転生した地獄から速攻脱出
前世で罪を犯したオレは異世界ではなく地獄へ転生。
厳しい拷問に耐えて、地獄からの出所を目指すぞ。
転生した地獄から速攻脱出
闇バイトで警察から逃走中、事故を起こしてオレは死んだ。
死後は異世界へ転生して…、と思ったら、閻魔様の前に引き出された。
閻魔大王は、台帳をめくりながら時々、玻璃の鏡を覗き込んだ。
怖い顔がますます恐ろしい顔になって、オレを睨んだ。
オレは背筋が凍り、ひざががくがくした。
闇バイトで司令塔に脅された時でもこんな気持ちになったことはない。
「判決を下す。大西マサヒコ、地獄に三千年。」
その声を聞いてオレは、絶望的になった。一体、これからどうなるのか?
筋骨たくましい赤鬼、青鬼がオレの所へやってきた。
身長はオレの頭一つ上くらいだが、とにかくごつい体だ。
腕などオレの腰回りくらいある。
オレは奴らにガッシリと両脇を取られた。足が宙に浮く。
まるで岩の中に両腕が埋め込まれた気分だ。まったく身動きが取れない。
思わず、ヒッという声を漏らしてしまった。
パッと周りの風景が変わって、オレは荒涼とした草原の中にいた。
目の前にはコンクリートのような物で作られた高い塀が続いている。
この中がおそらく地獄なのだろう。
オレは鬼たちに抱えられるようにして、地獄の門の前まで連れて来られた。
「ここから、お前は今までの名前はなくなり、亡者番号で呼ばれることになる。」
青鬼は、オレに説明した。
「亡者番号1151144782を引き渡します。」
地獄の門には、門番だろうか、牛の頭と馬の頭をした魔人のような者が門の両側に立っている。ミノタウロスの仲間だろうか?
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地獄の門を潜ると、「ボク」は自分の過去世をすっかり思い出した。
今まで、恐怖でいっぱいだった心がすっと晴れる。
もちろん、この地獄に何回も来ていることも覚えている。
また、ここに戻って来ちまったか。
ボクは自分に誓った。
よし、即効でこの地獄から抜けてやる。
模範的な亡者として拷問に耐えて、きちんとノルマを果たすぞ。
地獄は初めてではないので、特に説明を受けるまでもない。
人間の姿をしている亡者は、広場の一カ所に集められた。
看守の牛頭馬頭が叫ぶ。
「全員、整列しろ。」
「さっそく、拷問を開始する。スクワット1000回!!」
スクワットの前に体をならすため、その場で軽くジャンプをした後、スクワット開始だ。ボクは、スクワットを効果的に行うため、ゆっくり深く腰を落とし、大腿四頭筋と大殿筋に負荷をかけた。
しかし、娑婆から戻ったばかりのためか、30回もやると足がプルプルして、その場にへたり込んでしまった。
「こらー、そこ、何やっとるか!!」
さっそく、牛頭が鞭を持って飛んで来た。
「すいません、まだ、俗世から戻ったばかりで慣れてないんです。」
「そうか。回復したら、限界ぎりぎりまで粘れ。だが無理はするなよ。体を壊したら元も子もないからな。」
「限界がきたら、水平まで腰を落とさんでもいいが、出来る回数まではやれ。」
「つま先を膝より先には出すなよ。膝を壊すからな。」
「ありがとうございます。」
ボクは、地面にへたり込みながら、隣でスクワットをやっているオジサンを眺めた。
一見、スクワットをやっているように見えるが、全然負荷がかからないやり方だ。
スクワットが終わると、五分休憩だ。
この隙に大腿四頭筋をストレッチする。明日の筋肉痛が少しは違うだろう。
休憩の後は、腕立て伏せ100回だ。
ボクは体が一本の棒になるように体幹を固め、ゆっくりと腕立て伏せを続けた。
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午後は、畑で農作業だ。
一時間畑の畝を肥やした後、休憩に入った。
ボクはフェンスによりかかり、青空を眺めていた。
なんだかのどかだな。
偶然、隣でスクワットをやったオジサンが横に並んだ。
「お兄ちゃん。また若い格好だね。」
オジサンはボクに話しかけてきた。
「まだ、娑婆っ気が残っていて。昨日、ここに来たんですよ。」
「ボク、20代で死んだから、その時の姿がまだ残っていて。」
「刑期はどれくらいだ?」
「三千年です。」
「三千年か。それくらいあっという間だよ。」
「君は、転生回数も少ないし、まだやり直せるさ。」
「オレは、一万年だ。」
「ここへ来て何百年たつのか、何千年たつのか忘れちまったな。」
「その割には人間の格好してますね。」
ボクは、オジサンを見た。丸っこい顔に前の方がはげて、お腹も出ている。
「ここは飯も悪くないし、健康的な生活が出来るから、なんか、いつまでもずるずると居続けちゃうんだよな。」
人の良さそうな顔で話しかける。でも、スクワットとかズルしてるし、意志が弱いのだろう。
だから、ここにずっといて、こんなに太っているのだ。
ボクはこのオジサンは嫌いではないが、こんな風にはなりたくないと思った。
「ボクはこんな所に何時までもいるつもりはありませんから。」
「刑期三千年って言われてますけど、きちんと拷問ノルマを果たしていれば、早めにここを出られる可能性がありますし。」
「速攻で、ここを出て、今度こそは娑婆で解脱して涅槃に至るつもりです。」
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食事の時間だ。
大きな食堂に、長いテーブルが並べられ、人間の姿をした亡者?いや、囚人たちが収穫した野菜や雑穀ご飯を食べている。
僕の隣には、あのオジサンが座っている。
本来なら、亡者番号で呼び合わなければならないのだが、煩わしいので前世の名前で呼び合っている。
「マサ、あまり食が進まないね。」
マサとはボクのことだ。
拷問で疲れ切っているので、本来食事がうまいはずだが、俗世の飯は比べたらお話しにならないくらい粗末で、とても食えたものじゃない。もっと、ガッツリしたものが食べたい。
「小林さんは、食欲旺盛ですね。」
小林さんは、好き嫌いなくガツガツと食べている。
今日は珍しく、デザートが付いた。
デザートといっても、温泉饅頭だ。
ボクは、饅頭には手を付けなかった。
小林さんは、残した饅頭に目が釘付けである。
「よかったら、このお饅頭もらえないかな?」
「ああ、どうぞ。」
ボクが饅頭を渡すと、小林さんは嬉しそうに手を出した。
一度に食べたら惜しいらしい。
少しづつ、目をつぶって、味わうように饅頭を食べている。
この人は、甘い物に目がないようだ。
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今日は、ここに来て1カ月がたった。月に一度の健康診断の日である。
煩悩計に乗って、煩悩を測られる。
「1151144782。まだ、煩悩が多いわね。」
「あまり急に下げるのも危険だから、まあいいわ。」
「先月から随分下がってるし。この調子で頑張りなさい。」
白衣をきた馬頭に褒められた。
血液検査のため、血も取られた。
診察室に入る。向こうには閻魔様が座っている。
閻魔様の顔は何も変わってない。
なのに、裁きの場面の時はあんなに怖かったのが今は少しも怖くない。
ボクの心の中では信頼すべきお医者様と言うポジションだ。
閻魔様が血液検査の値を見ながら言った。
「1151144782。まだ、欲の値が悪いですね。」
「特に貪欲や色欲の値が下がってません。」
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あっという間に数十年が経過した。
今では、スクワット一万回も楽にこなせる。
普通のスクワットでは筋肉への負荷が足りないので、50キロのダンベルを持ちながら黙々と拷問をこなす。
両足の筋肉が灼けるように痛む。
これは、業だろうか。肉離れが癖になっている。
背中に牛頭を乗せて、腕立て伏せをおこなう。
軟らかい土の上では、両腕がめり込んでしまうので、堅い岩の上に手のひらをつく。
お陰で、内臓脂肪が抜けたのか、随分引き締まった体になった。
しかし、これだけ拷問を続けても不思議なことに腕や足は太くならない。
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更に数百年が経過した。
ボクはとっくにスクワットや腕立て伏せを克服した。
煩悩も目に見えて減り、ウエストなんか針金のようだ。
相変わらず、休憩中は小林さんと話をしている。
「マサ、最近君の顔が透き通って見えにくくなってきた。」
「そうですか?自分ではわかりませんが。」
「小林さんは、相変わらず会った時の体型のままですね。」
「このまま、君が見えなくなるのが心配だよ。」
「今までもそうだったんだ。仲良くなった友達が段々透明になって二度と合えなくなったんだ。」
小林さんは、涙を流した。
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月に一度の健康診断の日である。
いつものように煩悩を測る。
「1151144782。余計な煩悩がなくなったな。」
「ボンノウ・インデックスの値も30を切った。」
診察室に入る。閻魔様が血液検査の値を見ながら言った。
「1151144782。欲の値が順調に下がってますね。」
「体への執着がなくなったので、あなたは既に人間の形を留めてません。人間にはあなたの姿が見えないでしょう。」
「不思議ですね。ボク自身は何も変わったようには感じられません。」
「今に、自分でも魂魄だけの姿にも慣れてきますよ。」
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さらに、数百年が経過した。
「私」の体が彼に見えなくなってから、小林さんとは話をしていない。
というか、こちらがいくら呼びかけても小林さんには聞こえないらしいので、最近は疎遠にしている。
健康診断の日。診察室に入る。閻魔様が言った。
「1151144782。もう、あなたはここにいる必要はありません。」
「いつ、出所してもいいですよ。」
私は、お世話になった人たちに挨拶に回った。
しかし、小林さんは私を知覚することすら出来ないのだ。
それでも、伝言でも伝えてもらおうと、小林さんの所へ行った。
小林さんは、ここ100年で別人?のように痩せていた。
スクワットやランニングに汗を流していた。
「自分もここを出るんだとやる気になってる。」
「よほど、お前との別れがつらかったのだろう。」
「こんなこと、ここ数千年なかったぞ。」
看守の馬頭が教えてくれた。
私は、彼に伝言をお願いし、地獄の出口に向かった。
外へ出ると、草原には花がいっぱいに咲いていた。
青空には、小鳥たちが鳴いている。
これから俗世に戻って、こんどこそ生まれ変わって、解脱を果たしたい。
「お世話になりました。」
私は、看守に深々と頭を下げた。
看守の牛頭馬頭たちは、手を振りながら言った。
「もう、戻ってくるなよ。」
残された小林さんの運命は如何に。
後日談としてちょっとだけ続きます。