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78 一人ぼっちにはしないから

「王都を溶岩だらけになんて、私、そんなことしないよ。

 それに、私ママから龍の力を封印されてる。

 だから、そんなことできないもん!」


 縛られたアコは、一生懸命話していた。

 先ほどの白髭の男が、アコに近づき前髪をあげて額を確認した。


「おお……龍の紋章」

「ほら、封印されてるでしょ?」


 白髭の男はまじまじとアコの額を見つめていた。


「……ワシは初めて見る紋章じゃ。

 この娘の言うがごとく、封印の紋章なのかもしれんが……」


 白髭の男は、ブツブツとつぶやいていた。


「……そなたが見たことがないのであれば……逆に魔力を高める紋章なのかも知れんよな?」

「ええ、アルス王子。

 おっしゃる通りで」


 白髭の男はひざまずき、アルス王子に答えた。


「ククク……ノイスよ。

 お主はこの娘がブレスを吐くのを見たのだよな?」

「ええ、アルス様。

 娘がブレスを吹くのを確かに見ました。

 恐ろしい炎が小さな少女の口から吐き出されるのを、私は確かに見ました!」


 ノイスの言葉に、観客たちは互いに顔を見合わせていた。


「私、もうブレス吐いたりしない。

 ママが、封印してくれたから……信じて!」


 アコは必死に叫んだ。


 ……かばいたてしてあげたいところだが、今はオレは会話に加わらない方がいいだろう。


 かばえばかばうほど、オレがアコに肩入れしていると観客に思われてしまうだろうから。


「なあ、火龍の娘。

 お前は私にブレスを吐いた。

 それは間違いないな?」


 ノイスはアコに近づき、睨みつけた。


「……うん。

 でも、それはキミがママをいじめたから」

「聞きましたか! 皆さん!

 この少女は私にブレスを吐いたと認めました!

 この少女がこれからもブレスを吐かないと信じて、おろかにも裏切られて黒焦げになりますか?

 それとも……正しく冷静な判断をして、この少女を殺してしまいますか?」


 ノイスは嬉々として観客席に語り掛けた。


「人と龍が分かり合えるはずがない。

 行きつく先は、殺すか殺されるかだ」


 アルスは低く響く声を出して、観客に語り掛けた。


 その言葉は観客の心に届いたらしい。

 

 静寂の後、「殺せ」「死にたくない」という小さなつぶやきが聞こえて来て、それはやがて大きなうねりとなって会場中を埋め尽くした。


「龍の娘を殺せ!」

「殺さなければ、オレの娘が殺される!」

「やるしかねえんだ!」


 観客に混じって、ノイス達が連れてきた騎士たちがひときわ大きな声を出していた。

 

 群衆はその声に導かれて恐怖を増幅し、やがて自分の口からも恐怖を垂れ流しだした。


「「殺せ、殺せ!」」


 自分に向けられた殺意に、アコは耐えきれずうめきだした。


「あ…あ…」


 アコは呼吸が浅くなり、不安に身体を振るわせだした。

 幼いアコには、衆目の殺意は耐えがたいものがあっただろう。


「アコ!」


 耐えられなくなったカーミラは水蒸気になって縄を抜け出し、騎士から傘を奪った。

 その後、指先に赤い火の魔力をともし、アコを捕らえていた縄を引きちぎった。


「うう……」


 その場に崩れ落ちるアコをカーミラは支えてやり、背中をトントンと叩いてあげていた。


「あ……」


 過呼吸を起こしかけていたアコの背中を優しく撫でながらカーミラは語り掛けた。


「大丈夫じゃから、ゆっくり息をするがいい。

 アコ、このまま目をつぶるんじゃ。

 怖かったな、アコ。

 後は、大人に任せるんじゃ。

 眼が覚めた時は、アコが笑っていられるよう、わらわたち大人が頑張ってやるからの」


 カーミラの腕が青白く光ったと思うと、アコはすぐに眠りに落ちた。

 睡眠魔法でも使ったのだろうか。


 オレの視線に気づいたのか、カーミラは片目を閉じて笑っていた。


「見ましたか、皆さん! 縄で縛っていたのに、水蒸気になって逃げだした。

 この娘は、吸血鬼なのです!」


 ノイスは身振り手振りを大きくして観客にアピールしていた。


「……確かにわらわは吸血鬼じゃ」


 大きな黒い日傘を差し、トントンとアコの背中を叩きながら、カーミラは言った。


 その言葉が、観客席を激しくざわつかせた。


「じゃが、わらわは半吸血鬼ハーフバンパイアじゃ。

 血を吸って、人間を吸血鬼化させることはできぬ」


 カーミラはつとめて冷静に話をしていた。


「誰が信じるかよ、そんな与太話」


 ノイスはカーミラをあざけわらった。


「皆が皆、わらわの言葉を信じてくれるとは思うておらぬ。

 それでも……一生懸命に話していたアコの言葉に耳を傾けてくれた人が、全くおらぬとも思わぬのじゃ」


 カーミラの言葉に、一部の観客に動揺が走った。

 言葉が届いているものだっているはずだ。

 

「この娘は可哀そうな子なのじゃ。

 同族がおらぬゆえ、火龍の親子二人で暮らしてきて、つい最近、親を亡くしたところなのじゃ……一人ぼっちは、寂しいものじゃ。

 わらわは半吸血鬼ゆえ仲間がおらぬ。

 ゆえに、その寂しさが誰よりもわかるのじゃ」


 いつくしむような眼をして、カーミラはアコの寝姿を見つめていた。

 どこか寂しそうなカーミラの表情にオレは惹きつけられてしまった。


「なあ、わらわは吸血鬼じゃ。

 捕まえて、陽光にさらせば瞬く間に灰となるじゃろう」


 カーミラは観客席に向かって頭を下げた。


「この子を……火龍の娘、アコを助けてくれるなら、わらわは灰となっても構わない。

 じゃから……王都ディオラの民たちよ、アコを王都に住む仲間として迎えてはくれぬか?」


 カーミラの言葉に観客はざわめきだした。


「信じられるか、そんなこと! 

 信じて欲しければ、今ここで灰になってみるんだな。

 そうしたら、考えてやらないこともないぞ?」


 ノイスがカーミラを挑発するように笑った。


「そうか」


 カーミラはくるりとオレの元へ振り返った。


「アスラン、アコを頼むぞ。

 そなたに会えて楽しかった」


 カーミラはオレに笑いかけていた。


「もしわらわが生まれ変わることが出来たらば、普通の人間に転生して……陽光の中、逢瀬でもしてみたいものじゃな。

 逢瀬の相手は……フフ、アスラン。

 わらわは贅沢は言わぬ、そなたで我慢してやろうぞ?」


 カーミラはそう言うと、傘を上空に放り投げた。


「さらばじゃ、アスラン。

 達者でな」

「カーミラ!」


 オレは全速力で駆け出し、傘に向かって飛び上がった。

 いつの間にか、オレの足は碧色に光っており、さらにカーミラの頭上には大きな真っ赤な氷の傘が大きく開いていた。


「さすがだな、お前たち」


 オレが傘を手にカーミラの側に駆け寄ると、イリヤとエメラルドもオレの側に来ていた。


 碧色に光ったのは、イリヤの風の支援魔法で速度をあげてくれたのだろうし、カーミラの頭上の大きな氷の傘は、エメラルドが魔法で作ってくれたものだろう。


「ありがとうございます」


 そう答えたエメラルドの顔は真っ青だった。


「おい、どうしたんだ顔色悪すぎるぞ」


 エメラルドは、左手首にはまった【氷のアイスリング】を見せてきた。


「透明な氷だと光を通過させてしまいますからね。

 咄嗟に手首から血を出して氷と混ぜて、不透明な傘を用意しました」


 ドヤ顔のエメラルドは、真っ青な顔をして、ふらついていた。


「助かったぞ」

「先生、あとはよろしくお願いします」


 ほほ笑みながら、エメラルドはオレにしなだれかかった。

 しっかりと抱きとめて、背中を撫でてやった。


「エメラルド、すまなかった。

 後は、オレに任せてくれ」

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