69 御前試合への仕上げ
「アスランさん、それでね……」
風呂上がりにアコは皆と居れるのが楽しいのか、少し興奮していたが、どうやら足元がふらついている。
こけそうになったので、支えてやり、抱えて道場まで連れていくことにした。
「ありがとう」
「寝てていいぞ」
「うん……」
皆と会ってテンションが上がってるからか、楽しく話していたが、やはり本調子ではないのだろう。
道場に連れて行くと、すでにベッドが持ちこまれていた。
日光がよくあたる庭先に、ベッドが二組。
ただ、そのひとつはいつの時間であっても、陽光が当たらないような位置に置かれていた。
「ベッドが二つあるな」
「ベッドを道場において日光を浴びれるようにって話をアコにしたんだけど、カーミラも一緒じゃないと嫌だって」
イリヤが教えてくれた。
「そうか……だいぶ仲良くなったんだな」
カーミラは瞳を潤ませていた。
「わらわもアコと一緒に寝たいのじゃ!」
カーミラは感激してふわふわと上下に揺れていた。
「ここでいいな」
「うん」
アコをベッドに寝かせた。
「ふふ、可愛いですね」
エメラルドが毛布をかぶせ、アコの寝顔をのぞいていた。
「さ、カーミラも寝ろ」
「……わらわはまだねむくない……」
カーミラは目がトロンとしていた。
「ほら、ベッドに寝ろよ」
「うう……夜行性だから、わらわは眠くなるのが早いのだ。
もう少し、皆と話したいのじゃがの」
「明日もあるんだから、早く寝ろよ。
別にいなくなったりしないから」
「むう……」
カーミラはしぶしぶベッドに横になった。
「お休み」
「お休みなさいなのじゃ」
挨拶に手を振ってるカーミラだが、振り終わったらすぐに手がパタリと倒れた。
……どうやら、眠気をこらえるのが限界だったようだ。
「……しばらく、この家には我々以外入れないようにしましょうか」
エメラルドの提案にオレたちは無言でうなずいた。
せめて、アコの体調が元通りに戻るまで、王都を追放されたくないからだ。
――新道場でいつも通りの、素振りを軽めにこなす。
汗を拭きながら、門下生たちの自主練習を眺めていた。
あいつらの真剣な顔を見るたびに、オレも負けられないよなっていつも思う。
「先生、いよいよ明日が御前試合ですね」
エメラルドの声にも熱がこもっていた。
「ああ、今日は頼むぞ、二人とも」
エメラルドとイリヤは、力強くうなずいた。
「さすがに二人がかりだと、真剣だと難しいから木剣でいかせてくれ」
「いいよ、でもボク達は昔とは違うからね」
イリヤは自信満々と言った様子。
「支援術だって使うよ」
「もちろん、魔法も使わせていただきます」
剣聖を決める御前試合は、魔法の使用も認められている。
そのために、二人のできるすべてでオレと戦ってもらうつもりだ。
「全力で来てくれ……楽しみだ」
「「はい!」」
二人は嬉しそうに身体を震わせていた。
――オレ達3人が中央に歩いて行くと、門下生たちはさっと道を開けた。
門下生たちは眼を輝かせて、これから起こる戦いに期待をしているようだ。
「みなさん、昨日お伝えした通り、今日はアスラン先生と私たち二人の組手を行います」
会場はどよめきに包まれた。
「強い相手にどうやって二人で協力して立ち向かうか、そして複数相手をどうやっていなすか」
エメラルドの語りにみなが唾を飲み込んだ。
「明確なビジョンを持って、私たちの戦いを見届けてください。
きっと、今日の記憶が必要な日が来ます。
その時に思い出せるよう、全身全霊をかけて、その眼に焼き付けなさい!」
「「ハイ‼」」
会場の熱気が最高潮に盛り上がる。
……エメラルドはこういう時の口上が上手いんだよな、人心をつかむ語り口を心得ている。
「それでは、行きますよ。
アスラン・ミスガル。
今だけは、師であることを忘れ、倒すべき一人の剣士としてあなたへ立ち向かいます」
「ボクも……全力で向かう。
勝たせてもらうよ!」
イリヤは双剣で器用に別の魔法陣を描いた。
「エメラルド、おいで!」
「はい!」
イリヤの右手が赤く光り、左手から碧い光が現れた。
イリヤは双剣を納刀し、手に集まった魔法力を、エメラルドと手と手を合わせ共有する。
「先生、今の私は負ける気がしませんよ!」
生き生きとした瞳のエメラルド。
エメラルドは初めて会った頃は、生真面目であまり笑わなかった。
ほころんだ笑顔が見れてそれだけで嬉しいけど……
弟子の成長を喜ぶ資格があるのは、さらなる力で叩き潰せる力を持った師匠だけだ。
全力で叩き潰させてもらう。
「アスラン先生、頑張って!
大好き!」
ユイカが二つに結んだ黒髪を振り回し、応援してくれた。
「イリヤ、聞きました?
新しいライバルが現れました」
エメラルドはくすりと笑った。
「ライバルなんて関係ない、最後に笑うのはボクだからね」
イリヤはニヤリと笑った。
そうだな、二人のいう通り、剣士を目指すなら好敵手は多い方がいい。
「さて、そろそろいいか?」
エメラルドはドレスの黒い裾を光らせ、手の中に氷剣を作り出した。
それに合わせて、イリヤは重心を低くし双剣を抜刀した。
「行くよ、エメラルド」
「はい!」
イリヤが前衛、エメラルドが後衛に並び、組手が始まった。