67 病床のアコ
「おい、遅いぞ」
街道を走っているオレの後を、黒傘を差したカーミラがフワフワと追いかけてくる。
浮遊しているカーミラであるが、継続的にスピードを出すのはどうやら不向きであるらしい。
「文句を言うのなら、これを持つのじゃ」
カーミラが小瓶を渡そうとしていたので、立ち止まって受け取った。
「蓋を開けてくれ」
「これでいいか?」
焼き物の小瓶を開けると、水蒸気になったカーミラが潜り込んで来た。
運んでくれってことか。
「頼むぞ、アスラン」
「はいはい。
急ぐからな」
オレはカーミラが落とした黒傘を拾い、全力で走った。
目的地につくころには、とっくに日が落ちてしまっていた。
――地下洞窟のカーミラの部屋。
「よっと……」
水蒸気になって小瓶に詰まっていたカーミラがもやもやと出て来て、人型に戻った。
「アコは、わらわのベッドで寝かしてある」
カーミラの後をついて行こうとすると、カーミラに止められた。
「少し待て。
アコも女の子じゃから……寝起きでそなたに会うのは嫌じゃろうからの、軽く拭いて着替えさせて呼ぶからの」
「わかった」
アコはまだ小さい女の子だと思うが、オレに女の子の気持ちなんかわかるわけないからな。
カーミラの言う通りにしようか。
……少しの後、お呼びがかかった。
「アスラン、入ってこい」
「えへへ、来てくれたんだ」
ベッドに横たわったままのアコは無理に笑顔を作ってくれた。
「アスランさん、速かったね」
アコの顔は赤く、苦しそうに呼吸をしていた。
「少し触れるぞ」
アコの額に触ろうとする。
「あの、汗かいてるから手がべたべたするよ?」
「そんなことない」
「……だったら、いいよ?」
アコは自分で額の髪をかき上げた。
汗ばんだ額に手を当て、熱があるか確かめる。
「……熱いが、幼いとはいえ火龍の体温が人と同じかどうかはわからんが……」
「わらわは夜の草原を、アコの手を引いて回った。
そのときは、人並みの温度であったぞ?
だが、今は……」
カーミラはアコの手を握った。
「驚くほど、熱いのじゃ」
「……息も荒い。
何らかの病気らしいと考えた方がいいな」
カバンから袋を取り出し、ガサゴソと持ってきた常備薬をテーブルの上に並べた。
「……火龍の娘だから、なおさら強い薬は使えないな。
どんな反応が出るかわからん。
呼吸が苦しそうだから、息をしやすくなる薬と……額に張る冷薬を使うか」
根菜を煮詰めた丸薬が咳などに効く。
急な発熱に効く魔法陣が縫い込まれた布があったので、惜しみなく使うとするか。
「カーミラ、水あるか」
「ここにあるぞ」
カーミラはコップに水を注いで渡してくれた。
瓶から取り出した丸薬を手に取る。
「口開けられるか」
「うん」
アコは気だるそうに口を開けた。
「かまずに飲み込めるか?」
「私、ママがお薬飲ませてくれた時、噛まなかったよ?
ママが頑張れって言ってくれたら、苦いのも飲めるんだから」
「そうか」
優しく頭を撫でてあげた。
「頑張れ、アコ」
「うん!」
丸薬を口に含んだアコは、コップの水と一緒に一気に飲み込んだ。
「飲んだよ」
「よくやったぞ、アコ」
「ありがと、カーミラお姉ちゃん」
カーミラもアコの頭を撫でてあげた。
「アスランさん、カーミラお姉ちゃん。
来てくれてありがと」
アコはオレとカーミラの手を握った。
「アコ、すりおろしたリンゴじゃ。
無理しなくていいのだが……食べたら元気になる。
甘くて、美味しいのじゃ」
「うん」
アコが食べやすいようにカーミラは少し身体を抱えてあげて、スプーンで少しずつすりおろしたリンゴを食べさせた。
「……おいしいよ」
「そうか、いっぱい食べて元気になるのじゃ」
「うん」
アコは少し食べると眠くなったのか、まぶたをこすり、それを見たカーミラはゆっくりとベッドにアコを横たえた。
「アスランさん、カーミラお姉ちゃん。
ずっと……一緒に居れたら、いいのに……」
そう言うと、アコは眠りに落ちた。
オレは、少し乱れた毛布を整えた。
――ベッドのそばで起こすわけには行かないから、入口近くのソファに腰かけた。
「今までアコの様子はどうだった?」
「……急に悪くなったわけではないのじゃ。
しばらくここで過ごすうちに……」
カーミラは泣くのをこらえているようだ。
「寂しがって元気がなくなっているのかと思ったのじゃ。
だから、夜にいろんなところに連れていってあげたのだ。
少しでも、寂しさがまぎれるじゃろうと思うての」
カーミラはとても寂しそうな顔をしていた。
「……元気のないアコは、寂しいのだと思っておった。
しばらくすれば良くなるだろうと……わらわは大馬鹿ものなのじゃ。
こんなに高熱がでる前に、すぐにアスランに相談すべきであった。
わ、わらわは……アコのために、寄り添うてやりたかったのじゃ。
それなのに……体調の悪いアコを連れまわしてしまったのじゃ」
カーミラは自分を責めていた。
「カーミラ、お前は悪くない。
少し様子を見て、これからのことを考えよう。
あと……お前ももう寝ろ。
クマがひどいぞ」
「見るなあ!」
そう言いながら顔を隠したカーミラは、疲れが限界に達したのか、ソファに横になると、すぐに寝息を立て始めた。
……オレは病気の専門家ではないが、アコの不調の原因に一つだけ思い当たるものがある。
カーミラの前で口に出すのはやめておいたが……
……小さく足音がした。
洞窟付近から聞こえる足音は、オレにとって聞き覚えのあるものだった。
こんな夜更けに二人組でこんなところに来るのは、アイツらしかいないよな?
「「先生!」」
イリヤとエメラルドがオレを見つけて近寄って来た。
「静かに……アコも、カーミラも疲れて寝てるから」
――二人に今までのことを話した。
「……なるほど……」
「アコは急に生活リズムが変わったせいで調子を崩したのかもしれませんが……」
イリヤもエメラルドも考え込んでいた。
「先生……お気づきかもしれませんが、私の考えを述べてもいいでしょうか」
「頼む。
アコを元気にするにはどうすればいいと思う?」
オレは医者ではない、皆の知恵を持ち寄って何とか、アコが体調が良くなるように考えたい。
「……考えられるのは3点。
日光、食事、そして……魔力を封印したことがアコの身体に悪さをしているか」
「そうだね、ボクもそう思う。
……でも、封印で魔力の流れが歪んでるなら体に魔力斑ができてるはず……」
「魔力斑はなさそうだったけどな」
「そうすると……日光と食事でしょうか」
エメラルドはオレに語り掛けた。
イリヤもうなずいていた。
……日光も食事も地下では十分に取れなかったのかもしれない。
王都であれば、日光に当ててあげることはできる。
食事も、火龍が何を食べるべきかはわからないが、大広場には多種多様な食材が売っている、アコの口に合うものも見つかるかもしれない。
この部屋には、野草や穀物、魚などがたくさん置いてあった。
前に来た時には、こんなにたくさんの食材は無かったはず。
……カーミラは自分にできることを精一杯してくれていた。
オレのミスだ。
アコの母親に必ず隠れ里を探し出すと、寂しい思いはさせないとそう誓ったのに。
……今は、アコを最優先に考えるべきだ。
「明日の朝、アコとカーミラを王都に連れていく」
「「ええっ?」」
イリヤとエメラルドは驚いて、腕を組んでいた。
「火龍と吸血鬼を王都に住まわせるなんて許可がおりないと思うけど……」
「それでも、衰弱していくのを放っておくことはできない」
オレは二人に頭を下げた。
「できることはしてあげたい、オレのわがままだと思うが……二人を王都に連れていくことを許してくれ」
「許すも許さないも……」
「私たち、先生が決めたことには従いますよ?」
イリヤとエメラルドはさも当然のようにそう答えた。




