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82 生体魔導具の力

「アルス王子、どうします?

 アスランに手を出すということは、ガーファと戦争をすると言うことですよ!」


 ノイスが青ざめながら、アルス王子の周りをうろうろしていた。


「父上」


 アルス王子は、フィリップ王の側に来てひざまずいた。


「アスランをどうします?」

「アルス、ガーファと戦争をしたいのか?

 手出しをするということは、そういうことだぞ」


 アルス王子はゆっくりと立ち上がった。


「ですが、ユトケティアから追放されたものを侯爵と認めるなど、ガーファは明らかにユトケティアを軽んじています。

 このままアスランを見逃せば、『ユトケティアは弱腰だ、ガーファに屈服した』と各国からのいい笑いものですよ!」

「う、うむ……だが、最近のユトケティアの繁栄は、戦禍を避けた賜物じゃ。

 ワシは、戦争を起こしたくはない……」


 フィリップ王は頭を抱えていた。


「……ここは、私に任せてください。

 平和を愛する父王へ。

 私が平安を差し上げたいと思います」

「そんな方法があるものか、あれば教えてみよ」

「了解しました」


 アルス王子はつかつかとマリクの元へ近づき、魔法を使って叩き起こした。


「ぐ……お、俺は負けたのか」

「そうだ、そなたは何も手にすることはできなかった。」

「う、うおおおおおおおおお!」


 マリクの慟哭が、観客のざわめきをかき消した。


「何も手に入れてないお前に対して、アスランはすべて手に入れたぞ」

「アスラン……」

「火龍を倒し、剣聖のお前を倒し、金と栄誉と権力と武勇と名声を手にした。

 あまつさえ自らの弟子の王女をその手練手管でたらし込み、侯爵にまで昇りつめた。

 それなのに、お前には何もない。

 愛した女も、手にした名声もすべて……失ったのだ。

 手に入れられないものなら……すべて消えてしまえばいい」

「……不思議とアンタの言葉は、オレの胸にストンと落ちる」


 アルス王子は、マリクの肩を抱きしめた。


「マリク。

 すべて壊したければ、この剣を握りしめ、その身を委ねよ」

「【生体魔導具リビングガジェット】か……くくく、使ったヤツらはみんな廃人になっちまったと聞く。

 ただ、そうだな。

 目の前にぶら下がってる、手に入らないものを眺めて生きていくよりは……すべてぶっ壊したら、ちょっとは心地いいだろうさ」


 マリクは小袋から、鞘に包まれた小剣の形をした【生体魔導具(リビングガジェット)】を取り出し、全力で握りしめた。


「あれは、【生体魔導具(リビングガジェット)】!」


 氷の中からエメラルドの声がした。


「ただの兵士を最悪の殺人兵器と変身させる悪魔の道具と聞いたことがあります。

 開発したクライフ神聖王国ですら封印した魔導具がなぜここに?」


 マリクが鞘から小剣を抜き放つと、鞘から紫色をした瘴気が吹き上がりあっという間に辺りは曇天と化し、【生体魔導具(リビングガジェット)】を中心に稲光が立ち込めた。


「ぐああああああ!」


 鞘から飛び出してきた肉塊が、マリクの右腕を包み込み、マリクが剣を持っているというより、剣にマリクが飲み込まれたというような状態にしか見えなくなった。

 肉塊はすぐに硬質化し、黒光りしていた。


「アルス様、あんなものを我がクライフ神聖王国から持ち出していたのですね……」


 ノイスは呆然としていた。


「……ノイス、父王を避難させよ。

 逃げ遅れたならば、そなたも死ぬぞ」


 アルス王子は、騎士たちに連れられスタスタと逃げていった。


「ちょっと待ってください、アルス王子……私はこの国の王なんかに恩はない、私だって逃げますからね!」


 ノイスはあっという間に姿を消した。


 観客の大半は、舞台で起こっていることに釘付けとなっていた。


「うおおおおおおお!」


 右半身を生体魔導具に包まれたマリクは空中に飛び上がると、大きく剣を振り回した。


 闘技場の壁が崩れ、上からその断片が落下していく。


「う、うわあああああ!」

「まずい、観客にぶつかるぞ」


 飛び上がって、ひときわ大きいかけらを砕く。

 イリヤも加勢したが、無数の石つぶてから観客を守るすべなど存在しなかった。


 あちこちで悲鳴が上がり、頭上から血を流した観客たちが我先に闘技場から逃げだそうとしてパニックを起こしていた。


「マリク!」


 オレは、やめさせるためマリクに近づいた。


「マリク、お前何やってるんだ!

 仮にも剣聖だろうが、人を傷つけるんじゃない!」


 マリクはくるりと振り返った。

 生体魔導具によって、身体機能と魔力を強化されているのだろう、空中を浮遊し、魔力を体にまとわせていた。

 マリクの顔は生体魔導具の干渉を受けて血走り、紫がかった色に変色してしまっている。


 オレはそんなことよりも、人を傷つけたマリクの瞳が平然としていることに恐怖を覚えた。


「いらないんだよ」


 抑揚を抑えた話しぶりに背筋が冷えた。


「何がだ!」

「俺を称賛しない観客なんていらない。

 俺に栄誉を授けない王なんていらない。

 俺を愛さない女なんていらないんだ」


 この思考回路も生体魔道具の影響か?

 ちょっと下衆すぎるんだが……


 マリクは左手に魔力を集め、フィリップ王めがけて射出した。


「う、うわあああ」


 オレはその魔法弾に近づき弾き飛ばした。


「ははは、アスラン。

 王だけを守ってると観客が死ぬぞ?」

「何だと?」


 魔法弾を飛ばし、闘技場の外壁を破壊しつつ、破片を投げ散らかすマリクの攻撃をすべてふせぐことはできず、王めがけた魔法弾は王をかばった騎士たちへと命中した。


「ぎゃああああ!」

「いいこと思いついたぜ、王が剣聖を任命するんだ。

 だから、今王を殺せば、オレは剣聖のままだよなあ?」

「やめろ!」

「うるせえんだよ、アスラン。

 一人の王と、観客の一家族。

 お前はどっちを守るよ?」


 マリクは観客席の中、赤子を連れて逃げる家族連れに魔法弾を発射し、真逆の方向にいる王を殺しに行くため、自ら駆け出した。


「クソ!」


 迷ったが、王を守る騎士たちの奮闘を期待し、オレは観客席にいた家族連れを守ることにする。

 

 家族連れへ向けられた魔法弾を弾き飛ばし、踵を返して全力で王の側に駆け寄った。


「クロード!」


 駆けつけた時には、王を狙うマリクの剣をクロードが必死に防いでいた。


「ワシのことはいい、クロードそなたは逃げろ!」

「……王宮暮らしは辛かったけど、父さんが僕と母さんを守ろうとしてくれたことは知ってるから」


 クロードはフィリップ王に笑いかけた。


「だから、父さんこそ逃げてよ」

「クロード!」

「くくく、クロード王子アンタ剣筋はいいけど……やはり剣速不足だな。

 練習が足りねえ」


 マリクが力を込めて剣を振ると、それにぶつけたクロードの剣がポキリと折れた。


 剣が折れたとみるや、クロードは無手でマリクに立ちふさがった。


「王が殺せねえだろうが、死ねよ王子」


 マリクはクロードに剣を振り下ろした。


 突撃しながら斬り上げ、マリクの剣を全力で跳ね上げる。


「くッ……」

「おおおおお!」


 返す刀で斬り下ろしたが、マリクはふわりと浮かび空中に回避した。


「そうか、お前が空中に逃げれることを計算にいれてなかったな」

「ははは、残念だったなアスラン。

 お前の剣が届かない場所にオレは立てるんだ」


 口角を歪め、嬉しそうにマリクは笑っていた。

 

「先生!」


 イリヤがオレの元へ駆け寄って来た。

 マリクを倒そうにも、空中を飛んでると手を出すのが難しいうえ、オレを倒すより、他の人を狙うから、マリクから守るのも難しい……


 オレはイリヤに耳打ちをした。


「オレがマリクを引き付けるから、王や観客をすべて逃がしてくれ」

「わかった……先生、生体魔導具が相手だけど、一人で大丈夫?」

「……どうだろ。

 ただ人手があるなら戦うより少しでも早く避難させてくれたほうが、オレとしてはありがたいな」

「わかった、やってみるよ」


 イリヤはうなずいた。


「アスラン・ミスガル侯爵、ボクが隣にいない間に負けたら怒るよ?」

「はいはい、分かりましたよイリヤ姫」


 イリヤは軽口を叩いた。


「先生、アコはボクが連れてくよ。

 少なくともここよりは安全だろうから」

「アコ、それでいいか?」

「アスランさん、頑張ってね!」


 アコはイリヤにフードを被せられ、ヒョイッとイリヤの肩に抱えられた。

 支援魔法で腕力強化したんだろう。


 さて、観客を逃がすのは、イリヤに任せたらうまくやってくれるだろ。

 ……避難が終わるまでは、仕方ないがずっと守勢に回るしかないな。


 まあ、愚痴を言っても仕方ない。

 師匠はもういないんだから、弟弟子の不始末をなんとかするには、兄弟子のオレしかいないんだから。

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