63 道場破り
遠くへ行ってしまったクロードの、疲れたような顔が気になる。
「もう少し素直に笑うヤツだったけどな、顔が疲れていた気がする」
「第一王子ともなれば、気苦労も多いでしょうね。
それにクロード様は難しいお立場ですし……」
エメラルドは腕を組んでいた。
「第一王子?」
「先生、ご存じなかったんですか?
クロード様はフィリップ王のご子息で、第一王子ですよ?」
オレが知らなかったことに、エメラルドは驚いていた。
「王族とは聞いてたけどな」
「私なら気になって聞いてしまいますけどね……」
「フフ、ボクのときと同じだね。
先生は不必要に詮索しない。
それがボクには心地よかった」
イリヤは頷いている。
「ボクは、クロード王子の気持ちがちょっとわかるかも。
王位継承権がもらえそうにない第一王子だったら、王族ってことでお茶を濁したくなるよ」
イリヤの言葉には同情的なニュアンスが込められていた。
「クロード王子の母上は身分が高くない上、貧しい貴族だったそうなんです。
だから、後ろ盾がないクロード王子ではなく、クライフ神聖王国の王女を母に持つアルス王子が、次期王位継承者だって皆噂しております」
エメラルドはつとめて冷静にオレに情報を教えてくれた。
たぶん、わざと中立な物言いで話をしてくれたのだろう。
新たに伯爵になったオレのために。
「なるほど、疲れてたのはそういうことも関係するのかもしれないな」
一度、剣を見た間柄だ。
できれば、クロードにも疲れた顔よりは笑った顔でいて欲しいと思う。
★☆
「おはよ」
寝起きで食堂に向かうと、エメラルドが台所に立っていた。
「先生、おはようございます」
「美味しそうな匂いがするな……焼き魚か」
「はい、川魚をパリッと焼き上げて、お塩で」
「美味しそうだな」
ぐるるるる。
おっと、お腹が鳴ってしまった。
「フフ、すぐに用意しますね」
エメラルドは焼き魚の仕上げに、塩を振っていた。
「イリヤは?」
「植木に水をあげるって言ってましたけど……」
そうこう言っていると、イリヤが現れた。
「先生、おはよ
眉毛、カッコいいね」
イリヤが細くなったオレの眉毛をじっと見ている。
「見つめるなってば」
「……先生、似合うよ」
イリヤは何度もうなずいていた。
「そうか?」
「私も、案外似合うんだなってビックリしました」
エメラルドがお盆を持ってテーブルへ。
「案外って何だ」
「ふふ」
くだらない話をしながら、オレもイリヤも配膳を手伝った。
「「いただきます」」
昨日晩餐会だったはずだが、二人はすまし顔で朝食を食べている。
オレはちょっと二日酔いで頭が痛い。
「「先生、改めてノートン伯おめでとうございます」」
「ああ、ありがと」
品定めするような眼じゃなく、二人の眼には心からの祝福を感じる。
素直に嬉しいぞ。
「それにしてもノートン伯ですか……王から直々の爵位授与ですから、領地付きの爵位だとは思いましたが……」
「え?
オレ領主になるわけ?」
二人は頷いた。
「ノートン伯爵領は、今は王家の直轄ですが、かなり広い領地ですよ。
土地はやせてなくて比較的温暖です」
「いい土地じゃないか、どうしてオレなんかに任せるんだ?」
「……魔王領が近いよ、北部にあるからね」
イリヤがぼそりと言った。
「そうか、魔王軍への盾か」
退却を許されない文字通りの盾。
それをオレに務めろということか。
「……まあ、わかりやすくていいか」
「怒らないんですか? 厄介な役割を与えられて」
「役割が明確だから、やりやすいだろ。
どの道、オレは冒険者だから魔王軍が攻めてきたら戦いに行くつもりだし」
焼き魚の皮がパリッとして旨い。
エメラルドの丁寧な仕事がなせる業だな。
「……やはり先生は頼もしいですね」
そう話しながら、エメラルドはナイフで器用に魚の骨を取り除く。
「心配したくはなるけど、魔王軍が相手でも先生が苦戦するのが思いつかないもんね」
「火龍にはちゃんと苦戦したぞ?」
「あのねえ、先生。
火龍に苦戦しないなんて、人だって魔族だって、龍だっていないよ?」
そう言うと、イリヤは小骨を取り除くのを面倒くさがって、バキバキと魚をかみ砕いて飲み込んでいった。
「確かに」
急に、のんびりとした朝食に似つかわしくない足音が近づいて来た。
「先生!」
「どうした、ユイカ」
黒い二つ結びを揺らして、ユイカが食堂に駆け付けた。
こわばった表情からしてただ事ではなさそうだ。
「道場破りだよ!」
「わかった、すぐ行く」
オレに続き、イリヤ、エメラルドも瞬時に立ち上がった。
――階下へ降り、新闘技場へ駆けつけた。
「おい、凄い数だな」
道場の入口に、どうみてもならず者とおぼしきヤツらが列をなしていた。
「「道場破りに来たぞ!」」
一斉に叫ぶ道場破りたちは、何故か一列に並んでやがる。
「先生、私たちで片付けていいですか?」
エメラルドがドレスの裾を光らせ、イリヤも両手両足の輪を光らせていた。
二人とも、割とけんかっ早いよな。
「いや、オレが行くよ。
暴れてるなら、すぐにでも潰したいところだけど……あいつら一列に並んでるからなあ」
道場破りの相手は、道場の代表が務めることにしている。
恨みを買いやすいため、道場破りの相手は、先代は決して譲らなかった。
オレもそこは継承していきたい。
道場の中心に向かうと、門下生たちはあっという間に輪を大きくした。
道場の中央で木剣と鉄剣を2本、目の前に転がし、力を抜いて立つ。
「待たせたな、道場破り」
「「うおおおおお!」」
道場破りたちは雄たけびをあげた。
「剣でも槍でも弓でも魔法でも、好きな武器で挑んでくれて構わない。
オレは投擲武器の小剣2本の他、木剣か鉄剣を使用する。
鉄の武器を木剣でいなすのは難しいから、相手に合わせて武器を変えるが許して欲しい。
一つ言っておくが、鉄武器を使う場合、死ぬのくらいは覚悟してくれ」
できるだけ、怪我しないように配慮はしたいが、鉄武器を持って戦いに挑むなら、死ぬことは覚悟していて欲しい。
「望むところだ!」
一番前に並んだ斧使いが威勢よく道場へ歩みを進めた。
オレより二回り大きなスキンヘッドの巨体が、鉄製の長柄斧を担いでいた。
「おい、アスラン!
魔法武器で火龍を倒したってことだが、その武器使わなくていいのか?
結局、その魔法武器が凄いって話だろ?
魔術師長に武器を仕込んでもらったら、誰でも活躍できるよなあ」
大男は、口を大きく開けてあざけるように笑った。
「先生をバカにするなんて我慢なりません、私が息の根を止めてきます」
エメラルドが額に血管を浮き立たせたまま、氷剣を生成した。
「待てって。
道場破りの相手はオレの仕事だ」
「ですが……」
普段冷静なエメラルドだが、オレのこととなると、烈火のごとく怒りだすのだ。
「お前なんぞ、普通の鉄の武器で充分だ。
さあ、いつでもいいぞ」
「アスラン、武器を握ってなくていいのか?
地面に転がしてるところからじゃ、さすがに勝負にならねえぞ」
大男は、地面に落ちた武器を拾うよう促した。
「……拾うところからが、型なんだ。
さあ、どっからでもかかって来いよ」
「そんな型、あるわけねえだろ、なめやがって……」
大男はバカにされたと思い、スキンヘッドから湯気を吹き出していた。