09 ユイカの冒険者登録
昨日、王宮で行われる剣術試合、いわゆる御前試合の出場登録を行った。
一人で行くと言ったのに、エメラルドもイリヤもユイカも一緒について来たから悪目立ちをしてしまったぞ。
あいつら見てくれがいいから、会場中の注目の的だった。
登録会場にいたのは、ほとんど男だけだったしな。
それにしても御前試合か。
同じ流派からは一人しか出場できない。
グレアス一刀流からはずっと先代が出てたから、オレは出場したことがないんだ。
だからこそ、ずっと出場したかった憧れの舞台ではある。
自然と、木剣を握る手にも力が入った。
早朝の道場に風切音が響き渡る。
いつものようにグレアス一刀流の各種の型を反復稽古し、気持ちの良い汗を流した。
汗を拭きながら庭を眺めていると……お、庭の植木から葉が落ちそうだ。
慌てて立ち上がり木剣から、真剣に持ち替える。
1・2・3……
はらりと葉が落ちるのを、集中を切らさずに待つ。
葉が枝から離れ、宙を舞う。
シュッ、シュバッ
横一文字に剣を走らせ、刀身を裏返し、また一閃。
いわゆる燕返しだ。
はらはらと葉っぱが3つに割れて地面に落ちた。
よし、集中できてるな。
達成感を感じながら、剣を納めた。
パチパチパチ。
拍手が聞こえた。
「先生が真剣振るってるの、久しぶりに見たよ!
やっぱり凄いね!」
ユイカは嬉しそうに飛び跳ねていた。
「燕返しでの落ち葉斬りだなんて……良いものを見せてもらっちゃったわ」
日傘を差した女性は、ゆったりと拍手をしてくれていた。
「ああ、大家さんでしたか」
「ふふ、できればシルメリアと呼んで欲しいわ」
この家の所有者でオレの教え子の保護者「シルメリア・バウンス」。
道場を格安で貸してくれている大家さんだ。
いつも日傘を刺し、黒いドレスをコルセットでしめつけているシルメリアさんは、年頃の娘を持っているとはとても思えない美貌と色気の持ち主だ。
「さて、家の鍵も開け終わったことだし、私はもう帰るけれど……門下生のみなさんへ、パイを焼いたの。
ユイカちゃん、良かったら門下生のみなさんと食べてね」
「シルメリアさん、ありがと!」
シルメリアさんは大きなバスケットをユイカに渡した。
「もちろん、アスランさんもいっぱい食べてくださいね」
「はは……いただきます」
ユイカが買ってきたクリームパイを食べてからというもの、オレとしたことがちょっとパイが好きになってしまった。
「じゃ、ユイカちゃん。
また鍵を開けたくなったら私に言うのよ?」
「はーい」
「ふふふ、アスラン先生。
ユイカちゃんはいい子よ、先生を起こしたくないからって言って、いつも私に鍵を開けてもらいに来るんだもの」
そう言い終わると、シルメリアさんは帰っていった。
「……寝てる間にユイカが忍び込んでいる件、謎が解けたな」
「むう、人聞きが悪いこと言わないでよ。
先生を起こしたら悪いなって思ってるだけでしょ?」
ユイカは口を尖らせた。
「大家さんに鍵開けてもらうなよ」
「だってさ、先生寝てると起きないんだもん」
「「おはようございます‼」」
ユイカと話していると、いつの間にやら門下生が道場に集まって来ていた。
「さ、みんな!
エメラルド師範代と、イリヤ師範代が来る前に道場の掃除と食事の用意をするわよ!」
「はい‼」
ユイカの号令で、うら若き門下生たちが各々の持ち場に別れ、掃除や炊飯、食事の用意を始めだした。
いや、というか、いつの間にエメラルドとイリヤが師範代になったんだ?
ここ何日かでこの家が、急速に道場になりつつある気がする……
オレは道場主になったつもりはないんだが……
女生徒たちが掛け声を揃えて雑巾がけをしていた。
「アスラン一刀流、えいえいおー」
「「えいえいおー」」
いや、その掛け声誰が考えたんだよ?
「教え甲斐がある子たちですね」
いつの間にか起きていたエメラルドが皆の様子を見て、満足そうにそう言った。
「起きてきたのか。
エメラルド、パイがあるぞ」
「え?
どこにですか?」
「ボクも食べるよ」
イリヤが目をこすりながら、パイをもらいに来た。
「「いただきます‼」」
出来たてのパイをエメラルドとイリヤと一緒に食べる。
「あ、先生たちばっかりずるい!」
ユイカを先頭に門下生たちがわらわらとパイに群がった。
「いや、いっぱいあるのにわざわざオレが食べてるの取るなよ!」
「油断大敵だよ、先生」
ユイカはわざわざオレが握っているパイを横取りして食べた。
いや、まだあるからオレはもう一個食べるからいいんだけど?
とても真面目な門下生たちだが、パイを食べてるときは、元気よくはしゃいでいた。
――稽古を終え、ユイカと二人で冒険者ギルドへ。
受付に行ったユイカは今日、初めて冒険者登録をするらしい。
さて、今日はどんな依頼を受けようかな?
とは言ってもオレは冒険者ランクが低いから護衛任務やダンジョン探索などはまだ出来ない。
一番低い木ランクだから、こつこつと採集任務や人探し、弱い魔物の討伐を行ってランクを上げていくしかないらしい。
ん? 何だかトルトナム湖周辺の依頼が多いな。
あそこは普段スライムくらいしか出ないはずだけど……
「先生、冒険者登録終わったよ!」
ユイカは嬉しかったのか、飛び跳ねていて、二つ結びの黒髪が上下に揺れていた。
「へへ、先生と同じ木ランクだよ」
「何だと? オレと同じなんてユイカは実力者だな」
「うん、嬉しい‼」
おっと、冗談のつもりだったが、ユイカは嬉しがっている。
単純にオレと一緒のランクってことが嬉しかったのかな。
はは、子どもっぽい奴だな。
「先生、私ね。
この子と明日、冒険に行くんだ」
ユイカは自分の後ろに隠れた友達を、ぐいっと前に押し出した。
「は、はじめまして……」
銀色の長い三つ編みが特徴的な女の子。
三角帽子に黒いローブが、いかにも魔術師っていう装いだ。
銀縁の丸眼鏡も大人しそうな感じを出すのに一役買っていた。
ユイカは一般的な女の人くらいの背の高さはあるけど、この子はまだそれより一回り小さい。
人見知りするタイプのようだから、目線を合わせてやるか。
膝を曲げて、笑顔を浮かべて話しかけた。
「こんにちは。
オレはユイカの剣の先生で、アスランって言うよ」
「あ……私、魔術師見習いのカンナ・バーゼルガードって言います。
ユイカちゃんは先生のこと、強くて優しいって言ってます。
いつも先生の話を聞いてますから、私も初めて会うって感じがしません」
オレにつられたのか、カンナも笑顔を見せてくれた。