70 師弟の組手
王宮での御前試合前日の総仕上げとして、新道場でイリヤとエメラルド、腕利きの師範代2人を相手に、組手を行うこととなった。
魔法で遠距離攻撃可能なエメラルドが後衛を務め、回避に優れるイリヤが前衛を受け持つ。
2対1だから挟み込んで攻撃するのも手だが、初めは防御重視で固く入るってことか。
エメラルドが魔法の詠唱を始めた。
イリヤは双剣を構えたまま、ピタリと止まって動き出す気配を見せない。
魔法使いに対しては、詠唱を潰すため【魔制の型】が常識だが、同門同士の戦いだから、対処してくるに決まってるよな。
……そうか、誘ってるってことか。
何かカウンターを企んでいるだろうという狙いは見えたが、やっかいなことに放置してると詠唱が完成してしまうから、放置するわけには行かないんだよな……
よし、全力の【魔制の型】で行く。
お手並み拝見だ。
「ハアッ!」
詠唱中のエメラルド目掛けて、左手で小剣を投擲し、疾走して距離をつめる。
それを見逃さなかったイリヤは、小剣を双剣ではじき、オレに吹き矢を飛ばしてきた。
あっという間に攻守交替させられてしまった。
弟子の成長を嬉しく思うが、感慨にふけって、そのために負けるわけには行かないからな。
身体をひねって吹き矢を躱し、剣を振りかぶってエメラルドへ飛び掛かる。
【氷刃】
が、エメラルドは既に詠唱を完成させており、氷の刃が襲い掛かって来た。
「はああっ!」
木剣で真正面から氷の刃を打ち砕く。
バキィインと音がして、エメラルドの魔法の大部分を相殺したが、身体にダメージを負ってしまった。
「つ、冷たい……」
息もつかさず、イリヤが双剣で斬りかかって来た。
速度を強化しているため、あっという間に距離を詰めてくるイリヤに対して、オレも剣速を高めた連撃で対抗する。
「ハアアッ!」
「く……」
力負けしたイリヤを吹っ飛ばし、エメラルドへ襲い掛かる。
遠距離魔法を詠唱してる猶予はない。
そう判断したエメラルドは氷剣でオレを迎え撃つ。
【氷刃剣乱舞】
エメラルドと戦うにあたって、注意すべきはこの魔法剣だ。
通常の剣と同様にさばいていては、暴れまわる氷嵐の餌食になってしまう。
突っ込むと見せかけて、ステップでサイドに流れ回避行動を取る。
「まだまだ!」
エメラルドは乱舞しながら方向を変え追撃してくるが、態勢が崩れた一瞬を狙って小剣を投擲。
「く……」
一瞬、防御行動を取ったエメラルドへ向かって剣を振りかぶった。
「もらった!」
エメラルドへ向かって剣を振り下ろしていた途中、死角からイリヤが攻撃してきた。
【円崩の型、回し袈裟】
振りかぶった状態から、腕力だけで剣を一回転させ、後方からのイリヤの攻撃を弾く。
その円運動を利用して、前方のエメラルドの氷剣を打ち砕いた。
「「く……」」
「まだやるか?」
荒い息を吐く二人だが、眼はまだ死んでいないようだ。
「……行くよ」
不意に飛び掛かって来たイリヤの攻撃をその場で弾き返し、足元から生えてきた【氷柱】を飛びのいてかわす。
最後の力を振り絞って攻撃してきた二人は、それをいなされて膝から崩れ落ちて床にひっくり返った。
「……参りました」
「はは……正直悔しいけど。
先生と戦うと……何だろ。
人間ってまだまだ強くなれるんだって思って嬉しくなるよ」
イリヤとエメラルドは天井を見上げ、荒い息を吐いていた。
「強くなったな」
二人は疲れた体でもなんとか立ち上がって礼をした。
「「……先生、ありがとうございます」」
「こちらこそ、ありがとう。
明日の御前試合、全力で勝ちに行く」
オレたちが互いに礼をすると、道場中を惜しみない拍手が埋め尽くした。
――その後、門下生たちはイリヤとエメラルドを質問攻めにしていた。
どう予測して攻撃を仕掛けたのか。
失敗した攻撃が通用するためには何を鍛えたらいいのか。
戦術の意図や、段取りを聞いて、自分たちなりに分析を試みているようだ。
剣を振り、戦術を見直す。
結局、剣を修めるためには、その繰り返ししかない。
死ぬ恐れのない組手では、積極的に。
一つのミスで命取りになる迷宮では慎重に。
二つの異なる戦い方を、門下生たちはしっかりと学ぼうとしてくれているようだ。
熱意のこもった瞳を見て、勝ったオレも気持ちを引き締めた。
「先生。
私たちで門下生見てるから、ストレッチして風呂入って寝てて。
明日疲れが残らないように、早く寝て欲しいから」
いったん指導を抜けてこちらへ来たイリヤがそう言ってくれたので、ありがたく申し出を受けることにする。
――心地よい疲労感とともに、新道場を出た。
後ろから、剣を振るう風切り音と、剣をぶつけ合う剣戟の音、それと力強く床を鳴らす踏み込みの音が聞こえてくる。
オレやイリヤやエメラルドの剣が、門下生たちを強くしているように、皆の剣もオレたちを強くしてくれているんだ。
新道場にこだまする風切音を聞き、オレはとても誇らしい気持ちになっていた。




