第3話 推しにこれからの行動を聞いてみるしかない
ミオに怒られてしまったので、五万円を財布に戻す。
受け取ってくれればいいのにと思うが、推しの指示なのだから戻すしかない。生活費にこのお金は使うとするか。
「それでこれからどうすればいいんですか?」
「また後日連絡するから、今は元の世界に送り返すわ。こちらでも準備することがあるし、あなたがどう戦うか考えなければならないから」
「分かりました。これからミオさんのために戦います」
「私のためというか世界のために戦ってほしいけど、まあ今はそれでいいわ。頼むわね」
世界のためと言われたが、俺はミオさんのためにだけ戦いたい。世界がどうなろうか関係ないし、ミオさんの笑顔を守れるのであればそれは俺自身の幸せに通じるからだ。
「はい! ミオさんのために頑張ります!」
元気に返事をすると、背後に突き飛ばされてしまった。
一体何をするのかと思うが、どうやら暗い空間に入れられたようだ。入口が閉じる前にどこか悲しい顔をしていたように思えるが、見間違いかもしれないので特に気にしないようにした。
暗い空間では行く時よりも早く移動をしたようで、瞬きの一瞬で自室に戻ってこれた。ディスプレイから出る時に態勢が悪くて椅子に激突して腕が痛かったが、ミオと会えた幸福の方が高かったので痛みはすぐに気にならなくなった。
「さて、あの時は高揚していて特に不思議に思わなかったけど、普通に考えたら推しが現実に現れるなんておかしいよな。それも異世界に一緒に来てだなんて」
ベットに寝転がりながら天井を見つつ考える。
VTuberだと思って見ていた推しが、異世界人で俺に世界を救ってほしいか。普通に見たら何かの勧誘かと思うけど、実際にディスプレイに入って異世界に行けば信じるしかない。だが、何の力もない俺がミオさんを見れただけで戦えるのだろうか。
特段身体を鍛えていた訳でもなく、人生の全てを夜桜ミオを推すだけに使ってきた。
「俺に何の力があるっていうんだ」
推しと出会えて喜んでいたが、本当に戦える力があるのか分からない。
ミオさんは準備をすると言っていたから、何かしらしてくれると思う。それを今は待つしかないことがもどかしいな。
「次はいつ来るとも言ってなかったから、とりあえず連絡を待つしかないか。あ、今は何時だ?」
二十時に瑠璃が夕食を持って来てくれる約束だけど、異世界に行っていた時間を考えていなかった。
「え? どういうことだ?」
机に置いていたスマートフォンの時刻を見ると、十九時十五分と画面に表示されていた。
「絶対三十分以上は経過してたはずなのに、全然時間経ってない!?」
異世界とこっちじゃ時間の進みが違うのかな。そこもミオさんがまた来てくれた時に聞かないと。
「とりあえず、起きたことをメモに書いておくか」
机の引き出しからメモ帳を取り出し、そこにミオにお願いされて異世界に行ったことや救うことを書いていく。
「やっぱり普通に見たら空想の物語みたいだな。だけどこれがさっきまで現実に起こったことだなんて思えないな」
微笑していると、家のチャイムが鳴った音が耳に入ってくる。
どうやら気が付かないうちに二十時になっていたようだ。夜桜ミオと会ったことは瑠璃に伏せることにし、晩御飯を食べることにした。
「出雲ーいないのー? 晩御飯だよー」
外から瑠璃が呼ぶ声が聞こえる。
確かカレーだったな。瑠璃の作るカレーは絶品で満腹以上に食べちゃうから気を付けないと。
「今行くよー! 待っててー!」
一階に降りて玄関を開けると、そこには鍋を持っている瑠璃の姿があった。
「カレー持って来たけど、重いから早く中に入れて!」
「わ、分かったよ!」
腕がぷるぷると震えていて、確かに重そうだな。代わりに持ってあげた方が良いな。
「俺が代わりに持つよ」
「ありがとう。実際重くて大変だったわ」
「皿で持って来ると思ったけど、鍋だとは思わなかったよ」
「いつもコンビニの弁当や総菜ばかりでしょ? だから、これからちょこちょこ作ってあげようと思って」
「ありがとう! 瑠璃の料理は最高だから、毎秒食べたいよ!」
「そんなに食べたらお腹壊すわよ? できるだけ三食持って来るから、それで我慢してね?」
「ありがとう! これから毎日楽しみだなー」
瑠璃に負担をかけていないか不安だが、喜んでいるから今はこれでいいはずだ。
笑顔で後ろを歩く瑠璃を見ながら自室に移動した。小さな小机を用意し、そこに鍋を置く。
「あ、もしかして白米ない感じ?」
「ないかな。前に作ったらべちょべちょで瑠璃に怒られたじゃん。それから作るのやめたんだよ」
「そんなことあったわね。なら、家から持って来るわ! ちょっと待っててね!」
パタパタと足音を立てながら瑠璃は家から出ていく。
「ま、料理に関しては瑠璃に任せた方が一番だな」
鍋の蓋を開けて中身を見ると、リンゴの甘い匂いが微かに漂ってくる。
隠し味で入れているようだ。瑠璃が辛いのが苦手なため、リンゴを入れて甘さで辛さを和らげていると聞いたことがある。
「とりあえず戻って来るまで待つか」
椅子に座ってパソコンのディスプレイを見ると、アップスターが強制的に起動した。
「な、なんだ!? 急にアップスターが起動した!?」
クリックしてもいないのにアプリが起動するなんてバグだろうか。
何度か閉じようとするが、フリーズしているかのように反応しない。本当に壊れたたのかと思い焦って確認をしていると、ディスプレイから夜桜ミオが姿を現した。
「さっきぶりだけど、ごめんね! 一緒に来てほしいの!」
「急過ぎませんか!?」
「ごめんね、でもあちらからの指示なの!」
あちらとは異世界のことで間違いないだろう。ミオさんへ指示を出せる人ということは、組織的に動いているということだ。
でも、急に呼びに来るということは何か状況に変化があったということで間違いないだろう。しかし、この状況を瑠璃に見られたらどう説明をすればいいのか。
ディスプレイに入ったとなれば、目を疑って発狂をするかもしれない。なら――すぐに入るしかない。
「今すぐ行きます! 早く行きましょう!」
「きゅ、急に乗り気ね……何かあったの?」
「幼馴染が来てて、あっちの世界に行く姿を見られたら説明が難しいと思いまして」
「なるほど、ならすぐ行った方がいいわね。準備はいい?」
「はい! よろしくお願いします!」
前回と同じように、ミオに頭を掴まれてディスプレイに入っていく。ちょうど全身が入り切った時、部屋に瑠璃が入って来た音がなぜか聞こえてきた。
「この空間でも外の音は聞こえるんですね」
「以前は聞こえなかったらしいんだけど、不都合があったみたいで調整したらしいわ」
「不都合ですか?」
「私は末端だから知らないけど、聞いた噂じゃ、君のようなこちらの世界に適合する体質を持つ適性者を移動させる際に部外者に見られて騒ぎになったらしいの。それから外の音を聞こえるようにして、最新の注意を払うようにしたらしいわ」
だから聞こえるのか。ていうか、ミオさんが末端ということは、やはり組織的に動いているということだよな。戦う力があればいいけど、推しを推すことしかできない俺に何の力があるんだろう。
一抹の不安を抱えながら、暗い空間を突き進むしかない。緊急の呼び出しが悪い方向でなければいいと思いながら、頭部に感じるミオの手の感触を感じていた。