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61 火龍討伐の褒美

「また髭を剃らなきゃいけないのか」


 王から呼ばれてしまった。


 ギルドからもらえる迷宮攻略の報酬の他に、火龍討伐の件について王から直々に褒美がもらえるらしい。


 それはそれで嬉しいのだが……髭を剃って、慣れない服を着て、思ってもないおべんちゃらを言う……はあ、ゆううつだな。


「到底オレには宮仕えなんて出来そうもないな」


 エメラルドに衣服を整えられながら、オレは自嘲した。


「その点、クレイ公爵家は都からほどほどに離れていますので、一度いらっしゃってはいかがです?」


 エメラルドが地図をオレの前に広げ、クレイ公爵家を熱烈に案内してくれた。


「クレイ公爵家か……」

「ええ。

 当主にでもなれば、誰に気を使うわけでもありませんし……気軽なものです」

「当主になれるんだったら、そうなのかもなあ」

「……ご興味あります?」


 ぐぐいっとエメラルドが近づいて来た。

 ちょっと、近いんだが……


「服が着れたなら、髪をセットするよ。

 エメラルド、聞こえてるでしょ。

 ……代わって」

「あら……」


 イリヤはぐいっとエメラルドを引っ張った。

 

「先生の言うこと、よくわかる」


 イリヤに示された椅子に座ると、イリヤも同じように対面に座った。


 あまり真正面に立ってイリヤの顔をじっと見ることはない。


 長いまつ毛が印象的な金色の眼が、オレを見つめている。

 年若いのにどうしてか、色気があるんだよな。

 イリヤの眼には不思議な吸引力がある。

 

 ……気取られないようゆっくりと視線を外した。

 

 イリヤは小瓶から香油を取り出して、自分の手のひらをこすり合わせて広げた。


「爽やかな香りだな」

「先生は、大人の男の人だからね。

 色気たっぷりな匂いより、こっちの方がいい」

「そうか」


 香水を兼ねた整髪料、こっち方面は完全に門外漢だな。

 前からセットが終わったのでイリヤは後ろに回った。

 回る際、ふわりとイリヤから香水の匂いがした。


 やはりイリヤは果実のような甘さを想起させる匂いが好きなんだろう。

 ……ただ、オレはそれをそのまま口にするほど無遠慮でも、勇気があるわけでもなかった。

 

「ガーファはユトケティアより、礼儀にうるさくないよ」


 オレの髪の毛をいじくりまわしながら、イリヤはそう言った。


「そうなのか」

「うん、お父様も儀礼的なものが嫌いで無駄を省きたいタイプだから」


 そのカリスマでガーファの権力を一手に収めようとしている英雄王ゼキ。

 何を隠そう、イリヤの父親なんだ。


「ユトケティアの宮仕えは段取りや礼儀が難しくても、ガーファだったらうまく行くと思う」


 イリヤは熱のこもった声色で、オレに主張してくる。


「そうか?」

「先生が、ガーファに来てくれるなら……ボクなんでもするよ」


 真剣に話しながらも、決してイリヤは手を緩めない。

 オレが答えに迷っている間に、オレの髪型はばっちり決まっていた。


「じゃーん。

 どう、エメラルド」


 エメラルドは大きな拍手をした。


「イリヤ、先生の落ち着きのある大人の色気を十分表現できていると思います。

 素晴らしい腕ですね」

「フフ、エメラルドの服選びのセンスもとってもいいと思う。

 先生のカッコよさが増してる」


 二人しておべんちゃらを使うんじゃないぞ。

 そんなに褒められると照れてしまうんだが。


「とりあえず、王様に会いに行くぞ」

「「はい!」」

「でも、その前に髭を剃らなきゃ」

「そうですよ、先生。

 観念するのです」


 二人が妖しい笑みを浮かべながら近づいてくるので、思わず後ずさった。


「……やっぱり剃らなきゃダメか?」

「ダメ」

「ダメです」


 ☆★


「火龍討伐の件、褒めてつかわす」

「ははー、もったいないお言葉!」


 王の前に、エメラルドとイリヤを連れて入った。

 エメラルドは裾の広がった深い青のドレス。

 いつもとは違ってコルセットが強めだ。

 イリヤはとんでもない数の刺繍が施され、身体にピッタリとしたガーファ流の白いワンピースを着ていた。


 それはそれは見目麗しく、二人を初めて見た男なんてたちまち惚れてしまうのではなかろうか。

 

 オレはと言えば――王様の言葉なんてどうでも良くなるほど、髭を剃った後がヒリヒリして痛い。


「ふふ、アスランよ。

 そなたのような剣客がユトケティアにおること、ワシは嬉しいぞ」

「ははー、今回の件、ここにいるエメラルドとイリヤの助力あってのこと。

 二人にも称賛をいただければ幸いにございます」

「ほう……自分の手柄よりも弟子の手柄にするか……」

「エメラルド、イリヤ。

 そなたたちはいい師匠を持ったな」


 二人は顔を見合わせた。


「「はい!」」


 二人はとびきりの笑顔でこちらを振り向いた。

 ……ったく、王の御前で、後ろ向くんじゃないよ。


 髭剃り跡が痛いけど、二人の笑顔が見れたから良しとするか。


「さて、前座はこれくらいにしとこうかの」


 王は立ち上がって指をパチンと鳴らした。


 扉が開き、ずらりと召使たちが現れた。


「さあ、お前たち。

 アスランを最正装に着替えさせよ」

「「は!」」


 わらわらと現れた召使にオレは連れ去られていった。


「ちょっと待って。

 今式典は終わったんじゃないのか?

 最正装って何だよ、聞いたことないんだけど」

「連れてけ」

「「ははー」」


 オレの抵抗もむなしく、王の命でオレは別室に連れていかれた。


 ――オレが着替えさられている間、隣から声が聞こえた。


「ねえ、フィリップ様。

 もしかして……」


 エメラルドの問いかけに、フィリップ王はニヤリと笑って返した。


「そなたたちはビックリはしても、意外とは思わないのかも知れんのお」

「「まさか……」」

「……他国に横取りされては、かなわんからな」


 声色は嬉しそうだが……


「そなたたちも新しき扉を開く師匠にふさわしい格好に着替えてくるがよい」

「「わかりました」」


 妙に足早な二人分の足音が聞こえた。


「どうでしょうか、こんな感じで」


 召使に見せられた鏡には、眉毛まで細くなったオレがいた。


「最近の若い貴族の男性の肩に細眉が人気なんですよ?」


 オレは若くも、貴族でもないんだが……

 

 ★☆


 ジル・ヴィセンテ離宮。

 至る所に曲線が使われている白亜の離宮。

 伝統的に皇太子が使用するという離宮は、今現在利用者がいない。


 十分な広さがあるので、今は公式行事などに使われているらしい。


 ガーファの副騎士団長、ギルスタッドランスと決闘を行った場所だ。


 

 ずらりと、王侯貴族が集められている。


 ……今から、何か大切な公式行事があるらしいが、王の召使に聞いても、王に呼ばれたら前に出ろとしか教えてくれない。


 庭園に造られた特設ステージの高いところに王と……あれ、エメラルドとイリヤも王の横に控えているな。


 名だたる王侯貴族を押しのけて、あいつらは王の横にいる。

 王女と公爵令嬢だから、不思議はないんだけど……こういうときには身分差を強く認識してしまう。


 ……あいつらを手元に置いたままでいいのか。


 オレが剣聖になれなかったのを心配して駆けつけてくれた。

 門下生を集めて、道場の事務や師範代の仕事、炊事洗濯までこなしてくれている。

 オレにはもったいない愛弟子たちだよ、本当に。


 だからこそ、早く安心させてあげないといけないよな。


 そんなことを考えていると、召使から声をかけられた。


「アスランさん、こちらへ。

 そろそろ出番です」


 儀礼的なものは何度やったって苦手だ。

 重い足取りで特設のステージへ向かう。


 植え込みからステージへ姿を現すと、その場のみなから盛大な拍手が送られた。

 お辞儀をして頭を掻くと、どっと笑いが起きた。

 

 それでも、嫌な感じはしなかった。

 バカにするような感じではなく、好ましくオレを見てくれているようだ。

 

 そういうの、顔見ればわかるよな。


「アスラン・ミスガル。

 王の前へ」

「はい!」


 王の前へでて、頭を下げる。


「……頭をあげよ」

「はい」

「アスラン・ミスガル。

 フィリップ・ノルドレイクの命によりそなたに伯爵位を授ける」

「……は?」

 

 あまりのことにびっくりして、しばらく口を開けポカンとしたままだった。

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