76 御前試合
いつか、出場したいと思っていた。
すべての剣士憧れの舞台。それが御前試合だ。
王侯貴族の前でお前が最強の剣士なんだと、認めてもらえるまたとない機会。
先代が急逝したから推薦されてマリクが剣聖となったが、本来は御前試合で勝利したものが剣聖に選ばれる。
……御前試合で優勝すれば、オレは剣聖になれるんだ。
「アスラン先生、思う存分剣を振るってください」
「応援してる」
エメラルドとイリヤに文字通り背中を押され、控室から本選の舞台へと向かった。
――本選へ進むのは、8名。
名だたる剣術家が名を連ねているが、その中に剣聖マリクの名もあった。
勝ち進めば、決勝でマリクと当たるだろう。
正直いけ好かない奴だが、ヤツの剣は天性のものがある。
……戦うのが、少し楽しみではあるな。
――決勝へ。
≪決勝へ勝ち進んだのは……流麗な連撃を極めた柔の剣、グレアス一刀流師範、剣聖マリク・サイード!≫
見目麗しい女性が声を増幅する魔導具で実況、その言葉でマリクが舞台へ入場してくる。
剣を天へ掲げるマリクに、会場は拍手を送った。
≪対するは、予選を制し本選決勝へ勝ち進んだ期待の新星、アスラン一刀流師範、火龍を倒した剛の剣――アスラン・ミスガル!≫
オレが舞台へ上がると観客は立ち上がり、闘技場を揺るがす拍手を送ってくれた。
「決勝に来るのはやっぱりお前なのかよ」
吐き捨てるように、マリクは言った。
「剣士は剣で語るものかと思っていたが……お前がよもやま話に花を咲かせたいなら、付き合ってやってもいいぞ?
なあ、マリク。
オレにとってお前は、いつまでたっても可愛い弟弟子なんだからな」
「気色悪いんだよ、いつまで経っても兄弟子面しやがってよ……俺とお前の間には、いつまでたってもコレしかねえだろうが!」
マリクは右手に剣、左手に機械弓を構えた。
マリクの右手に握る剣は茶色に、機械弓は青白く発光していた。
「魔法剣か」
「オレは勝つために何でも使うぜ?」
マリクは口を大きく開けて笑った。
「お前はその普通の剣でいいのかよ?
火龍を倒した時には氷の魔法剣を使ってたって聞いたけどよ」
「先代も普通の武器を使っていた。
それもあるが……馴染んでる武器が一番だからな。
魔法剣だと、手加減が難しいのもあるが」
「俺をなめてるってわけかよ、アスラン!
……心の底からムカつくぜ……」
マリクは沸き上がった怒りを抑え込み、武器へ怒りを行きわたらせてるように見えた。
「俺をなめたこと、地獄で後悔させてやるよ!」
マリクは機械弓から矢を射出した。
「戦う前に礼くらいしたいとこだがな」
瞬時に抜刀し、射出された矢を見定めた。
青白い光が射出された矢にも宿っているように見えた。
……その色は雷撃か。
剣で防ぐわけにはいかないな。
心臓目掛けて迫ってくる矢を横っ飛びで大きくかわす。
バチバチと音を立てて、雷撃をまとわせた矢がオレの横を通る。
ギリギリで矢をかわしたならば、雷撃がオレを直撃し、ただでは済まなかったことだろう。
「チッ……焼け焦げて欲しかったのによ」
マリクは悔しそうに顔を歪めた。
「今度はこちらから行くぞ」
納刀したまま、マリクへ近づく。
オレは小剣2本で、マリクは矢を数十本は用意しているだろう。
投擲するにしても、もう少し近づかないとペースを握られてしまうだろうと判断。
回避を意識し、間合いを詰めるため前進する。
オレの剣の間合いまでもう少しといったところで、マリクが魔法剣を振るった。
「何の策もなく近寄らせるかよ!」
マリクが剣を振るった先に、土の柱が地面から突き上がった。
回避した先にも、マリクは土の柱で攻撃してきた。
どうやら、オレの行く先を狭めるように土の柱を出しているらしい。
前に後ろにと回避行動をしていたら、辺りは土柱ばかりとなった。
「さすがに足場が悪いな」
オレがつぶやくと、マリクは高らかに笑った。
「アスラン、雷撃に包まれろ!」
土柱によって逃げ方が難しい空間へ、マリクは機械弓から雷撃に包まれた矢を放とうとした。
【円崩の型】
雷撃が打ち込まれる前に、素早く回転斬りを叩き込み、放たれる前に機械弓をマリクの手から衝撃波で叩き落とした。
「ち、ちくしょう……」
【円崩の型、旋風燕】
先ほどとは逆方向に回転斬りをして、そこら中に生えている土柱を切り裂いた。
ズズウウンと音がして、辺りには土煙が立ち込める。
「くそ……見えねえ……」
マリクは土煙でオレの姿を見失ったようだ。
「マリク、オレの姿が見えないのか」
「うるせえよ、アスラン。
てめえも同じだろうが」
「そうでもないぞ」
「ハッタリだろうが!」
マリクはオレの姿が見えない状況にいら立っているようだ。
「今日、オレが魔法剣を使わなかったのは、手加減したからじゃない」
「どういうことだ?」
「いつも使っている鋼の剣なら、オレは性質を知り尽くしている。
だが、お前はどうだ?
お前が手にした武器たち、使い込んでやってるのか?」
「うるせえな、勝負に関係ねえだろ!」
マリクが激昂し叫んだ隙にその声に隠れて近づいた。
【初太刀の型、上段】
マリクに向かって剣を振り下ろす。
「く……」
斬られる直前で剣を構えたマリクへ全力で振り下ろし、武器ごとマリクを真下の床に叩きつけた。
「ぐあああ!」
地面にめり込むマリクから機械弓と剣を取り上げ、遠くに放り投げた。
「な、なぜ……お前だけオレの位置がわかるんだ……」
マリクは、納得できないといったふうに床へ拳を叩きつけた。
「砂埃の中で、お前の両腕の武器だけが光っていた。
魔法剣なんて慣れない武器を使うからこうなる。
自分の武器の挙動くらい、きちんと把握しておけ。
少なくとも、オレはそうしてたぞ」
「ち、ちくしょおおおお!」
地面に仰向けになったマリクは、悔しいのかずっと拳で床を叩き続けていた。
≪優勝は、アスラン一刀流師範、アスラン・ミスガル!≫
観客は総立ちでオレに拍手を送ってくれた。
……ずっと、この景色を目指していた。
ユトケティア王国一番の剣士だと、この国の皆に認めてもらう。
それがオレの夢だったから。