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72 暗殺者

 エメラルドとイリヤは新道場に戻ったため、独りで今やただの居宅と化している旧道場に戻った。


 鍵穴に鍵を突っ込んだ時に、若干の違和感を感じた。


 ……空き巣か?


 金目の物を狙ったものであればいいが、ここにはアコとカーミラがいる。


 道場の練習場で寝かせている二人の元に急いだ。

 

 ……とりあえず、さらわれたりはしていない。

 寝ていたアコとカーミラの息を確認する。


 良かった、二人とも気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 玄関に戻り、庭や2階などもくまなく見て回った。

 これでも鼻は効く方だ。

 

 怪しい奴が潜んでいる可能性は丁寧につぶしていったが……

 潜入した痕跡がいくつかあった。


 庭の雑草が踏みしめられていたこと。

 オレの部屋のタンスの引き出しが、すべてきちんとしまっていたこと。


 オレは誰かが家探ししたときのため、少しだけ隙間を開けてあるんだが、ものの見事にピッチリとしまっていた。


 すやすや寝てるとこ申し訳ないが、カーミラを起こして話を聞くとするか。


「カーミラ、ちょっといいか」

「……アスラン……」


 寝ぼけたカーミラはオレを見つけるとぎゅっと抱きついて来た。


「……わらわは寂しかったのだ」

「そうか……気持ちはわかるが、とりあえず目を覚ませ」


 こいつ、どんな夢見てやがるんだ、色っぽい声出しやがって……

 カーミラを揺すって目を覚まさせた。


「……ん? わわ、どうしたアスラン、わらわの魅力に取りつかれたのか?」


 カーミラは眼を覚ましたのか、抱きついている手を放して、頬を赤く染めていた。


「お前が寝ぼけて抱きついてきたんだろ?」

「……むう……」


 カーミラはふわりと空中に浮かび上がると、櫛を銀髪に通していた。


「それで何の用なのじゃ?

 気持ち良く寝てるところを起こしたのじゃから、急ぎの用なのであろ?」


 カーミラは口に手を当てながら、小さなあくびをした。

 寝起きであったとしても、すぐに身なりを気にするところがいかにも女の子らしいな。


「この家に何者かの侵入があった形跡がある」

「何だと?」


 カーミラはすぐにアコの方に飛んでいき、急いで息と体温を確認した。


「良かった、息はしておるな」


 カーミラはほっとしたのか息を吐いた。

 様子からは、本当にアコのことを心配しているのが伝わってくる。


「アコは大丈夫だ。

 オレも呼吸を確認したが、特に異常はない」

「……わらわはずっと寝ていた。

 侵入には特に気づかなかったな」


 ここは街はずれだが、隣の新道場から人の声や振動が漏れてくるから、ちょっとした物音には気づきにくくなっているのかもしれない。


「わかった」


 ……不意に視線を感じた。


 庭にある塀の向こうか。


「どうした?」


 カーミラが言葉を発した瞬間、塀を乗り越えた暗殺者が二人。

 目元を隠した黒ずくめの暗殺者は二人そろって、カーミラに向かって小剣ナイフを投擲してきた。


「危ない!」

「わわ」


 カーミラに駆け寄り、投擲された2本の小剣を叩き落とす。

 カーミラは咄嗟とっさのことに驚いて、水蒸気になって道場の奥へ避難した。


 ……それを見た暗殺者は、互いに見つめ合いニヤリと笑ったように見えた。


 次の瞬間、暗殺者たちは脱兎のごとく逃げ出した。


「待て!」


 そう呼び掛けてみるが、暗殺者が待つわけはないよな。

 追って捕まえられなくもない気がするが、奴ら以外にも暗殺者がいた場合、アコとカーミラを放置しておくわけには行かない。


「大丈夫だったか?」

「ふん、心配し過ぎなのじゃ。

 わらわは物理攻撃は水蒸気になって無力化できる上、そもそも不死じゃ。

 陽光に晒されなければ、そもそも死ぬことはない」


 カーミラは高笑いをした。


「じゃが……

 アスラン、わらわを守ってくれたこと……嬉しかったぞ」


 素直に礼を言われてしまった。


「礼には及ばないが……もしかしたら、ヤツラの目的は達成されたのかもしれないな」

「どういうことなのじゃ?」


 首をひねるカーミラに心配をかけたくなくて、曖昧に笑って流した。


 ☆★

・剣聖マリク


「「やあ!」」


 グレアス一刀流の道場に、生徒たちの掛け声が響く。

 

 かなりの生徒をアスランに奪われてしまったが、居残った生徒は熱心に今日も木剣を振るっている。

 いかにも荒っぽい奴らが多いがな。


 まさかアスランの奴め、火龍を倒してしまうとはな。

 

 道場主としてはこれ以上ない看板を手にしたようなものだ。

 俺を倒したことも、どうやら街で噂になっているようだし、アスラン一刀流の評判はうなぎのぼりのようだ。


 それに比べて俺の道場は……門下生がかなり逃げ出した上、個別指導の王侯貴族の依頼も減ってしまった。

 

 だから、グレアス一刀流の今の主な収入源は、免状依頼だ。

 何の修行もしていない王侯貴族に、金を積まれて出す免状。


 声を張り上げて指導しなくても、紙に字を書いてハンコを押すだけで大金が入ってくる。

 ……くくく、こんなうまい商売やめれるわけねえよなあ。

 

 なけなしの会費集めて、大人数の前で指導するより、ただただ免状を発行しまくる方が儲かるんだからよ。


 ……生徒は減っても、先代の頃より会計は潤ってんだ。

 アスラン、俺は俺のやり方でお前より高みに上って見せるからな。


「剣聖マリクはいるか」


 身なりの良い服を着た執事が偉そうに俺の名を呼んだ。

 

「剣聖マリクはオレだが……失礼だが、どなたの遣いか」


 足早に道場入り口に駆け寄る。

 執事にすら、金糸銀糸で彩られた服を着せているところから見て、かなりの身分の方がいらっしゃっているのだろう。


「王族とだけお答えしよう。

 人目につかない出入り口から案内をし、人払いした個室を用意してくれ」

「……わかりました」


 言われたとおりに裏口を案内し、人払いをして応接室に案内する。

 執事を筆頭に槍装備の衛兵が前後を固め、主役の王族は黒づくめのローブを頭からかぶっていた。


「どうぞ、こちらへ」


 主役を応接室に案内した。


「……お前たちももういいぞ」


 部屋に入って来た主役は、ローブを脱ぎながらそう言った。


 ……アルス王子……

 グレアス一刀流が懇意にしている軍務大臣スコット卿とも近しいと聞く。


 だからこそ思う。

 どうして、軍務大臣を飛ばして直接オレに会いに来たんだ?

 頼み事ならば、スコット卿を介して頼むほうがおさまりが良いはず……


 王子はソファに座り、顎で着席を促した。


「では、失礼します」


 オレがソファにかける前から、王子は話し出した。


「剣聖マリク……グレアス一刀流には鳥が鳴いておるか?」

「……鳥、でございますか。

 聞こえませんでしたが、居ましたでしょうか」


 何意味わからねえこと言ってやがるんだ、この王子は。

 鳥が道場に何の関係があるんだよ。


「伝わっておらぬか」


 アルス王子はため息をついた。


「いや、失敬。

 そなた程度の知能であれば直接言わねばわからぬのだな」


 何の嫌味もなくアルス王子はそう言った。

 この方は、他の方の気分を推し量ることすら必要のない世界で生きてきたのだろう。


「ええ、すいません。

 浅学非才の俺のために直接言ってもらっていいですか、人払いしてるから分かりやすく話してくれる人もいないんで」

「ふ、それもそうか」


 アルス王子はどうやら納得がいったようだ。


「剣聖なのに閑古鳥が鳴いておるようだな」

「……ははは、だから鳥って言ってたんですか」


 このクソ王子、とんでもなく失礼なヤツだな。

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