07 剛剣と柔剣
「その貴族から軍務大臣に報告をあげさせてたってことかしら」
エメラルドはマリクを睨んだ。
「マリク、ボクは許さないよ」
イリヤは思わず抜刀した。
「アハハハハハ!」
高笑いと共に、後妻のマーガレットが現れた。
「そんなの関係ないわよ。
結局ね、軍務大臣にはうちの道場から推薦状を書くの。
剣聖はマリクにしてくださいってね。
軍務大臣はただ原稿を読むだけよ。
剣聖はマリク。
うちの幹部達の全会一致で決まったことよ?」
「アスラン先生の剣が、マリクさん以下だなんて、皆さん見る目が無さすぎるのではないですか?」
エメラルドがマーガレットに食って掛かった。
「エメラルド。
父親が侯爵だからって偉そうにしないで欲しいわね。
アスランの剣はいつも一振りで決めるじゃない。
同じ勝つにしても、観客に魅せてほしいのよ。
そうしないと集客できないじゃない」
マーガレットはマリクにしなだれかかった。
「その点、マリクは弱い奴らには流麗な剣舞で戦うのよ?
うふふふ、剣聖の就任式での演舞、王様や王女様も褒めてくださったわ」
「グレアス一刀流は一撃必殺を掲げてる。
アスラン先生の剣が一番教えを守ってるし、強いんだよ。
剣も知らないのにいい加減なこと言わないで」
イリヤは眉を吊り上げていた。
「あら、マリクの方が強いわよ。
ねえ、マリク。
今からこの人たちにそれを示してみせたら?」
マーガレットはマリクにささやいた。
「ああ、そうだな。
アスラン、お前んとこの弟子がうるさいこと言うからよ。
1対1の試合で叩きのめしてやるよ。
ただし……オレが勝ったらここにいる門下生全員連れて帰るぞ。
嫌とは言わせねえ」
随分と余裕のある表情だな、何か秘策があるって言うのか?
「オレが勝ったらどうする気だ?」
「あ?
万に一つもねえけどよ、お前の言うこと一つ聞いてやるよ。
剣聖になりてえなら、譲ってやってもいいぜ。
ひゃははははは」
「「先生!」」
エメラルドとイリヤがオレの近くに来た。
「先生、良かったね。
剣聖になれるよ」
「そうですよ、ずっと先生は剣聖を目指してたではありませんか。
私、先生が剣聖になれなかったって聞いて、悔しくて」
そうか。
エメラルドもイリヤもオレが剣聖になれなかったのが悔しくて心配で、オレの元に駆け付けてくれたんだな。
でも……
「わかった。
オレが勝ったら、今ここにいる門下生から手を引け」
「何だと?」
マリクの顔が引きつった。
「このままヒョードルをお前に返すわけにはいかないからな、どんなひどいことをされるかわからん。
他の女生徒たちもだ」
「ひゃはは、分かったよ。
お前の言うこと聞いてやる」
「マリク、失敗しないでよね?」
「わかってるっつーの。
一対一だからな、アスラン」
「わかった」
オレとマリクは向かい合って、それ以外の者たちは、オレたちを遠巻きに取り囲んだ。
マリクの門下生が、オレと近い方にばかり寄っているのが気になるが……
「それでは、はじめ!」
エメラルドが試合開始を告げた。
互いに抜刀し、隙を伺う。
「今だ、やっちまえ!」
「「うおおおおおおお‼」」
マリクの合図で、配下の者たちが懐から機械弓を取り出してオレに向かって射出、その後抜刀して突っ込んできた。
「「先生!」」
乱戦となり、エメラルドとイリヤもオレを心配して突っ込んできた。
「ひゃはははは、死ね!
死ねええええ!」
マリクは機械弓を取り出して、オレに向かって打ち続けた。
イリヤは双剣を手に、エメラルドは氷魔法で乱戦に立ち向かう。
「ぎゃ」
「うぐう」
痛みに耐えきれず叫び声が響き渡る。
「ぎゃーっはっは。
いい声で鳴くじゃねえか、アスラン」
バキイィン
大きな音がして、氷壁が崩れ去った時には3人しか立っていなかった。
「馬鹿な!」
立っているのはもちろん、オレとエメラルド、イリヤだ。
「ほとんど先生が倒してましたけどね」
「ボクたちの手助けいらなかったね」
「そう言うなよ、助かったってば」
二人が血走った眼をしてたからさ。
手加減できない気がして、オレが先に倒したんだよ。
でもそう言うと『手加減くらいできる』って怒りそうだから、二人に言うのはやめておくけど。
「それとさ、マリク。
お前下手くそだな、弟子を撃つなよ」
「「うう……」」
倒れてたマリクの弟子たちには、すべて機械弓の矢が刺さっていた。
「クソが!
のろまな奴らだ!」
「まったく弟子想いじゃない奴だな」
「ねえ、マリクさん。
汚い罠は終わったことですし、今から1対1で正々堂々と戦ってくれますよね?
もし嘘だとしたらここで見聞きしたこと全て、私の父に報告させてもらいますが」
エメラルドの父は、内務大臣を務めるクレイ公爵。
「ボクもガーファ王国に報告させてもらうよ」
イリヤは他国の王族だ。
うちの王様だって国際問題を起こしたくはないだろうな。
「クソ……やりゃいいんだろうが、やりゃあよ!」
マリクは剣を構えた。
「マリク、気合入れなさいよ」
マーガレットはマリクの背中を叩き、喝を入れた。
「わかってるよ!」
「先生、頑張って!」
ユイカが応援を届けてくれた。
「先生が一騎打ちできるよう、ボク見張ってるよ」
「マリクさんが変なことするようでしたら、私が凍らせてしまいますからね」
エメラルドとイリヤはマリクたちの動きに備えてくれるようだ。
「頼むよ」
「「はい!」」
はは、いい返事だな。
軽くジャンプして、全身から余計な力を取り払う。
その後、オレとマリクはもう一度向き合った。
「剛剣のアスランと柔剣のマリクの戦いか」
その時、レイラが冒険者たちを数名連れて道場にやってきた。
「レイラか。
何の用だ!」
マリクがレイラに凄んだ。
「ははは、マリクが手下を連れて、アスランさんのところに押し入ったって話を聞いたんでね。
モメ事を解決するのも、冒険者ギルドの仕事だからね」
レイラはオレとマリクの間に立った。
「ふふ、どんな流れかはわからないけど剣士同士、それも同門同士の決闘だ。
もし良ければ立会人をさせてもらおうかな?」
「「お願いします!」」
エメラルドとイリヤは頭を下げた。
立会人がいれば正式な決闘となる。
決闘の勝敗や約束事の内容は、立会人が王宮へ報告する義務を負う。
約束事を守らなければ、罪人として投獄される。
また、決闘の結果について嘘をつけば、それも処罰される。
レイラが立会人をやってくれるなら安心できるな。
「キミたちだったら立会人も立派にこなせそうだけど、教え子がやるのは禁止だからね。
私が決闘の勝敗を見届けさせてもらう。
二人とも、準備はいい?」
「ああ」
「来いよ、クソが!」
オレは呼吸を整えた。
「では、アスラン、マリク。
自分の思いを賭けて、決闘するがいい。
……はじめ!」
抜刀したマリクはいつものように下段で構えた。
それを見て、オレも下段に構える。
「アスラン先生が下段に構えた!」
「珍しく下段ですね……」
イリヤとエメラルドが構えに驚いていた。
道場破りなどとの真剣勝負では、いつも上段に構えていたからだ。
上段はオレが一番強いと思っている構えだ。
だからこそ、真剣勝負では相手の思いを受け止めるべく、最強の構えでいつも相手をしていた。
「なめやがって!」
だからこそ、マリクはなめられていると感じ、激怒したのだろう。
「はああああ!」
いつものように斜め下からの斬り上げから始まるマリクの剣舞に対し、すべて同じ技で返し、食らいついていく。
「技の応酬が凄い」
ヒョードルは叫んだ。
「何よ、アスランの奴なめたことをして……マリクの真似をして勝てるわけないじゃないの。
マリクの柔剣は、うちの流派の一番綺麗な型よ。
長老たちからも認められているんだもの」
マーガレットはマリクの勝利を信じ込んでいるようだ。