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62 伯爵位授与

 ジルヴィセンテ離宮の庭園、野外特設ステージ。

 フィリップ王の言葉が聞こえてはいるが、理解ができなかった。


「オレが伯爵……ですか」

「その通りだ」


 フィリップ王がうなずいたのを見ると、どうやら聞き間違いではないようだ。


「さ、アスラン。

 ひざまずけ。

 儀礼的なものじゃが、動くんじゃないぞ」

「……わかりました」


 言われた通り、動かないようにする。

 

 オレだって子どものころ、騎士物語の一つや二つ聞いて育った。

 王がこれから、何をやるかは知っている。


 フィリップ王がオレの肩に剣を置く。

 この通過儀礼を経て、王に軽く抱擁されることで叙勲は完了となる。


 鳴り響くような拍手。


「さて、火龍討伐の英雄じゃからの。

 勲章もワシが手ずからつけてやろうか」

「ははー」


 護衛の騎士が持ってきた勲章を、王がオレの左胸につけてくれた。


「ノートン伯……これからもユトケティアに変わらぬ忠誠をお願いするぞ」

「ははー、もったいないお言葉」


 オレはどうやら、ノートン伯爵となったらしい。

 歓声と拍手が鳴りやまない。


「立ち上がって、皆に顔を見せてやれ」

「……はい」


 割れんばかりの拍手と歓声と同時に、値踏みするような視線がオレを突き刺していた。


 ……気が重いな、政治は苦手だぞ。

 グレアス一刀流内の政治すら、うまくいかなかったのに。


 政治で後手を踏み、マリクに剣聖を奪われた苦い思い出が脳裏によみがえった。


 ――少し別室で休んだ後、宴会が催されるらしい。


 爵位授与式や宴席は、オレだけのために設けられたものでは決してない。

 年に数回行われる、親を亡くした貴族たちへ爵位を授与する形式的なもの。


 要するにオレは場違いな場所へ、ついでにお呼ばれされたというわけだ。


「さて、先生お着替えいたしましょうか」


 別室へはエメラルドとイリヤが入って来ていた。


「何回着替えりゃ気が済むんだ……」

「正装から最正装、そして今度は夜会服だね」


 イリヤが説明してくれるが、オレにはよくわからん。


「しかも大して変わらないのに……」

「たしかにそうですね。

 冒険に出る服なんかと比べますと、正装と最正装と夜会服なんてツヤとか色使いとか胸花とか、装飾品の違いですから……貴族でも間違えますからね」


 エメラルドが頷いてくれた。


「さて、この服に着替えてもらっていいですか?

 細かい直しは私たちがやりますから」

「先生、このカーテンの向こうで服脱いで待ってて」

「……はいはい」


 オレはカーテンの奥へ行く。


「ねえ、イリヤ。

 先生が着る服ですが、この服どうでしょうか、濃い群青です」

「カッコよくて爽やかだけど……夜会だしね。

 どうしても色気出さないといけないよね。

 紫入ったこれとかどう?」


 おいおい、オレの服をキャイキャイしながら選ぶんじゃないってば。

 オレは別段、常識はずれじゃなければそれでいいんだから。


 そんなことよりさ、ゆっくり選ぶんだったら服脱いでって言うなよな。


「おい、二人とも」

「何?」

「何でしょう?」

「寒いんだが」

「「あ」」

「すみません、すぐに決めます」

「これ、温かいお茶」


 イリヤの腕がカーテンからにゅっと伸びてきた。


「お茶飲ませときゃ寒くない、とかないぞ。

 寒いもんは寒いからな」


 おおお、染み渡る茶の旨さ。

 ただオレはお茶が染み渡るほどの寒さから早く解放されたい。

 足が寒いんだが?


 オレの言葉が聞こえてるかどうか、結局あいつらキャイキャイ30分ぐらいはしゃぎながら服選びしていた。

 

「おい、お茶飲み終わったぞ」


 腕がにゅっと伸びてきた。

 もちろん、イリヤの腕だ。


「二杯もお茶要らないから、さっさと決めてくれ……」


 いや、そりゃ身震いするほどお茶はありがたいけどさ……

 あーでもない、こーでもないと服を選んでいる二人の耳には、オレのボヤキは届きやしないようだ。


 ★☆


 結局、濃い紫を基調とした銀糸でところどころ刺繍した燕尾服になった。

 細かい装飾品がいろいろついているが、正直オレは胸に刺さっているものの名前すらわからん。


 さて、貴族階級の社交に興味のないオレとしては、すみっこで酒と食事をつまんでノホホンと過ごしたいところなのだが……

 

 エメラルドとイリヤがオレの側から離れないものだから、どうやら壁の花を決め込むわけにもいかなそうだ。


 ひっきりなしに王侯貴族が酒を片手に挨拶に来るので、その相手をするので精いっぱいだった。


 エメラルドが挨拶に来る王侯貴族名前をすべて覚えているのにも驚愕したが、イリヤも他国の姫君だというのにそのほとんどを知っていた。


 さすがにそれにはエメラルドも舌を巻いていたけど。


「さて、あらかた重要人物は紹介し終えたでしょうか」

「頭がかち割れそうなんだが……」


 人の顔と名前と役職の洪水で、オレの頭はこんがらがってしまっていた。


「先生は生徒の名前をすぐに覚えていましたから、人の名前を覚えるのは苦にならないかと思ってましたけど」


 先ほどまで立っていたエメラルドも今は葡萄酒片手に、小休憩。


「剣の振りはすぐ覚える。

 だから、生徒は覚えやすいが……」

「要するに、先生は門下生には興味あるのでしょうけど、貴族たちには興味がないのではないですか?」

「なるほど」


 心の底からエメラルドのいい分に納得してしまった。


「先生、ようやく休憩だね」


 イリヤが手を振りながら、こちらへ歩いて来た。


「どこ行ってたんだ?」

「騎士団長につかまってた」


 イリヤが視線を向けた先には筋肉自慢の大男。

 騎士団長ジルコム・シェラッド。


「さすがに先生には顔を合わせづらいみたいでね……」


 勝手に喧嘩を売って、あっという間に敗北したから気持ちはわかるが……


 あ、ジルコムがチラリとこっちを見て、すぐに視線を逸らした。

 気づかなかった振りをするのが大人というものだな。


「先生!」


 あちらから笑顔で近づいて来る青年には見覚えがある。


「おお、クロードか」


 クロードは短い期間だったが、グレアス一刀流の門下生だったことがある。


「また大きくなったな」

「何言ってるの? 僕はいい大人なんだからおおきくなったりしないよ。

 もう妻も子もいるんだから」

「おお、おめでとう」


 顔をくしゃっとして笑うクロードの笑顔は人を引き付ける魅力を持っている。


「二人とも知り合いなの?」


 イリヤが不思議そうにオレに聞いて来た。


「何を言ってるんだ? クロードは兄弟子だろうが……

 ああ、被ってないのか」

「僕は結構短いから」

 

 クロードは頷いた。


「え、クロード様兄弟子だったの?」

「知りませんでした……」


 イリヤもエメラルドも驚いていた。


「クロードは人懐っこいくせに、妙に謙遜するところがあるからな」

「はは。

 先生の言う通りだよ。

 僕は二人みたいに大会でもパッとしなかったからね」


 ひょうひょうと言うクロードだが、別に不器用だったわけじゃない。

 剣の振りの鋭さも、体力も、頭の良さも……クロードはすべて人並み以上のものを持っていた。


 3年ほど通って、基本の型をマスターした後、すぐにやめてしまったのだ。


「才能はあったと思うけどな」

「先生にそう言われるのは嬉しいけど、僕は単純に護身術を学びたかっただけだからね。

 剣に一生を捧げるつもりなんて毛頭ないんだ」


 クロードは照れ隠しのように笑う。


「先生も伯爵になったんだから一つ言っておくけどさ」


 クロードはオレの肩に手を置いて耳打ちをした。


「王侯貴族なんてものはさ、他人の足元すくおうとするヤツだらけだから、気を付けてね。

 特に、新興貴族なんてものすごく注目の的だからさ」


 クロードのこの目はオレは見たことがなかった。

 できれば、してほしくなかった擦れ切った目。


「忠告覚えておく。

 でも、オレは伯爵になっても変わらないから」


 オレの言葉にクロードは顔をほころばせて笑った。

 ……何だよ、そんな風にも笑えるじゃないか。


「あははは、さすが先生」

「なあ、クロード。

 今度さ、オレの道場に剣振りに来いよ。

 たまに振ると、気持ちいいぞ」

「……そうだね」


 クロードは背中を向けて歩き出し、手を振った。


「考えとく」


 クロードは足早に遠くへ歩いて行った。

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