる。


「お父様……」

「なんだい?」

「私、イグニスのことずっと忘れない」

「……そうだね」


本当はもっとお父様と話したいことはたくさんあった。

聞かなければいけないこともたくさんあったんだと思う。

でも、もううまく頭が働かなかった。


「はは、今日はいろいろなことがあったから疲れただろう。今日はしっかり休んで、また明日から楽しく笑って過ごしておくれ」


それはさっきイグニスの口からきいた言葉に似ていた。


「はい……。そうします」

「よし、いい子だ」


お父様が立ち上がり手を腰に当てながら伸びをする。


「ね?ほら。今日はまずしっかり休んで、明日も、明後日も休んでいいから、それでいつかまた学校生活を楽しみたまえよ、若者」

「なんですの?それ」


芝居がかかったお父様のセリフに少しだけ表情が緩む。同じように立ち上がって私も伸びをした。


『イグニスのことをみんなが覚えている』


ただそれだけ。

何も改善なんてしていない。

イグニスは二度と戻ってこない。

なんでこんなことになったかもわかっていない。

本当の最悪からはまだ何も抜け出せていないのに、それでも安心してしまった。


「あ、そうだ。レヴィ。明日、朝一番に学園長室に来ておくれ。鍵は渡しておくから」


やけにごつい鍵をお父様から受け取ると、そのまま無言で頷いて答えた。


「今までありがとうレヴィ、本当に君の事を愛しているよ」

「うん……私も大好きだよお父様……」


そう答えると、もう一度強く私を抱きしめた後、私の頭を一撫でしてから私から距離をとって離れた。

頭は回っていなかった。それでも、一言だけ、最後にイグニスがいた場所に腰を下ろし、一言だけつぶやいた。


「さよなら、イグニス、私の初恋の人」




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