74 御前試合 予選開始
御前試合当日の朝。
軽く木剣を振ってから行こうかと、新道場に出向くと門下生がずらりと座って待っていた。
「「先生」」
オレに気づくと門下生たちは頭をさらに低くした。
「「ご武運お祈りもうしあげます!」」
埋め尽くすほどの門下生に祈られて、気分がピリッとしたな。
……こういう時は、無駄に数を振るべきではないな。
道場の中心に立つと、木剣を上段に構え、全身全霊を込めて一撃を振るった。
ひゅうっと一音、綺麗な風切音が出た。
「お前たちのお陰で、迷いのない一振りが出来た。
本番もこの調子で振ってくるよ」
「「行ってらっしゃいませ」」
門下生の綺麗な礼に見送られて、馬車に乗り込んだ。
「先生、お待ちしておりました」
馬車の客席、右側にエメラルド。
「ついに先生の剣が最強だと皆が知るときが来たんだね」
晴れ晴れとした顔で、イリヤはオレの左側に座っている。
「先生!」
馬車の後部座席に座っていたユイカがオレのクビに抱きついて来た。
「ビックリするだろ、ユイカ」
「あれ? 良く分かったね、先生」
「あ、私もいますよ!」
ユイカはニヤリと笑っていた。
隣でカンナがほほ笑んでくれた。
「オレだって、用心棒の真似事ぐらいやってる。
馬車の後部座席くらい、きちんと確認してから馬車には乗るよ」
ユイカにオレから離れる気がないので、優しく剥がした。
「先生、パイ好きだったよね」
ユイカが紙袋から取り出し、オレに手渡してきた。
「これ、最後の一個だけどあげる」
甘い匂いが馬車の中にたち込めた。
「ユイカが最後の一個をあげるなんて信じられません」
「先生、ついてるね」
食い意地の張っているユイカが、オレにパイをくれたことにイリヤとエメラルドは驚いていた。
「わ、私のパイもアスラン先生にあげます!」
カンナからもパイをもらってしまった。
「ふふ、先生。
女子門下生に大人気だね」
「からかうなってば」
イリヤは両手にパイを持ったオレを見てニヤニヤ笑っていた。
――御前試合の会場、闘技場前に停車した馬車から降りる。
闘技場へ向かおうとしたオレをユイカが引き留めた。
「どうした?」
「頑張ってね、先生」
ユイカはそう言うと、鞘に入った剣に触れた。
……いつものようなふざけた顔ではなく、珍しく頬を赤く染めていた。
「剣と一緒に、私の元に帰って来てね」
「お前……」
ユイカは真っ赤な顔をして、その場から立ち去って行った。
「あのなあ、大人をからかうなよ……」
恋人を戦場に送り出すときのやり取りで、戦場から無事に帰ってくると共に、元の鞘へ戻って、つまり私の元へ帰って来て……というロマンチックなやり取りだ。
ユイカの奴、オレをからかう気なんだろうが、良くそんなこと知ってたな。
イリヤとエメラルドもオレの鞘に触れた。
「ご武運お祈りしています」
「……頑張って」
「お前らもオレをからかうんじゃないぞ……」
御前試合は王都中の注目の的だから、人通りが多く、オレたちを見て、周りがみんなニヤニヤしているようだ。
だが、二人の瞳は真剣そのもの。
それもそうか、二人は剣聖になれなかったオレのために、仕事を投げうってまでオレに尽くしてくれていたんだ。
こいつらには、支えてもらったからな。
「必ず勝つ……見守っていてくれ」
鞘を上空に掲げ、二人に勝利を誓った。
「「はい!」」
周りの目も気にせず、二人は大きな声で返事をした。
……注目を浴びて、さすがにちょっと恥ずかしいけどな。
――闘技場に入ったオレは、控室に案内された。
すでに他流の者たちが控えていたが、オレが控室に入るとどよめきが起こった。
「「アスラン・ミスガル……」」
ジロジロとほぼ全員がオレに注目している中、一人の少年が、駆け寄って来た。
「アスランさん、火龍を倒したって本当ですか?」
キラキラとした瞳で、少年はオレに尋ねた。
顔も幼いし、どうやらユイカと同じくらいの年に見えるが……ここに居るってことは、他流派の代表ってことなんだよな。
「そうだ」
「「おお」」
皆がオレの話に注目していたようで、少年が話しかけてきた後、オレは大量の剣士たちに囲まれた。
「剣は何を使ってる?」
「修業は何をしてる?」
「食事には気を付けているのか?」
皆、思い思いの質問をぶつけてくるが……
「おい、一斉に話しかけるな。
何言ってるかわからないだろ。
それに……今から刃をぶつける相手にペラペラと何でもしゃべるほど、オレはバカでも自惚れてもいないぞ」
オレの言葉で空気が張り詰めたのがわかった。
「そうだな……アスラン、アンタの言う通りだ。
おい、お前ら、わずかな間でも自分を高めるのに使え、勝ちたいならな!」
大柄な男が周りを鼓舞するように言うと、オレのまわりにできた人だかりも蜘蛛の子散らすようにいなくなった。
「ねえ、アスランさん。
試合が終わった後なら、話をしてもいい?」
さっきの少年は、どうしてもオレと話がしたいようだ。
「……そうだな。
ここに居るということは、他の道場で一流の腕前なんだろう。
だが、うちの流派は、部外者の見学を禁止していない。
たとえ、他流派に学ぶものであってもな。
道場を訪ねて来てくれるならば空き時間に質問に答えるよ。
君が、一生懸命剣士として戦うのであればな」
「わかった、今日は一生懸命頑張るね!」
鐘の音が闘技場に鳴り響いた。
≪予選第一試合、アスラン一刀流アスラン・ミスガル対グローサリー大剣術セイル・グローサリー≫
対戦の発表が行われるだけで、会場に拍手が満ちた。
「「アスラン先生、頑張ってください!」」
うちの門下生たちの声だろう、とてつもなく大きな声の声援がオレに届いた。
「大きな声援だね、アスランさん」
先ほどの少年は、自分の背丈以上の大剣を背中に担ぎ、舞台へと続く道を歩み出した。
「もう少し勝ち進んでから戦いたかったけど……アスランさんと戦えて嬉しいよ。
一生懸命戦ってみせるから」
「……そうか、キミがセイル・グローサリーか」
オレも武器を取り、セイルの後ろを追いかけた。
……今から、御前試合が始まる。
オレにとっては初めての御前試合だ。
実績が何もないアスラン一刀流は予選からの出場だ。
マリク率いるグレアス一刀流とは本選に勝ちあがるまで戦うことはできない。
待ってろ、マリク。
そうつぶやいて、オレは舞台に立った。
読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をもらえると、執筆のモチベーションになります。
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。




