06 剣聖が攻めてきた
――次の日の朝。
素振りの風切音で目が覚めた。
まったく、ユイカか?
あいつ勝手に忍び込んでくるからな。
階段を下りて稽古場へ向かうと、門下生たちが一斉に素振りを行っていた。
「みなさん、集中が足りませんよ!」
「キミ、足先に力が入ってないよ」
エメラルドとイリヤは門下生たちの素振りを見て回り、元気よく指導していた。
明らかに門下生は昨日より多く……というか、オレが教えていたグレアス一刀流の生徒、全員ここにいるんだけど?
さらに今日は男子生徒もいるし、全く知らない顔もさらに増えていた。
昨日30人だったけど、ざっと数えて100人くらいいるんだが……
「先生が見えられました!」
エメラルドがオレに気づき、みなに大声で語り掛ける。
「整列!」
「「はッ‼」」
イリヤの掛け声でみなが一糸乱れぬ整列をした。
おいおい、新顔のやつもいるのに、いつその整列仕込んだんだよ……
「多忙なアスラン・ミスガル先生から、一言いただきたいと思います。
では、先生、一言お願いします」
何でこいつら勝手にオレの家で練習してるんだろうな……
まあ、一応作りは道場だからさ。
広いからいいんだけど。
「……いつも決まった時間に起きて、剣を振るう。
たったそれだけのことだって皆ができることじゃない。
昨日よりも少しだけ集中して剣を振るう。
それが出来たら、少しずつ強くなれる。
じゃあ、頑張ってみようか。
オレも一緒に剣を振るうからさ」
「「ありがとうございます!」」
門下生たちは生き生きとした表情を見せて素振りに戻った。
「エメラルド、門下生の指導もいいけどさ。
お前仕事はいいのか?」
「辞めましたからね」
「は? 王宮魔術師長をか?」
エメラルドはさらっとすごいことを口にした。
「ええ。
先生がグレアス一刀流を辞めて冒険者になると聞き、居てもたってもいられず、気づけば辞表を出し、ここにいました。
ということで、先生が冒険者になるのなら、パーティーを組むのは私です」
エメラルドの碧色の瞳は情熱に燃えていた。
「まさか、イリヤ。
お前も……」
「ボクも騎士団長やめてきたよ。
先生とパーティー組みたいからね」
イリヤもさも当然といった様子で仕事を辞めたことを口にするが、お前らな。国の要職をホイホイと投げ捨てるように辞めるなよ。
周りがビックリするだろ?
思わず頭を抱えてしまった。
「……オレそこまでお前たちの人生背負えないぞ。
二人とも優秀なんだから、何もオレと一緒に組まなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、先生とじゃないと世界一のパーティーになれませんから」
「うん、ボクも先生と一緒がいい。
世界一位がいいよ」
エメラルドもイリヤも真剣そのものだ。
「……のんびり冒険者やりたかったんだけどな」
「フフ、ダンジョンなどのお供をしていただければ十分です」
「じゃあ、パーティーを組みたくなったらお前たちに一番に声掛けるよ。
それでいいか?」
「「もちろんです‼」」
二人とも喜んでくれた。
やれやれ。
退屈せずに済みそうだけど。
「それにしても、家はどうするんだ?」
「ここ、2階に部屋いっぱいあるね」
「フフフ、昨日泊まった時、既にベッドを持ち込んでいますけどね」
オレいつのまにか寝てしまってたけど、こいつら昨日ここに泊まってたのか?
「まさか、ここに住む気じゃないよな?」
「ボクたちが門下生の面倒見るには、ここに住むしかないね」
イリヤは当然といった顔でうなずいている。
「だって毎朝稽古ができる大きな家なんて、近くにありませんものね」
エメラルドは冷静にここしかないと思い込んでいるようだ。
「でもなあ……」
嫁入り前のお嬢さんを預かるのはどうかと思案して、天井の方を見上げてみると……
道場の壁の上の方に「アスラン一刀流」と書かれた看板が見える。
「おい、アスラン一刀流という看板、あれはなんだ?
お前らの仕業か?」
プイっと二人ともオレから目を逸らした。
おい、犯人わかってしまったんだが?
いつオレが剣術道場を始めたんだよ?
いや、いつのまにやらそんな空間になりつつあるけど、オレは剣術道場開く気なんてないぞ?
「アスラアアンン‼」
突如、男たちが大声とともになだれ込んできた。
「「キャアアアア!」」
「何事だ!」
抜刀した男たちが門下生を威嚇しながら稽古場に入ってきた。
十数名といったところか。
「エメラルド、イリヤ」
「「はい!」」
頷いた二人は剣を取り、怯える門下生を下がらせて、かばうように先頭に立った。
特に指示しなくても、後輩の安全を最優先に考えてくれているようだ。
「アスラン、てめえ。
なめやがって……死ぬ覚悟はできてるんだろうなあ!」
抜刀したまま入って来たマリクは額に血管を浮かび上がらせていた。
「自分を育ててくれた道場に喧嘩売るような真似しやがってよ」
「何のことだ?」
「とぼけんじゃねえぞ!」
マリクが顎で指示をすると、大柄な男が担いだ看板を床に叩きつけた。
「こんなもん玄関に掲げやがってよ」
その看板には【アスラン一刀流】と書いてあった。
「おい、誰だ。
この看板用意したのは……」
オレの質問にエメラルドとイリヤが目を逸らした。
おっと、ユイカも目を逸らしやがった。
真犯人を見つけてしまったようだな。
「こんなもん掲げてうちの門下生ごっそり連れて独立するとはいい度胸じゃねえか!
お前の教え子だけじゃなく、オレの教え子まで連れていくとはよ。
おい、ヒョードル。
今だったら許してやる。
オレの元に戻ってこい。
女生徒どももだ。
お前らも、今すぐグレアス一刀流に戻らねえと許してやらねえぞ」
ヒョードルと呼ばれた少年は震えながらつぶやいた。
「……嫌だ」
「ああ?」
マリクはヒョードルを睨みながら近づいた。
「よせ」
見ていられず、オレは前に出る。
「オレの弟子をどうしようが勝手だろうが!」
「お前の弟子だというのなら、理由くらい聞いてやったらどうだ?
オレは弟子に無理強いはしないし、少なくとも嫌がる理由くらいは聞いてやるけどな」
「チッ……」
マリクはヒョードルを睨みつけた。
「言いたいことがあるなら話してみろ。
オレが、君に手を出させないようにするから」
「……はい」
ヒョードルはオレを見つめた。
オレの家に来るのは、マリクの教え子のこの少年にとってはとても勇気のいることだっただろう。
二ッコリと笑いかけ、緊張感を解いてやる。
ヒョードルはうなずいて息を吸った。
「アスラン先生が道場破りの人たちを倒した後、マリク先生が門下生を集めてリンチしろって言ったんだ」
「ヒョードル!」
「……うう……」
マリクが大声で脅すと、ヒョードルは震えあがった。
震える身体を鎮めようと心臓に手を当て、ヒョードルは覚悟を決めて話を続けた。
「僕、怖くてマリク先生の言う通りにした。
それで、ボクはある貴族に言いに行ったんだ。
『アスラン先生が門下生の手足を折る暴行をした』って……」
「「えっ!?」」
ヒョードルはオレに向かって土下座をした。
「ごめんなさい、アスラン先生。
ボクに勇気があれば、アスラン先生が剣聖になれてたかもしれないのに……」
後悔に涙を浮かべるヒョードルを、責める気にはならなかった。