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86 クロードの剣

 瓦礫につぶされた人がいないか辺りを見回してみるが、逃げ遅れたものはいないようだ。

 イリヤとレイラたちが首尾よく観客たちを逃がしてくれたのだろう。


 観客の無事を確認すると、全身に張りつめていた力が抜けていくのを感じた。

 

 まだひとつ片付けなければならない問題が残っているが……


 周りを見渡してみれば、日が落ちかけていて辺りをオレンジ色に染めていた。


 ふと、クロードと目が合った。


 オレが視線を流した先には盾を構えた兵士がいた。

 クロードは、その兵士を見ると目を見開いたように見えた。


 さて、疲れたから、あとはクロードに任せるとするか。


 全身を脱力させ、イリヤたちの元へ合流するべく歩みを進めた。

 ……ただ歩くだけなんだが、かなりしんどい。

 これが、闇魔法に晒された影響なのだろうか。


 不意に兵士が近づいて来て、盾で目立たぬよう隠していた剣を振り上げ、オレの背中目掛けて振り下ろした。


「「先生!!」」


 イリヤが気づいて叫ぶ。

 背中に刃が届く前に、クロードが折れた剣を持って間に入った。


 ガキィインと剣のぶつかる音がする。

 折れた剣に力を込め、クロードは必死に兵士にあらがっていた。


「……おおおおおおお!」


 渾身の力を持って兵士の剣を吹っ飛ばすと、その勢いのまま、クロードは兵士に体当たりをし、態勢を崩した兵士は盾を手放し、たまらず膝をついた。


「ア、アンタは……」


 レイラが驚いて声をあげた。

 

 ……兵士に扮していたのは、アルス王子。

 アルス王子は立ち上がると、甲高い声で兵士たちに語りかけた。


「何をやっている、マリクが暴れたおかげでさすがのアスランも満身創痍と言った様子。

 反逆者アスランの首を取るのは、王子の務め。

 何だ、クロード。

 それとも、反逆者をかばうとでも言うのか。

 兵士たちよ、何をやっている!

 反逆者アスランを捕らえよ!」


 闘技場のいまにも崩れそうな壁に、アルス王子の声が反響する。


 王やアルス王子が連れてきた闘技場にいた兵士たちは、まるで固まってしまったかのように一歩も動かなかった。


「どうしたお前たち、私の命令が聞こえぬのか!」


 アルス王子の声は、まるで兵士たちの耳には入っていないようだ。


「お、お前らああああ!」

「王族がそう吠えるもんじゃない、アルス。

 父上からさっき教わったと思うけどな」

「……クロード」


 アルス王子は、クロードに向かって盾と剣を構えた。

 クロードは、アルス王子を睨みつけながら、折れた剣を握りしめた。


「反逆者を守るつもりか、クロード、答えろ!」

「……守るって言ったらどうする?」

「おのれクロード!

 反逆者を守るのであれば、そなたも反逆者と同じ。

 ひっとらえて処刑してくれるわ!

 皆の者、クロードを捕らえよ!」


 兵士たちはアルス王子の言葉に耳を貸さないようだ。


「お前たち、何をしている!」

「アルス、あまり兵士たちを責めてやらないで欲しいんだけど。

 今、何も動かないのは彼らなりの忠誠心があってそうしてるんだからさ」

「何が忠誠心だ!

 王位継承権、第一位のアルス王子の命を聞かぬとは……」


 クロードはつかつかと武器を構えたアルス王子に歩み寄った。


「な、何だ……」


 睨みつけながら前進するクロードの圧力に、アルス王子はじりじりと後退した。


「兵士である彼らにも家族がいるんだ。

 御前試合はこの国の一大イベントだから、家族が見に来てるものだっているだろう。

 ねえ、アルス。

 わかる?

 反逆者のアスラン先生が皆を助けてくれた。

 それに対して、王子の君はマリクを使って観客を命の危険に晒した。

 アルス、お前は彼らが斬りかかってこないことに感謝するべきなんだ」


 クロードはあちこちの兵士を指さした。

 彼らは無言でアルス王子を睨みつけていた。


 クロードの言う通り、兵士たちはアルス王子に斬りつけたい気持ちを忠誠心で押さえつけているのだろう。


「う……うわああああ!」


 殺気の混じった兵士たちの視線に耐えかねたのか、アルス王子は剣先をクロードの身体へ向け、叫びながら突撃してきた。


「カーライル剣盾術の使い手が、やすやすと先手で攻撃してくるなんてね」


 アルス王子の修めた剣術は、盾を主体とした守りの剣術だ。

 先手の型もあるはずだが、守勢から入って相手の隙を狙うのが常套手段のはずだ。

 クロードの言う通り、アルス王子は精神的に追い詰められ自分が修めた剣術の基本すら、頭から抜けてしまったのだろう。


 アルス王子が繰り出した突きを、クロードは槍破の型で対抗。

 身体のギリギリまで引き付けて、折れた剣でアルス王子の剣を跳ね上げた。


「「おお……」」


 周りからは感嘆が漏れた。

 槍破の型は失敗すると、大ダメージを負うから繰り出す方の心理的重圧が大きい。

 

 しかし、リーチの短い折れた剣で普通の剣に対抗するなら、うちの流派の技の中でも一番適した技であることに疑いはない。

 クロードのセンスには光るものを感じていたが、度胸まで備わっているとは思わなかったぞ。


 ……もし、クロードが辞めずに道場に通っていたら今頃、どれほど強くなってたんだろうか。

 おっと、感傷にふける暇はないか。

 

 アルス王子は跳ね上げられて盾と剣を落とし、剣をクロードが拾った。


「くそ……」


 慌てて盾を拾おうとし、しゃがんだアルス王子の首にクロードが剣を突き立てた。


「やめろ、やめてくれ!

 クロード、お願いだ。

 剣を納めてくれ!」


 フィリップ王が慌てて駆けつけ、クロードの身体に触れた。


「……父上のご命令ならば」


 クロードは恭しく礼をすると剣を放り投げた。


 その様子を眺めていると、イリヤと視線が合った。

 ぱちくりと瞼を何回か閉じている。

 ……ああ、今のうちに出ていこうってことか。


「じゃあ、フィリップ王。

 騒動は収まったから、オレたちは出ていくよ」

「ふん、アスランよ。

 ……出ていくと言って出ていく反逆者なんておらんぞ」


 フィリップ王はニヤリと笑い、手をあげた。


「許せ、アスラン。

 生体魔導具を倒したものをやすやすと逃がすわけには行かんからな」


 先ほどまで微動だにしなかった兵士たちが、武器を手にオレを取り囲んだ。

 ……おっと、さすが一国の王の指揮、見事な包囲網だな。


「「先生!」」


 イリヤとエメラルドがオレの側に駆け付け、武器を手に構えた。


「はいはい、ごめんなさいね」


 レイラがアコを背から降ろし、オレに預けた。

 寝てるところを起こしたくないので、同じようにゆっくりとアコを背負った。


「さすがにギルドマスターの私は王様とは喧嘩できないからね。

 まあ、アスランさんなら、それでもうまく切り抜けるんだろうけどね」


 レイラはそう言うとオレに向かって笑いかけた。


「オレだってアコを背負ってやすやすとは逃げられないけどな」

「レイラ、いいところに。

 ワシに力を貸せ、アスランほどの男をユトケティアから失いたくはなかろう?」


 王はレイラに声をかけた。


「……私は反逆者にはなりたくないからね。

 いいね、アンタたち。

 アスランさんたちと戦えるまたとないチャンスだ。

 胸を借りるつもりで気合入れなよ!」

「「おお!」」


 辺りに潜んでいた冒険者たちがわらわらと詰めかけてきた。レイラは武器を取り、王の反対側に移動し、包囲網を分厚くした。


 くそ、冒険者たちめ。

どいつもこいつも見た顔ばっかりだな。


「……レイラ、ちょっとひどいんじゃないか?」

「はは、何言ってるのさ。

 王からの依頼を無視するギルドマスターなんているもんか」


 レイラは笑って、剣を抜いた。


「……いいね、アンタたち。

こんな強い相手と戦える機会なんて滅多にないよ……気合入れな!」

「「おお!」」


 冒険者たちの気合の入った叫びが会場を揺らした。

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