64 道場破り(2)
1,000人は余裕で入る新道場の中央に、道場破りのスキンヘッドとオレが対峙する。
門下生たちは道場の壁に沿って大きな輪を作り、戦いの様子を見逃すまいと姿勢を正していた。
「ならず者たちが来たって聞いたよ!」
冒険者ギルドのマスター、レイラが冒険者を連れて現れた。
「……道場破りだ、暴れてるわけじゃないから、オレが相手をする。
レイラ、仕事を増やして済まなかったな」
「ははは、アスランさん。
火龍を倒したから、注目の的だね。
アンタと戦いたいってヤツはごまんといるだろうさ。
だけど、ギルドが仲裁すると、道場の名に傷がつく。
お手並み拝見させてもらうよ、新興道場アスラン一刀流の師範アスラン・ミスガルさん?」
レイラはけらけらと笑いながら、門下生たちの輪の中に溶け込んだ。
「へへ、アスランの旦那の剣が見れるなんてうれしいっす!」
レイラについて来たトロサールは小躍りしていた。
「へへへ、アスラン。
観客とおしゃべりなんて余裕じゃねえかよ。
お前が剣を拾わねえなら、こっちから行かせてもらうぜ!」
スキンヘッドの大男は長柄斧を振りかぶった。
「ねえ、イリヤさん。
アスラン一刀流には、斧使いに対する技ないよね?」
ユイカがイリヤに尋ねた。
ユイカはイリヤになついているから、そばを離れようとしない。
「うん。
アスラン一刀流の基本の型に、武器対策の型があるけど、【槍破】と、【魔制】と【弓殺】だけで、後は武器対策の型はない」
「どうしてなの?」
「……見てればわかるよ」
イリヤは、オレの方を指し示した。
「うおおおおおお!」
大男は長柄斧を振りかぶって突進してきた。
オレは回避行動をとらず、地面に落ちた鉄剣を拾う。
「もらったああああ!」
「「きゃああああ!」」
学んで日の浅い門下生が悲鳴を上げた。
大男の斧がオレの頭を捕まえる前に、踏み込んで剣を振り下ろす。
「ぎゃあああああ!」
大男は悲鳴を上げて、膝をつき崩れ落ちた。
斧が真っ二つに折れ、大男の右手首から鮮血が噴き出していた。
「鉄武器を持つなら急所攻撃くらい防げよ……エメラルド、頼めるか」
「わかりました」
エメラルドが【氷結輪】を使い、大男の右手首を凍らせた。
「冷たいいいいいい!」
「死ぬよりマシでしょう?
先生に鉄武器で挑むからこうなるのです」
エメラルドは大男に説教していた。
「ユイカ、わかった?
斧に対しては、避けずに、振り下ろす前に先に斬れってこと」
「……たまに思うけど、とんでもない剣術だね。
振り下ろしに対して突っ込んでいくんだよね……」
ユイカは目を丸くしていた。
「うん。
回避するより相手の腕斬り落とした方が速いって考えだから、斧使いに対しては【初太刀の型】を使うように教わるよ」
イリヤはオレから教わったことをユイカに教えていた。
うんうん、回避するより攻撃する方が速いからな。
本当は腕を落とすんだけど、それをせずに攻撃を止めるってのが難しいんだよな。
だからこそ、グレアス一刀流は一番強い道場主だけが、道場破りを相手にして来たんだ。
手加減をして、なるべく怪我をさせないように。
「さて、次のヤツ……どうする? 木の武器か、鉄武器か?」
「えっと、持ってきてないけど、木の武器って借りれますか?」
小柄な槍使いが、頭を下げながら、オレに頼んできた。
さっきまで威勢の良かった道場破りたちも、しゅんとして大人しくなっていた。
どこの道場破りが武器を借りるんだよ……
「イリヤ、棒術用のヤツ貸してやれ」
「うん」
イリヤはすでに用意してあった棒を手早く相手に渡した。
「じゃあ、いつでもいいぞ」
木剣を拾い、中段に構えて【槍破の型】で槍使いを待った。
……あれ、おかしいな。
いつまで立経っても攻めてこない。
牽制で小剣でも投げるか。
放たれたナイフは小柄な槍使いの肩に、突き刺さった。
「ぐわああああああ」
突き刺さった衝撃で、槍使いは後ろに吹き飛ばされ、口から泡を吹き、身体をピクピクと痙攣させた。
「ぶくぶくぶく……」
「おい、牽制なんだから回避してくれよ……」
オレは嘆いた。
「クソ、こんなに強いなんて聞いてねえぞ!」
「「うわああああああ!」」
列をなしていたならず者たちが、悲鳴を上げた。
「木の棒を持ったのに、ナイフを刺した!」
「「人でなし!」」
捨てゼリフを吐いて、ならずものたちは逃げ出した。
「……おい、せめてこいつら拾って帰れよ……」
ならず者たちは逃げだし、負傷したスキンヘッドの斧使いと、槍使いがその場に放置された。
……ただ一人をのぞいて。
「アンタは帰らないのか」
後ろの方に並んでいた尖った耳の弓使い。
胸当てをしていても、女性であることが容易くわかるボディライン。
腰は細いが、均整の取れた体つきのエルフの美女だ。
金髪をかき上げながら、オレの質問に答えた。
「……気前のいい金額をもらっているからね。
報酬をもらった分の仕事はする」
エルフの女性は、眉一つ動かさずそう答えた。
「それに、相手の技量が高いなら、死ぬ可能性はかぎりなく低くなる。
むしろ安全な仕事なのに、愚かなヤツらはそれに気づかない」
エルフの女性はニヤリと笑った。
……多少はできるようだな。
オレは道場の中央に戻った。
「来ないのか?」
道場の端にとどまったままのエルフに尋ねた。
「剣士の間で戦うわけには行かない。
最初の位置は道場のギリギリ端でお願いしたいが」
「了解した」
剣士と弓使いの試合だ。
オレは間合いを詰めたいし、あちらは間合いを離しておきたいよな。
「武器は鉄の矢を使う」
「わかった」
オレは鉄剣を拾い、【弓殺の型】で構えた。
【弓殺の型】はうちの流派には珍しい、回避を主眼に置いた型だ。
【弓殺の型】には2種類あり、抜刀して【矢払い】を狙う型と、納刀して回避しながら間合いを詰める【二の矢潰し】の型がある。
誰かを守る場合には、【矢払い】が有効だ。
今回は、【二の矢潰し】を狙う。
納刀したまま半身に構え、右手を懐に入れてすぐに小剣を投擲できるよう準備。
やや前傾姿勢を取り、すぐにでも飛び出せるように構えた。
エメラルドが門下生に語り掛けた。
「皆さん、アスラン先生と腕のいい弓兵との、本気の戦いなど滅多にみられるものではありません。
集中して、アスラン先生の一挙手一投足をその眼に焼き付けなさい!」
「「はい!」」
道場は、静かな熱気に包まれた。




