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81 国を捨てるということ

「そのために反逆者になろうとも……か?」


 フィリップ王は真剣な表情でオレを見据えた。


「はい……」


 その眼差しから目線を外さず、しっかりと頷いた。


「……吸血鬼を逃がすわけにもいかぬし、吸血鬼をかくまおうとするものを国外に逃がすわけにもいかぬな。

 特にアスラン。

 王都ディオラの民に慕われておる、そなたであればなおのことじゃ」


 王が腰に帯びていた細剣を抜き放ち、頭上に掲げた。

 

 それが合図だったのだろう、王が観客の間に忍ばせていた軽装兵がぞろぞろと出て来て、オレたちを取り囲んだ。


「父上、この者たちは?」


 アルス王子は驚いていた。


「御前試合は、他国の間者が入り乱れる場じゃ。

 じゃから、咄嗟のことに対応できるよう、ワシの合図で動く軽装兵をかなりの数潜り込ませておる」


 王が細剣を俺に向けると、観客にまぎれた軽装兵達は服に仕込んでいた刃物を取り出し、刃先をオレに向けて突き出した。


 王自ら戦う気などないのだろう、細剣をすぐに部下へ投げ渡すと、自分は屈強な兵士たちの後ろに隠れた。


「さて、アスランよ。

 どのようにこの場を斬り抜けるつもりじゃ?

 ……人望のあるお前のことだ、その気になれば、騎士団、王宮魔術師を含んだ千の兵がそなたのもとに駆け付けるだろう。

 手塩にかけた自慢の門下生たちの刃を駆使して、ワシを殺し、新たな王にでもなるつもりか?」

「ははは、アルス王子といい、フィリップ王といい、想像力が豊かだな」


 ……どうやら反逆者となるらしいから、王に対して注意深く敬語を使うものでもないな。


 ただ、王には伯爵位をもらう程度には、評価してもらった恩もある。

 だからこそ、敬語で言い訳するのではなく、使い慣れた言葉で本心を伝えたい。


「別にこの国に不満があるわけじゃない」


 オレにしがみついているアコを抱きしめた。

 

「アコの母親の火龍と『約束』をした。

 絶対に寂しい思いはさせないと。

 そのアコと一緒に過ごしてくれたカーミラを、裏切るなんて仁義に反することはできない。

 『約束』と『仁義』ってやつは、金や伯爵位よりも大事だと先代に教わっているんでね」


 龍と吸血鬼を守るために国を捨てるってなったら、さすがに先代もビックリするんだろうな。 

 でも、きっと笑いながらオレの頭を撫でて褒めてくれる気がするんだ。


「反逆者はオレ一人だ。

 できれば、道を開けて欲しい。

 さもなくば、文字通り道を斬り開くまでだ」


 抜刀し、アコをかばいながら中段で構えた。


「アスラン、ワシはそなたを気に入っておる。

 じゃがの、王たるもの、どうしても認められないものはあるのじゃ。

 国を抜けると言うのならば、そなたと言えど……斬らざるをえまい。

 王命によって、アスラン・ミスガルをこのユトケティアの爵位と権利を剥奪し……また王命によってこの場での処刑を命ずる」


 伯爵位を持つ者に対して、王権による略式刑だ。

 観客席がざわめき立つのも当然というものか。


 王は、オレを指さした。


「放て!」


 放たれた無数の矢がオレを狙う。

 瞬時に安全な場所へ移動するが、アコを抱えては動きが鈍る。

 

 ははは、こりゃあ矢の数本くらい覚悟しなければいけないかもな。

 

 矢に手間取っていると、イリヤが突っ込んできてアコを目掛けてくる矢を落とすのを加勢してくれた。


「ふふふ、ボク、役に立てた?」


 イリヤはそう言うと、空中で双剣をお手玉しながら近づいて来た。


「助かったよ」


「……嬉しい。

 そのために、剣を振って来たからね」


 イリヤは、顔いっぱいの笑顔を見せてくれた。

 ……先代から褒められたときは、オレもこんな顔をしていたのだろうか。


「ただ、エメラルドは大丈夫なのか?」

「……世界一硬い結界の中にいるから安心。

 とても寒いだろうけど」


 イリヤが指示したところには半透明の氷のブロックが出来ており、うっすらエメラルドが透けて見えた。


「足手まといにはなりません!……へっくし」


 威勢よく叫んだエメラルドだが、とても寒いのだろう。

 氷の中のエメラルドが身体を震わせているように見えた。


「早めに斬り抜けないとな」

「うん……ボクも頑張るよ」


 他国の姫君であるイリヤが公然と歯向かったことに、フィリップ王はご立腹のようだ。


「イリヤ!

 お主がアスランを守るということは、ガーファがユトケティアを裏切るということだぞ!

 宣戦布告にも等しい行為じゃぞ!」


 フィリップ王はイリヤに向けてドスの利いた声と、鋭い視線を送った。


「……少し違うけどね」


 イリヤはひょうひょうと言ってのけた。


「何が違うのだ!」


 フィリップ王は激昂し、頭に血が上っているようだ。


「ここに王印を押した手紙がある。

 ガーファ王国ゼキ王の代理として読み上げさせてもらうよ」


 イリヤはそう言うと、通る声で手紙を読み進めた。


「アスラン一刀流師範、アスラン・ミスガルを侯爵として、ガーファに迎え入れる。

 これ以降、アスランに弓引くものは、ゼキに弓引いたものとして取り扱う」


「な、なんじゃとおおおお!」


 王をはじめ、突然の宣言に会場内は騒然とした。


「だから、フィリップ王がガーファの公爵アスラン・ミスガルを勝手にも処刑していることになる。

 だって、そうでしょ?

 さっき先生から爵位と権利を剥奪して追放したんだから。

 追放した人をこっちが爵位を与えたって文句は言えないはずだよね?」

「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 理屈としては通っているイリヤの言い分に、フィリップ王は言い返せないでいた。


「ど、どうなってるんだ?」


 オレが知らぬ間に、ガーファの侯爵に任ぜられてしまった。


 遠目だが、おそらく手紙の王印は本物だろう。

 ガーファの姫君たるイリヤにとって、本物を手に入れることは、ある意味ニセモノをこしらえるよりも簡単だろうから。


「ごめんね、先生。

 カーミラを道場に迎え入れるって決めた時から、何が起こっても良いように手配してた」


 イリヤがオレに頭を下げた。


「先生は、国を出るなんて考えてなかったと思うけど……

 龍も吸血鬼も、王都に住まわせること自体が大罪だから」


 アコやカーミラのことが公になってしまってからのことは、オレ一人が責任を取ればいいと考えていたが……


「先生が罪を背負ってこの国を離れても……ボクたちはずっと一緒だよ?」


 イリヤは少し怒っているように見えた。


「先生、私たちは絶対ついていきますからね!」


 氷の中からエメラルドの声がした。


 ……アコとカーミラのことで何か起こったら、オレ一人この国を追われればいいと思っていたが……


「……お前たちは、オレが剣聖になれなかったときに支えてくれた。

 借りがある。

 だから、これ以上負担はかけたくないと思ってた」

「ふふふ、そんなこと……ボクの心が折れそうなときはいつも先生が居てくれた。

 それに、戦いの中でも何度も助けてくれた」


 イリヤが思い出しているかのように上空をみつめながらつぶやいた。


「だから、ついていきます。

 一緒にいさせてください!」


 氷の中から、エメラルドの声がした。


「お前ら……」


 ……まったく、国を追われる師匠なんかについて来る必要なんてないんだよ。

 オレはお前らには口を酸っぱくして言ってきたつもりだぞ?

 ちゃんと自分の幸せを考えられるように……


 今からユトケティアっていう国を敵に回すって言うのにどうしてお前たちは嬉しそうなんだよ?

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