79 反逆者アスラン
「エメラルド!」
イリヤが走って来て、血を流し過ぎたエメラルドを支えてくれた。
「助かるぞ」
「大丈夫、ボク力強いから」
イリヤは支援魔法で腕力を強化し、ひょいとエメラルドを抱え上げた。
どちらかというと華奢なイリヤであるが、支援魔法で強化すればその一流のスピードと相まって、頼もしい戦士が誕生するのだ。
「エメラルドは任せたぞ」
「うん!」
ニヤリとほほ笑むイリヤにその場を任せて、オレはアコとカーミラを手招きした。
「こっちに来い! アコ、カーミラ」
「うん!」
駆け寄ってくる二人をノイスと騎士達が狙い撃とうとしていた。
「死ねええ!」
狙われるところがわかっていれば、守りようはある。
袈裟と逆袈裟。
斜めからの二振りで、アコとカーミラを狙って機械弓から放たれる矢をすべて叩き落した。
「「な、何だと!」」
騎士たちは驚いているが、オレが収めた剣術は最低限の投擲武器、小剣を用いてすべての武器と渡り合えるよう修練を重ねてきたものだ。
矢など、訓練では何千、何万と叩き落としているぞ。
とはいえ、標的が多すぎて守りづらいんだよな。
魔力を封印された火龍の子どものアコに、傘を差さねば灰になってしまうカーミラに、血を流し過ぎたエメラルド。
イリヤにエメラルドは任せるとして……
「カーミラ!」
オレは懐に忍ばせた小瓶の蓋を開けた。
「わ、わかったのじゃ!」
カーミラはオレの意図したことが伝わったのだろう、水蒸気となってオレの持つ小瓶に収まった。
晴天で、傘を差した半吸血鬼を守るのは、骨が折れるからな……
少しばかり窮屈だろうが、この場はオレの懐の小瓶の中で過ごしてもらおう。
オレはアコを抱き寄せたまま、剣で牽制を続けた。
「アスラン・ミスガル!」
顔中に怒りを貼りつかせて、アルス王子はオレの元へ近づいて来た。
「お前、自分がしたことがわかっているのか!
吸血鬼をかばったのだぞ!」
大声で叫ぶアルス王子に努めて冷静に言い返した。
「そりゃ、わかってます」
「ほう、アスラン。
その言葉に異論はないな?……六法を持て」
「ははー」
アルス王子の言いつけに従い、メイドが二人係がかりで分厚い表紙の重そうな本を持ってきて、付箋のついた箇所を開いた。
アルス王子は開かれた箇所を読み上げる。
「吸血鬼駆除法第13条――吸血鬼の情報を知り、ギルドや王宮など諸機関へ通告しなかったものは死罪とする」
アルス王子は、観客席へゆっくりと歩き回りながら語り掛けた。
「皆も存じておろう? 吸血鬼に村ごと潰された村がいくつあるか。
伝説などではないのだ。
発見が遅れ、この国ユトケティアでも、年に数村、吸血鬼によって村が壊滅しておる」
アルス王子は時に優しく微笑み、観客に語り掛けた。
「村が壊滅すれば、どうなると思う?
吸血鬼の部下となり、あたりを荒らして回るのだ。
王や諸侯もバカではないから、村の壊滅を聞けば、騎士団をすぐさま派遣しておる。
それでも……吸血鬼を退治し損ねることは度々あったと聞く。
……父上、父から聞いた私の治世への発言に誤りがあれば訂正願います」
気分よく演説していたアルス王子だが、ここは父親の威厳を保とうとしたのであろう。
「いや、そなたの言う通りじゃ。
近年もいくつもの村が吸血鬼によって壊滅しておる」
観客たちもうなずいていた。
「だが、カーミラは半吸血鬼だ。
人の血を吸って、吸血鬼と化す力はない」
オレはアコを抱きかかえながら、剣を前に出し牽制を続けながら話していた。
「だれが証明する?
今まで血を吸った事のない吸血鬼が仮にいたとしよう。
だが、それをずっと続けられるか?」
……証明などできるはずがない、それも分かってて、アルス王子は難問を吹っかけているのだ。
「……証明などできない。
ただ、カーミラの言うことに嘘はないと思う。」
「吸血鬼を信じて王都を壊滅させるのか?
危険な吸血鬼など、陽光に晒しておけばいい。
そうすれば、王都の安寧は保たれるのだから」
アルス王子はこちらへゆっくりと歩みを進めていた。
オレは剣先をちらつかせながらジリジリと後退する。
「こちらへ渡せ。
アスラン。
せっかくもらった伯爵位、取り上げられたくはなかろう?」
アルス王子は、こちらへ手を伸ばした。
「断る」
「何だと!」
観客の目はすでにオレを非難するような目に変わっていた。
……だれだって、わが身が、自分の家族が可愛いのはわかる。
だから、怪しい奴は、居なくなっておくにこしたことはない。
そうすれば、今夜は安心して眠ることが出来るのだから。
フィリップ王がオレの近くへ来た。
あわてて護衛がその周りを取り囲む。
「アスラン……ワシは割とそなたのことを気に入っておったのじゃ」
王は優しい目を向けてくれた。
「さあ、その小瓶を渡せ。
ワシは王として大局を見ねばならん。
いたいけな少女に見えるその吸血鬼を……こちらに渡せ、アスラン」
「……一つ聞きますが、渡せばどうなるんです?」
「法に則って処理をする。
さあ、こちらへ渡せ」
ただの言葉の言い換えだな、要は殺すってことだ。
「アスランさん、カーミラお姉ちゃんを渡しちゃダメだよ!」
腕の中のアコは上目遣いで見つめてきた。
「……わかってるよ」
小瓶を持った手で、アコの頭に触れた。
「うん」
安心したようにアコは身を寄せてきた。
火龍とはいえ、まだ子どもだ。
この状況が怖いのか、身体を震わせている。
「そういうわけで、お断りします」
「な、なんと!」
王命を拒否されるとは思ってなかったフィリップ王は、驚いたのか目を見開いていた。
観客も騒然となった。
吸血鬼駆除法違反と言うだけでなく、王命を拒否することは死罪に値するからだ。
「アスラン! 我が父、フィリップ王を愚弄する気か!
王命を拒否するとは、このユトケティアに対する反逆であるぞ!」
アルス王子は派手な服をなびかせながら、こちらに近づいて来た。
「そのつもりはない」
「なるほど……王命を拒否するということは、国家に対する反逆の企みが今まさになされようとしているということか」
アルス王子は訳知り顔でつぶやいた。
「アルス、どういうことだ?」
フィリップ王はアルス王子に尋ねた。
「陛下。
アスランを今ここで叩かねば、この国は終わってしまうかもしれません」
「ええ、回りくどい。
何が言いたいのだ、アルス」
アルス王子は腹を抱えて笑っていた。
「いえ、すみません。
ここまでアスランを増長させてしまったことが片腹痛くて……
アスラン一刀流を率いるアスランは、現在王都一の兵力を持っていると言っても過言ではありません。
門下生は千人を超え、我が国の騎士団や魔術師たちもアスランに師事しているものが多数おります。
さらに、クライフ神聖王国の懐刀、鉄血十字団すら手元に抱えてしまっている。
そして、その上、吸血鬼や火龍すら従えているとすれば……」
「ま、まさか……」
フィリップ王が、腰を抜かしてその場に崩れ落ちるのを、アルス王子が抱き留めた。
「大丈夫です、父上。
私が、ここにおりますから」
アルス王子は猫なで声で父王に語り掛けた。
「まさか、伯爵位をあげたアスランが、ワシに反逆しおるとは……嘘だと言ってくれ、アスラン!」
フィリップ王は身体を震わせ、錯乱しているように見えた。




