59 ノイスの嘘(アルス視点)
――数時間前――
磨き抜かれた白亜の石材で作られた離宮の中心に、私――ユトケティア王国第ニ王子アルス・ノルドレイクが座っている。
今日は私の旧友が尋ねてくる日だ。
もちろん、ただの来訪ではない。
迷宮を踏破したというとびきりの土産話を、私に報告してくれるはずだ。
「ノイス様が参りました」
見目麗しい薄着のメイドが、私に来客を伝える。
「苦しゅうない、すぐに通せ」
「わかりました」
ふふ、旧友の来訪だ。
さぞ明るい表情で私に会いに来るのであろうな?
クライフ神聖王国遊学中、夢を語らいあった同窓の友は、重い足取りで私の前に現れた。
お供は鉄血十字団の幹部の美女二人。
「おお、ノイス、久しぶりだな!」
「……お久しぶりです、アルス様」
ノイスは身体を震わせながら、膝をついた。
え?
どうしたんだ、ノイス。
そんなに身体を震わせていると、まるで迷宮攻略に失敗したみたいじゃないか。
「さて、迷宮となったブレンダン火山に赴いたお前の冒険譚、じっくり聞かせてもらおうか」
真っ青な顔をして、ノイスは話し続けた。
「……迷宮には火龍がおりました」
「何と! さすがはノイスだ。
火龍がいようとも、迷宮を攻略してみせたのだろう?」
「……」
ノイスの顔から冷や汗が流れ落ちている。
「迷宮は攻略されましたが、それは私ではなく、アスラン・ミスガルと言う剣士によるものです」
「……は?」
私はゆったりとした椅子から立ち上がると、下を向いて震えているノイスの元へ行く。
「アスラン・ミスガルが迷宮を攻略した、事実はそれで間違いないのか?」
「え……あ……」
ノイスは口をパクパクさせていた。
「では、そのようにクライフ神聖王国へは報告をしておく。
残念だよ、ノイス。
私はお前のことを買っていたのだがね」
踵を返して、私は元居た椅子へ戻ろうとした。
「ま、待ってください、アルス様!」
ノイスは立ち上がり、私の袖を掴み、そのせいで刺繍がほどけた。
「金糸がほどけたな」
「……あ……」
慌てるノイスを警備兵が槍でなぎ倒し、槍の柄で頭を押さえつけた。
「ぐうぅ……」
「……普段であれば、私の裾を掴むなど、死罪にも値するが……
同窓の友、ノイスのしたことだ。
事と場合によっては、許さないこともない。
必死に私の裾を掴んだこと、何か意味があったのだろうな?」
ノイスは身体を震わせていたが、やがて意を決したように矢継ぎ早に話し出した。
「アスランは、火龍に相対した鉄血十字団の部下に、退却を許しませんでした!」
「ほう……面白い、続きを話してみよ。
ほれ、お前たち、ノイスは私の旧友ぞ?
自由にしてやれ」
「「ははー」」
私の言葉で警備兵は押さえつけていた槍をはずし、ノイスを立たせた。
「……大変面白い話だな? 続きを話せ」
「は、はい……」
私の顔色をうかがいながら、ノイスは話を続けた。
「私は意を決してアスランに立ち向かい、鉄血十字団の部下たちを逃がしました。
激昂したアスランは、我々を縛り上げ、火龍の囮としました」
「……最悪な奴だな、アスランは」
「そうなんですよ!
奴さえいなければ、私たち鉄血十字団が火龍を倒していたはずです!」
ノイスは話してるうちに気が大きくなって来たのか、拳を突き上げ、私に演説をして見せた。
「そうかそうか、ノイスご苦労だったな。
まったくアスランはひどい奴だ」
「アルスさま、わかっていただけましたか!」
ノイスはあからさまに安堵していた。
「私に対して同窓のノイスが嘘をつくはずがない。
ノイス、私は……お前を信じていいんだよな?」
つかつかと歩み寄り、真正面からノイスを見据えた。
「ええ、これが迷宮での真実です!」
いけしゃあしゃあと、ノイスは拳を突き上げながら、私に答えた。
「じゃあ、お前たちの口からも報告してもらおうか、イブ、マリア」
「「はい!」」
鉄血十字団の幹部二人は、鮮やかに制服を脱ぎ捨て、私の傍らに来てひざまずいた。
「な、なんだお前たち!」
部下がオレの元へはせ参じたことに、ノイスは驚きを隠せないようだ。
数年前から、私の息のかかった間者たちをクライフ神聖王国に入れていた。
優秀な部下で助かるよ、いつの間にか鉄血十字団の幹部になっていたのだから。
「イブ、マリア。
迷宮へ同行したお前たちの口から、私に真実を伝えよ。
そして、判断を下せ。
ノイスが信ずるに足る男かどうか」
イブとマリアは妖艶に笑い、私の両耳から迷宮でのノイスの様子を報告してくれた。
「や、やめろ!」
「ははは……そうかそうか。
迷宮でのこと、子細に伝えてくれて助かった。
わが同窓の友が、私に嘘をつくはずがないと思っていたが……」
私は袖で顔を拭った。
「私は騙されていたのだな……」
「あ……あ……お許しください、アルス様!」
「」
床に頭をこすりつけ、涙を流しているノイスを思いっきり蹴っ飛ばす。
「うぐ……」
「ノイスよ、親友に裏切られた私の心の痛みは、こんなものではないぞ!
ただ、私は心が広い。
お前の気持ちも手に取るようにわかる。
部下に裏切られ、アスランにやりこめられたノイスよ……可哀そうに。
あまりに情けなくて、旧友の私にさえ、つい嘘をついてしまったのだろう?」
わかりやすく助け船を出してやる。
「す、すいません。
報告する内容があまりに情けなくて……私に迷宮攻略を依頼したアルス様に迷惑をおかけするのが、心苦しく、つい嘘をついてしまいました!」
立ち上がり、涙を流しているノイスへ清潔な白い布を手ずから渡してやる。
「もう良い、涙を拭け。
友達の涙なぞ、私はあまり見たくない」
「なんとお優しい言葉を……嘘までついた私のことを、まだ友と呼んでくれるのですか」
ノイスは感涙にむせびながら、感謝の言葉を述べた。
「はは、何を言う。
私とノイスはずっと友達ではないか」
「ありがたきお言葉!」
ノイスの手を引き、立たせ、ぎゅっと抱きしめる。
「あ……アルス様……涙で汚れてしまいます……」
「そんなことは良い。
だが……約束しろ。
今後何があったとしても、私に嘘はつくな」
「……もちろん、約束します!」
ノイスは絶叫に近い言葉で返事をした。
抱きしめた手をほどき、ノイスの肩に手を置いた。
「鉄血十字団の部下を失い、任務に失敗したお前を拾うてやるのは私くらいのものだ。
絶対に裏切るなよ」
「……命に懸けて、アルス様に忠誠を誓います」
ふふ……その瞳。
自分の見栄など捨て去り、私へ忠誠を誓った瞳が、私にはたまらなく愛おしく感じる。
「ノイスよ、私に協力してくれるな?」
「もちろんです!」
私が握った手を、ノイスは力強く握り返してくる。
「この国に私以外の英雄なぞいらんのだ。
アスラン、お前の評判……地の底に落としてくれる!
ノイス、お前にはそのために何だってしてもらうぞ」
「このノイス、アルス様のためであれば、何だってやり遂げて見せます!」
「頼むぞ……ふう。
もう下がれ」
「わかりました、失礼したします!」
ノイスを下がらせた後、メイドに茶を作らせた。
ゆっくりと味わおうとするが……いつもより随分苦く感じるものだな。
……ノイスめ。
つくづく役に立たぬ男だ。
ノイス達鉄血十字団が火龍を倒せば、依頼した私の功績として、父上にお褒めの言葉も頂けただろうに。
まったく忌々しい。
任務失敗だけならいざ知らず、部下まで根こそぎアスランに奪われて来るとは……
クライフ神聖王国での有力なパイプと思ったが、ノイスは全く役に立たぬまがい物であったな。
くそ、このままでは長兄クロードとの王位継承者争いに勝てぬではないか。
父の命で、私はクライフ神聖王国、クロードはガーファに遊学に行かされた。
それぞれ遊学先でつながりを作ってこいとのことであろうが、今回のノイスの件、父にとっては、私の交友関係に疑問符が付いたやも知れぬ。
父は今の今まで、王位継承者を指名なさっておらぬ。
王位を我がものとするためには、すぐにでも大きな功績をあげる必要があったというのに……
ガーファの姫君を弟子として、道場に住まわせていると聞くアスランなぞに、英雄面されてたまるものか。
ノイスよ、役に立たぬお前のために時間を使い、立派な忠犬にしてやったのだ。
今度は私の期待に応えて見せろよ?
苦みしか感じないお茶を流し込むように飲み干した。