85 いかなる時でも油断をするな
「ち、畜生……」
氷の刃で切り裂かれたマリクの身体は、あちこちから血が噴き出していた。
ただ、それでもマリクは膝をつかない。
血走った眼で、オレを睨みつけていた。
「マリク、降参しろ。
生体魔導具に取り憑かれているようだが、今手当てをすれば命死なずに済むかもしれん。
ただ、そんなに血液を流していては、すぐに死んでしまうぞ」
剣を手放そうとしないマリクへ語り掛けた。
「……ククク、ハハハハハ!」
マリクは口から血をこぼしながらも、腹から絞り出すように笑っていた。
「マリク、何がおかしい?」
命を捨てることをなんとも思っていないようなマリクの態度に不気味なものを感じた。
「命なんていらねえよ。
……手に入らないんなら、いらねえんだよ。
金も、女も、権力も、手に入らねえならいらねえんだ!
手に入らないものは、この世にないと同じだろうがッ!」
マリクは左手で生体魔導具の鞘の中へ腕を突っ込んだ。
プシュギュル、と肉塊がつぶれる音がして、鞘から血が噴き出した。
「へへへ……もう終わりなんて言わせねえぞ。
速くここから肉を出してよ、オレの身体、全身へつなぎやがれよ。
こんなもんじゃねえだろ、生体魔導具よお……オレはアスランを倒す……だからよ、てめえも全力を出しやがれ!」
手が突っ込まれた生体魔導具の鞘から、多量の肉塊がはじるようにあふれ出し、マリクの身体にまとわりついた。
まるで肉塊自身が意思を持ったかのように、傷ついたマリクの身体を埋めていき、それ以外の肉塊たちはすべて右手の剣に集結、すぐに真っ黒に変色し、硬質化していった。
常人では振るうことのできぬほど、長く巨大な剣。
それとマリクの右腕が完全に同化し、硬質化していた。
「生体魔導具。
てめえ、やりゃあできんじゃねえか!」
生体魔導具に浸食され、紫に変色したマリクの顔には、これ以上ないほどの笑みがあふれた。
「おおおおおおおおおお!」
マリクが天空に突き出した剣は、暗く沈んだ濃い紫の瘴気をまとわせ、背丈の3倍ほどの剣は見るものを圧倒していた。
「行くぞ、アスラン」
「……ああ」
さて、できれば先手を取りたいところだが……
あまりにリーチの長いマリクの剣を見れば、回避から入ることを念頭に置く必要があるな。
マリクが構えるのに合わせて、中段で剣を構えた。
瘴気の濃さから判断するに、強い闇の魔力を纏わせているようだ。
「おおおおおおお!」
駆け寄ってきたマリクは上段から剣を振り下ろしてきた。
くそ……剣から立ちのぼる魔力が強すぎる。
ただ回避するだけでは、オレの後方にいる王やクロード達に影響が出てしまうな。
ちらりと後ろに視線を向けた意味を、イリヤが察してくれたようだ。
「みんな下がって!」
ただ、王たちが今から逃げたところで魔法力が届いてしまうだろうな。
「はあああああ!」
飛び上がって剣を斬り上げ、マリクの剣と斬り結ぶ。
瘴気を食い止めるべく、あえて真正面から生体魔導具とぶつかったが、空中で剣が衝突するその際にあふれた闇の魔法力がオレの身体を侵食した。
「ぐううううう……はああああ!」
痛みに耐え、剣が交差した状態からすぐに身体を反転させ、マリクを真下に叩きつけようとする。
マリクはうまく地面に着地し、剣を斬り上げてきた。
「はああ!」
空中で何度か斬り結び、着地したオレへ向かって振り下ろしたマリクの剣をやっとの思いで回避する。
正直、真正面からの力勝負だと、さすがに生体魔導具相手は分が悪いな。
「く……」
剣が交差するたび、剣からあふれる瘴気に身を侵食され、全身に耐えがたい痛みが走る。
「どうしたんだよ、さっきからお前の氷の剣、うんともすんとも魔法力を出さねえじゃねえか」
エメラルドからもらった剣は……要は、魔力切れだな。
「はははは、全身を瘴気に侵され、頼みの魔法剣も使い尽くしちまったんだろ?……おい、アスラン命乞いしろよ。
そしたら、痛みを感じねえように優しく殺してやるからよ」
「マリク、口を動かさずにさっさと剣を振れ。
いかなる時も油断をするな、先代からそう教わらなかったのか?」
「減らず口を……だったら今すぐ、殺してやるよ!」
マリクが思いっきり振り上げた剣が、マリクの手からすっぽ抜けた。
「な、何だと?」
その隙を見逃さず、手刀でマリクの首の後ろを打ち据えた。
「ぐ……」
「瘴気に浸食されるのに、好きでお前と剣をぶつけ合ってるとでも思ったのか?
剣とお前を切り離そうと、接着面だけに斬撃を加えてたんだよ」
「ち……ちくしょう……」
マリクは、意識を失い頭から地面に落下した。
「先生!」
紐がイリヤから投げ込まれた。
地面に倒れたマリクの手足を素早く結ぶ。
……正直、オレの体力もギリギリだから、万が一にでも逃げ出さないようにきつく縛っておかないとな。
「さて、お前らも悪さしないように、お灸を据えてやらなきゃな」
剣を振り、生体魔導具の鞘と剣を切り裂くと、間髪入れずにエメラルドが凍らせてくれた。
生体魔導具を切り裂いた途端、倒れたマリクの紫色の顔に少し生気が戻ったようだった。
「エメラルド、助かったが……魔法なんか使って大丈夫か?」
「……気合です。
ふらふらしますが……気合です」
強がるエメラルドだが、その顔には血の気が薄い。
「……無理するな」
そう言ったオレも足がふらついて、慌てて剣を地面に刺して杖代わりにした。
「危なかった」
「先生こそ無理しないでください」
オレたちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「お互いにだな」
「ええ」
エメラルドは自分の体力もかえりみず、無理ばっかりする印象だが、なるほど、そういったところはオレに似たのかもしれないな。
「先生、ボクの肩につかまってもいいよ」
イリヤが手を差し伸べてくれた。
「いや、大丈夫。
それより、クロードと王の様子を見てくれ。
瘴気と近かったからな」
「……無理しないで。
わかった、そうする」
イリヤは心配そうな顔をしていたが、すぐに走り出し、王とクロードの様子を見に行った。
さて、アコは……当たりを見回してみるが……いない。
「アスランさん!」
ギルドマスター、レイラがオレに手を振ってくれた。
「お探し物はこの子かな?」
レイラが背中を見せてくれると、その背にはアコがおんぶされていた。
「そうか、助かったよ」
「ははは、何言ってるのさ。
ユトケティアを追放されたのに、みなが避難する時間を作ってくれた。
感謝するのは、こっちの方さ」
笑みを浮かべるレイラに近づき、アコの顔を覗き込んだ。
「……気持ちよさそうに寝てるな」
「瘴気は体に悪いようだからね、きつそうだからおんぶしてあげてたらいつのまにやら寝てたよ」
アコの頭を撫でてやった。
「頑張ったな」
「……私も頑張ったんだけどねえ」
レイラが頭を近づけてきた。
一瞬、思わずなでようかと手を動かしてしまったが……
レイラは大人の魅力的な女性だ。
そんなことしたら、オレの方が動揺してしまう。
「大人をからかうなよ」
あくまで冷静にそう言い返した。
「ははは、からかってるってわけでもないんだけどね」
レイラはボソリと小さい声でそう言った。
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